婚約破棄をされ、職と家族を失ったら……姪っ子(かなりの美少女)と同棲することになりました。〜ワインとつまみと姪っ子の力を借りて、フリーランスソムリエとして再起します!~

シトラス=ライス

第1話 ソムリエ緑川 智仁。全てを失う時。

「智仁、私たちの関係を今日限りで終わりにするわ!」


 交際相手である"麗国 礼子"の言葉が、薄暗い宴会用広間バンケットホールへ響き渡る。

話があると急に呼ばれ、いきなりの交際終了宣言だった。


「ど、どうしたんだい? いきなり……?」


「やっぱり貴方は、相応しくないと思ったのよ。この私の生涯の伴侶としてね!」


 礼子は俺が勤務する"麗国ホテル"の創業一家の一人娘だ。

そして彼女は次期社長候補の筆頭で、俺の婚約者でもある。


「そういうことなんで、もう仕事以外では話掛けないでね。お疲れ様」


 礼子は一方的にそう言い放ち、俺を横切ってゆく。


「待てよ! いきなりそんなこと言われて、訳がわからないぞ!?」


 訳がわからない俺は思わず礼子の手首をつかんだ。

すると礼子は迷わず俺の手を振り解く。


「触らないで! セクハラよ!」


「セクハラって、お前な!」


「大きな声を出さないでちょうだいな。それとも今すぐ大声をあげて欲しいのかしら? それがどういうことか分かってる?」


「クッ……」


「良い子ね。そうして騒がず大人しくしているのよ。そうすれば雇用だけは継続してあげても良くてよ」


 礼子は冷たい眼差しで俺を一瞥し、バンケットホールから出ていった。


ーー交際当初から身分に差があるとの認識はあった。


 俺はこのホテルに勤めるソムリエで、礼子は次期社長。

しかし礼子からの熱烈なアプローチに負け、交際をしていた。

 最初はあまり乗る気のなかった交際ではある。

でも、周囲から"冷酷令嬢"と言われていたアイツにも可愛らしいところはあった。

俺自身、だんだんではあるが礼子のことを本気で愛し始めていた。

だから、俺は彼女から結婚を申し込まれた時は、迷わずそれを受け入れていた。


それなのにも関わらず、礼子は一方的に……


(でも礼子がそう判断をしたのなら仕方ない。役員と従業員の関係に戻っただけだ。俺は俺の仕事を全うするだけ。それだけだ……)


 それから俺は礼子に言われた通り、普段の仕事では婚約解消を匂わせないよう、いたって普通に仕事をしていた。

俺から敢えて誰かに愚痴を溢すこともしなかった。

しかし……


「なんか最近、礼子さんと緑川さんおかしくない?」

「なんか別れたらしいよ!」

「うっそー!?」

「ホントホント! この間バンケットで揉めてるの聞いた人がね……」


 どこから漏れたのか、俺と礼子の破局はいつの間にか周知の事実となっていた。

そして俺は、再び礼子に呼び出されることとなる。


「緑川さん、これはどういうことかしら?」


「お、俺のせいだっていうのか!? 俺は何も……!」


「ふん! 女の腐ったように女々しい! 復讐でもしているつもり?」


「だから俺じゃないって! ちゃんと話を聞いてくれよ!」


「黙りなさい! 最悪よ、全く……」


 俺は何も悪くはない。

しかし礼子は俺を完全に悪役と決め込んでいた。


 礼子からの疑いは晴れず、俺自身は肩身の狭い思いをする羽目となった。

そんな日々が続いたある日のこと。



"辞令"


緑川 智仁殿。広報課ポスティング係への異動を命ずる。


 突然、俺へそんな事例が下されたのだ。


 広報課ポスティング係ーーひたすらチラシを刷っては折り、投函するだけの、いわゆる"追い出し部屋"と噂される場所だった。


 俺はそこでソムリエなのにも関わらず、ワインとは関係ない業務をする羽目となった。

俺にとってソムリエとしてお客様と向かい合い、そしてワインと触れ合うことが何よりの喜びだ。

しかし今、俺がいる場所は、そんな気持ちとは程遠いところだった。

結果、俺の気持ちはどんどん落ち込み、やる気を失ってゆく。


(礼子は俺の存在を抹消したいから、こんな人事を……?)


いや、あの礼子のことだから、他にもなにかきっと……


「こちらは"黒松 健二さん"あのネオオーニタホテルで長年ソムリエをやっていた方よ。今日から我が"麗国ホテル"でチーフソムリエとして働いてもらうわ!」


(そういうことか……麗国 礼子っ!!)


