名探偵アンヌ女伯爵「最終的に全員殺して解決すればよろしいのですわ」
鶴屋
第1話 女伯爵、ネコチャンを拾う
後世の歴史家から希代の悪女と称されるアンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン女伯爵は――
五十年以上も前から二十六歳のまま、変わらぬ姿で領地の荘園を切り盛りしている。
彼女は、歳をとらない。
ついでに言うと、いくら食べても太らない。
お肌はつるつるすべすべ赤ちゃんにも遜色ないピチピチ美肌で、鮮やかな珊瑚朱色の髪と相まって、誰もが認める絶世の美女。
領民は、『あの人は魔女だけど、素晴らしい方だから』ということで納得していた。アンヌが人外だろうが人間だろうが、彼らは領主としてのアンヌの振る舞いに満足していたからだ。
アンヌは怒らせると怖いが、こちらがきちんとしていればとても優しい。
小作農ですら真面目に働けばささやかながらも蓄えを残せるくらいに税の取り立てがゆるいし、天候が振るわず飢饉になれば惜しげなく伯爵家の食料蔵を開いて施しもしてくれる。
領民たちにとって、アンヌ女伯爵は名君なのである。
その事に比べれば、不老だとか、いくら食べても太らないとか、そういう不思議な事は些末な話なのだった。
*****
その日。
お忍びで、街はずれのいかがわしい区画――最近、強盗や人さらいなどの犯罪行為が増えているらしい――を視察していたアンヌは、四つ足でふらふらと歩く、痩せっぽせで毛むくじゃらの貧相なちんちくりんを見つけた。
「ミャー、ミャー……」
鳴き声はか細く、足取りは弱い。毛の生えた皮が骨に垂れ下がるように浮いていて、今にも死にそうな状態だ。
可哀想なその姿を視界に写した瞬間、アンヌは立ち尽くした。
庇護欲に火がついたからだ。
(ね、ネコチャン……!?)
アンヌの心臓がトゥンクと跳ね上がり、脳裏に雷鳴のように今思いついたばかりの名前が響く。
ネコチャン。
何のひねりもない、見たままの姿。ネコチャン。
「か、かか、可愛いですわ!」
小走りに、ネコチャンの方へと駆け寄るアンヌ。
その四本足のか弱い生き物は裏路地の埃とゴミにまみれて黒褐色に汚れ、異臭を放っていたが、アンヌは気にせず両手で掲げ上げると、目線を合わせて問いかけた。
「産まれたてかしら。だいぶ弱ってるわね。しばらく私のところで休みなさいな。あなたの名前はネコチャンよ」
「ミャー……」
一気にまくしたてるアンヌに、ネコチャンはか弱い声でうなずいた。
そういうわけで、アンヌはネコチャンを拾うとすぐさま医者に診せて手当させ、大事に育て……。
出会いから二週間も経つ頃には、ネコチャンは見違えるように元気になり、すくすくと育っていったわけだが。
ある日を境に、ネコチャンの姿はぷっつりと見られなくなった。
アンヌは心配し、人相描きならぬネコチャン描きを領地の目立つ場所に掲げて情報を求めたが、誰もその姿を見た者はいなかった。
*****
ネコチャンが失踪してから、三週間後。
アンヌの屋敷に、一通の招待状が届いた。
『レヴァンティン伯爵へ。貴女の大切なネコチャンと共に、素敵なおもてなしを用意してお待ちしております。必ずお一人でいらっしゃってください』
差出人の名は、ドグサレ・カオダケ・イケメン・ゴウカンスキ(47)。
アンヌがつけた別名は、”女の敵”。
最近の捜査で判明した、犯罪組織の元締めの男の名前だった。
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