第17話 想い

 神妙な面持ちの斗南を見て、豪切が優しく問いかける。

「斗南殿のせいではないわ。また自分のせいだと考えているんでしょう。しかしこれは迂闊うかつに手を出したわたしのせい」


「……先輩のせいなんかじゃないです。僕の、僕の夢でこんなことになるなんて……真泊くんまで……マチだって……」

「伊予乃殿のことが心配なのね」豪切の言葉に、斗南は弱くうなずいた。

「手を大怪我してしまったし、未だ眠ったままだけれど、もう操られるような事はないわ。もっと注意しなければいけなかった。本当に申し訳ない」


「いえ、そんな……」ようやく顔を上げた斗南は、助手席からこちらを見ている松宮と目が合う。

「斗南氏、気持ちはわかるが切り替えろ。これから本番なんだろう。何が起きるか分からないんだからそんなんじゃ……」だが、その先を言うのをやめた。

 松宮自身、簡単に切り替えることなんて出来てはいなかった。

 ただ、優先順位はまず、すべてを終わらせることだと、それだけを考えるようにしていた。


「……すいません」と斗南は再び肩を落とした。

 知り合いに死傷者がでているというのに、そんな簡単に割り切れる訳がなかった。だが、松宮が言おうとしたことも、斗南は十分理解していた。


 三人の会話を聞いて、桜紗がため息をつき「さざめの言う通り、彼女たちは守られているし、もう安心だ。狙われるのは我々だけだよ」


「怨霊に狙われる、か……」

 松宮は斗南に、切り替えろ、とは言ったものの、自分自身は未だに懐疑心を持っていた。

 その言葉を聞いて豪切は言う「信じられなくても、これからはがあるということを前提に行動しなければならないわ。あの女の怨念は強すぎる」

「女……確かに声のようなものは聞いたが、私には認識できなかったが、それは存在するんだよな」と松宮は自分に言い聞かせて、さらに問う。

「強すぎるということは、その女はの霊ではないってことか? まあそのってのがどういうものかも想像できないが」


 豪切よりも早く、桜紗が口を開く「そうだな、これほど強力に具現化してくる怨念は普通じゃないよ。我々はこれからその原因を確かめ——、そしてはらうんだ」

 そう言って、隣に座る松宮を、ルームミラーで斗南を、順に二人の表情を確認してさらに言う。


「だから君らに必要なのは、これらを具象化することだ。起こることにいちいちびっくり仰天していたら、その一瞬が命取りになるからな」




 いくつかの分岐をナビ通りに、一定の距離を保ちながら走る二台の車は着実に目的地へと向かっていた。

 桜紗が言うには、向かっている村であの女とその子どもにまつわる何かがあった。

 分からないのは、あの女がなぜその子どもと斗南のことを混同しているのか、なぜ今になって出てきたのか、ということだった。


「確かにマチが「坊や」と僕を呼んでいました」と斗南。

「お兄さんは、確認したわけでもないのに、なんでもわかっている風だが、では、相手は強い怨念を持った子持ちの女で、そいつがいるのはどこぞの廃村だというのは確定なんだな」と松宮が続いた。


「ああ、強い怨念というのは女と相場が決まっているし、それもとんでもない強さならば、子供がらみなことが多い。初めはただの推測だったが間違いないよ」

 あっけらかんと桜紗は答えた。


 松宮は疑問を払拭ふっしょくさせるように、さらに問う。

「では、斗南氏が言ったように、なぜ伊予乃氏だけは操られたんだ? 他のみんなはもちろん、斗南氏の両親にも取り憑いていない。そうだよなぁ斗南氏」

「はい……そうですね。昨日も一昨日も普段と変わりませんでしたから」

 両親を思い出しながら斗南が言った。


「想い、だな。怨念も言ってみれば強い想いだ。奴らは自分に似たような人間に引かれるし、取り込みやすい。もちろん彼女が斗南くんを恨んでたわけじゃない。想っていたんだよ」

「想い? 好きだった、と言うことか。ならば両親だって想いはあるはずだ」松宮が疑問をぶつける。

「その強さだよ。子を身篭みごもっていたり、幼かったりすれば、特に母親の想いは強い。しかし、ある程度成長した我が子を、毎日のように強く思ってるかといえば、そうでもないだろう。いざという時はまた、違うだろうけど。よっぽど恋する乙女の方が強かったりする」


 そうあっさりと答えられてしまい、後付けのような、都合の良いようにも思えたが「そこにつけこまれた……てことか」と、そちらの方面には明るくない松宮は、納得せざるを得なかった。


 シートにもたれ、松宮は「——だそうだ、斗南氏」

「は、はあ……」

 斗南は気恥ずかしそうに言った。


「問題は——」と言って、桜紗は続ける。

「祓う、とは簡単に言ったが、さざめの話から推測すると、君たちが襲われた時、奴は個別に狙ったんではなく、学校という『場』そのものに取り憑いて君たち全員をほぼ同時に襲ったのだろう。その影響で関係のない者たちが気を失ってしまうほどだ。怨霊の発生源である村からは相当距離があるにもかかわらず、だ。当然近づけば近づくだけ強力になるだろう。楽にはいかないかもしれないな」

 と桜紗がまた、ため息をつきつつ続ける。

「霊って奴らは無知で不条理。たまたま写真に写しただけで呪われたりもする。相手をするこっちは大変なんだ」

 

 桜紗の言葉に、これから一体何が起きるのかを想像してか、誰もが沈黙した。

 車内には高速で走る車のロードノイズだけが小さく流れていた。



 しばらくして、「呪いと言えば——」と斗南が口を開いた。それに松宮が反応し、うつむいていた顔を上げた。

 「父さんから、『呪われた村』の話を聞きました。向かっている廃村は呪われた村だったらしいんです」

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