魔力制御①

「お義姉様、突然すみません」

「良いのよ。遠慮せずに入ってちょうだい」

リーリエは急に部屋を訪ねてきた私達に嫌な顔をすることなく、快く招き入れてくれた。


「実は、ご相談とお願いがあるのですが……」

誰にも聞かれたくないと伝えると、すぐに人払いをしてくれただけでなく、更に結界まで張ってくれた。流石は私の大好きなお義姉様。分かっていらっしゃる。


……これが聖なる乙女の結界か。

リーリエの張った結界内は、清浄な空気に満ち溢れていて、この中にいる限りはどんな悪人でも嘘がつけなくなりそうな、そんな神聖さを感じた。

無機質なアレンの結界とは全く違う。

本人も私と同じことを感じているのか、興味深そうにキョロキョロと見渡している。


ゲームの中で何度も目にした聖なる乙女の結界。

まさか自分が体験できるとは思ってもいなかった。

ファンとしては、じっくりと堪能したいところだけれど、リーリエにいつまでも聖力を使わせるわけにもいかない。

早々に本題に入ろうとしたのだけれど――ちょっと待って。

どうしてリーリエは、そんなにキラキラとした瞳で、私を見ているの?

微笑ましい顔で私とアレンを見ているリーリエの視線の先にあるのは……これか。

繋いでいたのをすっかり忘れていたアレンの手だった。


「深い意味はありませんよ?」

何やら誤解をしていそうなリーリエにそう言いながら、繋いでいた手を解くと、何故かアレンが残念そうな顔をした。


……意味が分からない。


「実は、魔法が使えないと思っていた私が、魔法を使えるかもしれないのです。魔法の制御や使い方をアレン様に教わろうと思うのですが……念のために側についていて下さいませんか?」

意味が分からないので本題に入る。


「ええ、勿論よ!」

事情を説明して、そうお願いすると、リーリエは笑顔で了承してくれた。


リーリエとのお茶会の後に、負の感情に支配さそうになったこともあって、ほんの少しだけリーリエに会うのが怖かったのだけど、そんな私の心配はただの杞憂に終わった。


意識に張り詰めていた心は、リーリエに会った瞬間に羽のように軽くなっただけでなく、穏やかで温かな気持ちにさせてくれた。――笑顔のリーリエの後ろに、無表情のルークを見つけるまでは。

ルークと目が合った瞬間に、私の顔からスンと表情が消え失せた。


歓迎してくれるなんて微塵にも思っていないし、歓迎して欲しいとも思っていない。

何なら、二人きりの大切な時間に割り込んできた邪魔者としか思われていないだろうことも分かっている。

しかし、あからさまに不機嫌そうな態度を取られたら、私だって面白くはない。


「用事が済んだらさっさと退散しますので、私のことは空気だと思って放っておいて下さい」


苦虫を噛み潰したような顔になりそうなのを堪えて微笑むと、ルークのこめかみがヒクリと動いた。

私の言動に苛立ったのだろう。

ルークは苛立ったようだが、私は意外にもそれだけでスッキリした。


気に入らないなら放っておけば良いのだ。 

アレンがリーリエ達を立会人に選んだからここに来ただけであって、エリンが『是非お願いいたします』と媚びる必要なんてない。


お茶会ではリーリエの顔を立てて、ルークとの今後を考えてみると言ったけれど――改めて考え直すつもりもない。


魔王化の影響だろうが何だろうが、エリンへの愛情を忘れたルークなんか、今後の人生に必要いらない。

どんな理由であれ、先に傷付けられたのはエリンの方なのに、関係の改善を図るのもエリンだなんておかしな話でしょう?


「えーと……では、早速ですが始めますか」

「え、ええ。エリンをよろしくね」

空気が読めるアレンとリーリエには申し訳ないが、私にも譲れないものがある。


――エリンを傷付ける者は、誰であっても許さない。

私はルークを居ないものだとすることに決めた。


「じゃあ、姫。先ずは身体の中にある魔素を感じることから始めようか」

「はい。お願いいたします」

アレンが私に向かって両手を伸ばしてきたので、その手を握ると、アレンもまた握り返してきた。


「まずは魔法を使うための基礎だね。ゆっくりと瞳を閉じて」

促されるままに瞳を閉じた。


「僕の魔力が姫の中に流れ込んでいるのは分かる?」

「……多分?」

アレンの両手から伝わってきているこの心地良い感じが、アレンの魔力なのだという。


「僕の魔力を姫の全身に流すから、それを追って」

アレンの言う通りに魔力を追い掛けると、アレンの魔力が通った頭のてっぺんから足の爪先まで。全身がポカポカと温かくなってきた。


――これが魔力。

初めての感覚にワクワクと胸が踊る。

アレンに言われるがままに、私は夢中で魔力を追った。


「全身に行き渡った魔力をお腹の中に寄せるように……そう。ぐーっと引き戻して。お腹の中にあるキラキラを逃がさないように、少しずつ包み込むようにして囲い込むんだ。そうしてキラキラを囲い込むことができたら、そのまま身体の外に放出するイメージを浮かべて―――――放つ」

「放つ!――――放ったつもりですが……何か変わりました?」


自分の中に溜め込まれているだろう魔力が放たれた感覚はなかった。


「残念ながら不発だね」

「不発……」

ガックリと肩を落とした。

どうやら私は一回で魔法を習得できると思っていたらしい。


「落ち込む必要はないよ。そもそも初めから成功する方が稀なんだから」

アレンのその言葉を聞きながら、そんなことができるのは悔しいけれどルークなのだろうとも思った。


――その後もアレンは、何度も根気よく付き合ってくれたけれど……二十回を超えた辺りから、申し訳ないという気持ちが、私の中でグルグルと回り始めた。


私は深い溜め息を吐いた。

短い間だったけれど、アレンは私に魔法使いという夢を見せてくれた。それだけで十分だった。


「アレン様、もう……」

「アレン、代われ」

結構ですと、断ろうとした言葉は、ルークの声にかき消された。


「……え?」

今までアレンと合わせていたはずの両手は、一瞬でルークのものに変わった。


「魔力制御は他人よりも家族間の方が効率的だ」

呆然とする私の両手を掴みながら、ルークは居丈高に言い放った。

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