第三話 一般的な学校生活
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手に入れたもの
満員電車から押し出されるようにして脱出すると、そのまま人の波に流されながらホームの階段を降りた。立ち止まる暇はもちろん、振り返るような余裕もない。
いつしかふりだと思い込んでいたその状況は、案外、本当にその通りだったのだということに最近気がついた。ペースを乱すと周りに迷惑がかかる、というよりは、歩を緩めようとしても周りに押されて勝手に進まされてしまうという有様で、たとえ友達がホームのどこかにいるとして、それを探そうとすること自体が無駄なことだった。
「おっはよーう!」
改札口を抜けたところで、すっかり聞き慣れてしまった明るい声が聞こえた。目をやると、キオスクの前で各務原さんがぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振っている。
この混雑の中でも彼女の行動は目立って見える。私は早く彼女を止めようと、ホームに降りたときよりは密度の下がった人波をかき分けて、急いで合流した。
「お、おはよう」
「うんうんおはよー。今日もなかなかの混み具合だよね。皆さあ、よくやるよね」
「私たちだって毎朝やってるじゃん。やらなくて済んだら満員電車なんて乗らないよ」
「本当だよ。よくやるよね、あたしたちも」
あははー、と各務原さんが笑って、私たちの毎朝のやりとりはひと段落。ここ数日は、会うたびにお決まりの会話を繰り返すことが二人の間での流行りだった。
「さーて、わかちょんまだかなぁ」
そう言って各務原さんが爪先立ちになって、首を伸ばす。これも毎朝のテンプレだ。とはいえそれは狙ってやっているのではなくて、電車の到着時間の関係で神崎さんだけが私たちよりも遅れてやって来るためだ。
神崎和花さん。前に各務原さんに誘われてあられシェイクを食べに行ったメンバーのうちの一人で、クラスは違うけれどそれ以来仲良くしている子だ。帰り道がこの駅までは一緒なのだということが分かって、次の日からは登校時に三人で待ち合わせることになった。
家を出る時間は電車二本分早まったけれど、それを大変だと思う気持ち以上に、二人といる幸福感は大きい。
「おっ、わかちょーん、おはよーう!」
もうそろそろだな、と思った頃、各務原さんがまたもや飛び跳ねる。いつも通り彼女の視線を追うと、人ごみの中の見慣れたロングヘアと目があった。
「おはよう。今日もうるさいね、慧真」
「わかちょんひどいー」
不平をたれる各務原さんをよそに、神崎さんが何か真面目な話を始めるのではないかというきれいな姿勢で私に正対する。
「お待たせ。柑菜」
「うん、おはよう。和花……ちゃん」
神崎さんは私のことを柑菜と呼んでくれているから、私も彼女のことを下の名前で呼んでいるものの、まだ、なんだか気恥ずかしい。
名前を呼ばれた神崎さんは、それまで感情の抜けたようだった表情を僅かに和らげた。これが彼女なりの友好的な微笑みであることを知ったのは、交流が始まってから三日目あたりのことだった。
神崎さんに促されて歩き出すと、各務原さんがぶうぶう言いながらそれに続いた。
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