ふたりとひとり

「相変わらずだな、腕は落ちちゃいないね」


ツァンはまじまじと一号を眺める。一号はそんな視線に少し照れてるらしく、俺の方を見ながら笑う。

俺にも一応友と呼べる奴がいる。都会にいたときから気が合って、同じ研究施設にいた時もあった。


「今日は俺の腕を確かめに来たのか?」


「まぁそうだな。腕が落ちていたら憐れんでやろうと思ってね」


悪態をつくツァン。俺のれ屋に来て、酒を縁側で飲みながらゆったりしている。


「また国相手に強請ゆすってるのか、その髪じゃ隠れても見つかるだろ」


俺が笑うと、彼は自分の髪を触りながら苦笑いをする。

ツァンは銀の髪。白髪とは違い、銀色に光沢がある。それは彼が気にしている唯一のこと。


「髪は言うなよなぁ。

だけど強請ゆするとは結構な言われようだな。俺は国を助けてやってんの。

『あんたらの造ってるセキュリティはこーんなにハリボテですよー』って。いい奴だろ?」


ツァンは昔から電子工学に長けていて、子供の頃からコンピューターと会話をしていたらしい。

でも彼が専攻していたのは、俺と同じ遺伝子学。

今でもその研究をしているが、昔の悪い癖は抜けきっていないらしい。


「博士、このひとも博士なの?」


一号が俺の横から堪りかねたように聞いてきた。知的好奇心も人間並みだな。


「博士って言えば博士かな。遺伝子方面の論文とかも書いてるが、まだ宿ナシ学者だよ」


一息に酒を飲む。

ツァンはその言葉を待っていたのか、にやりと笑った。俺と一号は首を傾げる。


「残念だったな、俺にもようやくスポンサーがついたのさ。好き勝手やらせるってことを条件に『助けて』おいた国からお声がかかったんだよ」


「本当か、よかったな!

ラボはどこに移すんだ?」


友の出世に俺は思わず喜ぶ。

しかし当のツァンは少し悲しそうに微笑む。


「…にほんだよ。だからもうここに来るのは最後になるな」


だからか、と俺は静かに納得した。

にほんはここからはかなり離れた大陸で、おいそれとこちらに来れる距離ではない。

…おそらく、この夜が最後のつもりか。


いつもならツァンは酒を持って飲もうなんて言わない。だいたいお酒は得意じゃないはずなんだ。

一号は俺の落胆を感じ取ったのか、泣きそうな顔になる。


「…じゃあ今夜は祝い酒、だな。さっさと名を馳せて、俺にも美味い物送ってくれよ。

なにせお前の過去を支えたのは俺の力のおかげなんだからな」


「馬鹿言え」


友は笑う。俺も笑う。一号は人間の表情の変化にまだ追いつけないらしく、不思議そうな顔をしていた。


朝方まで酒を飲んで語り明かし、過去の暴露話まで語りつくした俺とツァン。朝日と共にツァンは荒れ屋を出ることになった。

思い出したように、彼は一号を撫でながら呟く。


「そーいえば、…この一号さぁ、今都会で名を馳せてるプリコット博士の使用人形と造りが似てるんだよな。

お前がパクるはずないし、こいつの兄弟型がいるんじゃないか?」

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