あの日のその後の回想②
「ねえ……ミア……」
「ダメですよ」
「……ミアの意地悪」
紅茶を啜りながら、深いため息を吐いた。
廊下を全力疾走しているところをミアに見られた私は、ミア達にとってのお楽しみの時間という名の罰を受けている。
今日の装いは、昨日ミアが言っていたように『走れないくらいに重いドレス』である。
重いドレスとして一番有名なのは、ベルベット生地のドレスだ。
※学校の体育館とかにあるステージの
触ったことがある人なら分かると思うが、総ベルベットのウエディングドレスともなれば、総重量は何キロになることやら……。
私が着せられているのは、ウエディングドレスではなく、フランス人形が着ていそうな、ベルベットとレースなどが幾重にも重ねられているような膝下丈のドレスである。
これでも十分に重いのに、ベルベット生地を貼った鉄の靴を履かされ、とどめはベルベットのボンネットだ。それも小ぶりの物ではなく、顔よりも大きいので……重い、重い。
ドレスよりもボンネットの方が重くて辛い。
「お嬢様。そういえば、またリーリエ様の評価が爆上がりした件は、ご存知ですか?」
「知らないわ。いつのはな……し!?」
く……、首がぁぁあ!
いつも通りに首を傾げただけなのに、ベルベットの重さに首が折れるかと思った。
首を擦っていると、『それくらいも我慢できないのですか?』というミアの無言の圧を感じた。
……くすん。ミアの意地悪。
「客室に滞在なさっているディアーズ卿ですが、昨夜は珍しくお騒ぎになられていて、旦那様とリーリエ様をお呼びになったのです」
……まあ、十中八九はエリンの件よね。
保護者を呼び出してのクレームかしら。
「そう。それで?」
「ディアーズ卿付きの侍女によりますと……」
「あ、待って。ディアーズ卿には誰が付いているの?」
「ケイトの妹のイリアです」
ケイトはリーリエ付きの専属侍女であり、ミアと並ぶ古株だ。妹のイリアも姉に負けないくらいに、とても頭の良い侍女である。
「イリアなら最適ね」
「はい。そのイリアの報告によりますと――何やら両足を痛めたらしいディアーズ卿は、その件でお二人を呼んだそうです」
「……怪我。それは大変ね」
私は、もの言いたげなミアからの視線を受け流して微笑んだ。
「お嬢様、そこは嘘でも驚いた顔で心配そうにおっしゃっていただかないと」
「あ、それはうっかりしていたわ。それで?」
――ルークとリーリエが部屋に着くなり、アレンは声を荒らげたそうだ。
『ルーク。君の妹は何なんだ!』
『何なんだとは何だ?』
『質問に質問で返さないでくれ!イライラする。それよりも見てくれよ』
『どうした。今日は随分と機嫌が悪いじゃないか』
靴と靴下を脱いだアレンは、両足を見せた。
『これは……なかなか酷いな』
両足の甲は腫れ上がり、赤紫色に変色してしまっていた。
『君の妹にやられたんだ。君は一体、妹にどんな教育をしているんだよ!』
『落ち着け。本当にどうした。十も下の小娘にしてやられるなんてお前らしくもない。……リーリエ、悪いんだが、先に怪我を治してやってくれるか?』
『ええ、分かったわ』
今までの流れを黙って見ていたリーリエは、ルークの足元に跪いた。
『これは……酷いですね』
リーリエは眉間にシワを寄せて、辛そうな顔をした。
『そうなんだ。痛くて堪らないよ』
アレンは、悔しそうに唇を噛み締めた。
『顔は可愛いいのに、とんだじゃじゃ馬だ』
『……違います』
『え……?』
『私はあの子の――エリンのことを心配したのです』
リーリエは半眼でアレンを睨み付けると、アレンの足の怪我に触れた。
『痛っ……!?』
『リーリエ!?』
痛がるアレンも、驚くルークも無視をしたリーリエは、両足の怪我に触れ続ける。
『ここと、ここ。エリンの小さな足と同じくらいの大きさの痣ですね』
『その子に踏まれたんだから当たり前だろ!?』
『それで……ディアーズ卿は、あの子にどんな酷いことを言ったのですか?』