 礼子は嬉しそうに黒松とかいう男をを眺めている……おそらく、アイツは俺からこの男に乗り換えたのだろう。

もしかすると、破局の噂を流したのは礼子自身なのかもしれない。

それだけに飽き足らず、俺からソムリエとしての立場さえも奪って……


 もう我慢の限界だった。

これ以上、ここに留まることは難しい。

返り咲く事も不可能な状況なのだろう。

 俺はまんまんと礼子の策略通り、約10年務めた"麗国ホテル"を自己都合退職したのだった。


 そんな俺へ更なる追い討ちが襲い掛かる。


「嘘だろっ……兄貴と晶さんが……!?」


 警察から届いた一本の電話に、俺は激しい動揺を覚えた。


 唯一の肉親であった兄夫婦が交通事故で亡くなってしまったのだ。


 俺が15の時に、両親が事故で亡くなった。

それから10歳の離れた兄貴は必死に働いて、俺を高校はおろか専門学校さえ行かせてくれた。

兄貴の応援があったから、俺は麗国ホテルでソムリエとして立派に働くことができていた。

兄貴は俺にとって親代わりでもある大切な人だった。


 そしてその奥さんである、緑川 晶さん……旧姓 矢島 晶さんも俺にとっては……とても大切な人だった。


●●●


「久しぶり。元気にしてたかい、李里菜りりな?」


「……久しぶり……です……」


 義姉の晶さんによく似た李里菜は、20歳を超えて益々綺麗になっていた。

 輝きのある切長の目は色気を感じさせる。

すらっと伸びた手足はまるでモデルのようだ。

後ろで一本に結ったやや栗色がかった髪は相変わらず、美しく見えて仕方がない。

 実母の晶さんはもとより、血縁の無い兄貴でさえ李里菜は自慢の娘だと豪語していたっけ。


「行こう」


 李里菜は小さくコクンと頷いて、一緒に火葬場へと進んでゆく。


 相変わらず李里菜の口数は少なかった。

これはきっと、彼女の"本当の父親"譲りのものなのだろう。


 俺と李里菜は叔父と姪の関係にある。

しかし血は一切繋がっていない。彼女は晶さんの連れ子だからだ。

書類上では親族だが、血縁では全くの他人だ。


 それでも俺と李里菜は緑川家に残った唯一の家族であり、同じ人の死を痛んでいる。

ならば血のつながりがなかろうが関係ない。

俺にとって李里菜は最後の家族であり、彼女にとっての俺も同じなのだから。


 俺と李里菜は家族葬といった形で、粛々と兄貴と晶さんの葬儀を進めてゆくのだった。


「……疲れた……」


 全てが呆気なく終わった。

故人の希望で家族葬にしたためだ。


それでも喪主という仕事はやることが多く、故人を偲んでいる場合ではなかった。

どっと疲れが押し寄せた俺は兄貴の家の居間へ寝転んだ。


「ここもお終いか……」


 この家も売却の予定が立っている。

だから早く遺品整理を済ませなければならない。

だけど、ここ1ヶ月程度で様々なことは重なり起こって、肉体的にも精神的にも厳しい状況だった。


「着替えて、ください? スーツ、皺になっちゃ、います……」


 障子の向こうから李里菜が顔を覗かせながら言ってくる。

 本当に晶さんによく似ていて、一瞬胸が高鳴ってしまった。


「ありがとう。でも、ちょっと……疲れてて……」


「……分かっ、りました。ごめんなさい……」


 李里菜は短くそう伝え、姿を消す。

本当は両親を失った李里菜の心のフォローもしてやりたい。

しかし今の俺にはそこまでの余裕がなかった。


 今夜はもうする事もないし……こういう日は酒を飲んで、さっさと寝るのに限る。

酒好きだった兄貴と晶さんのことだから、冷蔵庫にビールくらい残っているだろう。


 しかし冷蔵庫にビールは一本も入ってなかった。

代わりい入っていたのが、緑色をしたなで肩のボトルのワインだった。


 日本に自生していた白ワイン用葡萄品種【甲州】

これはその甲州を使った日本のワインだ。

更にこの銘柄は、甲州の一大産地である山梨県甲州市勝沼町にあるワイナリーのものだ。今夜は柑橘系の香りに、爽やかな酸が印象的な、凛とした印象を抱かせるこのワインを飲んでしまおう。


「喪主お疲れさんってことで、頂くぜ、兄貴、晶さん……」


 俺は早速甲州を抜栓し、グラスへ注いだ。


 外観、香りをチェックして……って、今は仕事じゃないし、ソムリエでさえないじゃないか。

何をやっているのやら……


 癖とは本当に恐ろしいものだと苦笑する。そして改めて、何も考えずにワインを口へ運ぶ。


「美味いな、これ……」


 爽やかな香りと味わいであるものの、ある種お出汁のような旨味が余韻として残った。

とても良いワインだと思い飲み進めてゆくと、様々な思いが溢れ出てくる。


ーーできればこのワインを兄貴や、晶さん、そして20歳になったばかりの李里菜へ俺がサーブしたかった。

で、兄貴と晶さんのことだから、俺へ「一緒に飲め!」だなんて言ってきて、俺の調子に乗って一緒に……


「くそっ……なんで、こんなことに……」


 婚約者には一方的に婚約破棄を言い渡された。

職も失い、更に愛する家族さえも失ってしまった。


 今の俺にはもう何も残されてはいなかった。


 悔しさ、悲しさなどの様々な感情が押し寄せてきて、勝手に涙が溢れ出てくる。


「兄貴、晶さん……俺、これからどうしたら……!」


……ふと、後ろからジュワジュワといった油の弾ける音と、香ばしい香りが漂ってくる。

そして突然、目の前に焼きたての【たこやき】が差し出されてきた。


「おつまみ、です。食べて、ください……」


 一瞬、晶さんが蘇ったのではないかと錯覚した。


「叔父、さん……?」


 たこ焼きを差し出してくれたのは、憧れの人だった晶さんによく似た姪の李里菜だった。




*かなりチャレンジな内容ですが、よろしくお願いいたします。

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約10万文字は執筆が完了している作品です。

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