『痛い!痛い!痛い!』
『大丈夫ですわ。ちゃんと何事もなかったように綺麗に治しますから』
リーリエはにっこりと微笑みながら、アレンの怪我の上に爪を立てた。
『私の義妹はとても我慢強くて優しい子なんです。まだ十歳の子供なのに聞き分けが良過ぎて、年相応にはしゃいだりもしない。あのエリンが理由もなく他人を傷付けるはずがないんですよ。……何があったのですか?』
リーリエに迫力に圧倒されたアレンは、真っ青な顔で震え上がった。ルークに縋るような視線を送ったものの、無言で視線を逸らされてしまう。
『じ、実は――』
アレンは震えながら事の顛末を語り出した。
***
――全ての顛末を聞き終えたリーリエは、額を押さえて項垂れると、それはそれは、深いため息を吐いたそうだ。
『……正座して下さい』
『え?』
『リーリエ?』
『二人とも早く正座!』
『『はい!!』』
リーリエが項垂れた顔を上げた時、いつもの優しい微笑みを浮かべたリーリエはそこにはおらず――仄暗い怒りを纏わせた虚ろな顔をしたリーリエがいたそうだ。
『全く……。どうしてあなた達は、あの子を必要以上に傷付けるのですか』
『待て、私は今回の件は関係ない!』
『ルーク!自分だけ逃げるなんて酷いよ!』
リーリエがギロリと睨み付けると、二人は抱き合うようにして身を縮めた。
『ルーク。あれから何日経ちましたか?私はそろそろ荷物を纏めるべきでしょうか?』
『リーリエ、それだけは待ってくれ!』
『では、早く行動なさって下さい。ああ、でも。くれぐれも無理強いなんてしないで下さいね?エリンが家出するなんてことになったら、私は迷わずに出て行きます。あの子がいつでも家を出られるように荷物を纏めたことは、報告に上がっていたでしょう?』
『……ああ』
リーリエは小さくため息を吐いた後に、アレンを見た。
『ディアーズ卿。あなたがお辛い状況に置かれていることは理解しています。その上で厳しいことを言わせていただきますが、他人であるあなたが興味本位でこちらの事情に首を突っ込まないで下さい』
『……はい』
『――とはいえ、ディアーズ卿はもう首を突っ込んでしまったので、簡単に事情をお話いたしますが、エリンがあなたに言った言葉の意味をよく考えて下さい。あの子は愛され、甘やかされて育つべき年頃の子供です。それが叶わない辛さを知るのは私だけで十分……』
「――そうして最後は優しく諭して、怪我も綺麗に治して差し上げたそうです」
「お、お義姉様……素敵!」
カッコ良すぎる!!
「はい。エリン様をお守りになりたいと頑張っていらっしゃるそうですよ」
リーリエにやり込められたルークとアレンは『ざまぁ』である。特にルークの性根はもっと叩き直してやって!
「――そういえば、気になることがあったのだけど、私の家出計画って公認なの?」
ミアがサッと視線を逸した。
報告を上げたのはミアね……。
まあ、今回のは仕方がないだろう。
ことと次第によっては啖呵を切って出ていくつもりだったから、敢えて隠そうとしなかったし。
……けれど、本番ではしっかりと逃げられるように、対策を考え直そう。
「……ねぇ、ミア」
「……はい」
そーっと部屋から出て行こうとしていたミアを呼び止めた。
薄々気付いていたけど……。
「昨日、イリアからさっきの報告を受けていたなら、私が廊下を全力疾走してた理由、とっくに知ってたわよね?……知らないフリをしてたのは、このドレスを着せたかったからね?」
ジト目でミアを見ると、ミアはにっこり笑って――逃げた。
「ちょ……!?……ミア!」
追い掛けたくてもドレスと靴とボンネットが重くて動けない。
――まさか、これも計画の内!?
「ミア!怒らないから戻って来て……!悪いと思っているなら、早くこのドレス脱がせてよ……!!ミアーー!!」
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