錬金袋

~工房~

やっぱ工房まで遠いよなあ。

アトリエまでも遠かったし、テレポーテーション用のセンターとか作っておくべきか?

傘を壁に掛け、工房のドアを開ける。

「...ん?ああ、ハザードさんでしたか。」

「どうですか?蒼琥珀は。」

「そこに。」

アンダーソンさんの目線の先には、エメラルドグリーンとでも言うべきか、美しく鮮やかな色彩を持つ緑色をした"還元の蒼琥珀"があった。

何故緑色なのに蒼琥珀なのか、碧琥珀じゃダメなのか、私の師匠がかつて『本質的には蒼琥珀だから緑でも蒼琥珀』と言っていた。

「まさかあの河の流れのような蒼琥珀が、こんな鮮やかな緑色になるなんて思いませんでしたよ。」

時流の蒼琥珀に閉じ込められていたのが河の流れならば、還元の蒼琥珀に閉じ込められたのは一体何なのだろうか。

時の流れを表す河を封じ込めるならば、一種の還元とも言える自然の循環そのものを封じ込めたのだろうか?

発芽、開化、形成、結合、枯去かきょ、結実、投企とうきの七つの作業。

いつか錬金術の極地に足を踏み込む時、還元の蒼琥珀が何を閉じ込めているのか分かるのかもしれない。

「まあ、魔術ですから、何が起きても不思議じゃないですよ。」

「それもそうですね。」

「そういえば何を作っているのかお聞きしても?」

「私が思うに、それは目的の品の為の部品のようなものではないのでしょうか?」

「なかなか勘が鋭いですね、これは錬金袋の素材の一つです。」

「錬金袋?」

「はい、一言でいえば見た目以上に物がたくさん入る巾着袋です。」

「それはまたどういう原理で?」

「この還元の蒼琥珀の力で物体を性質を保持したままオーラ化、つまり実体のない状態にして保管することで多くのものを保管することができるようになった巾着袋です。」

「性質を保持するとは、例えばその物体の質量だったり状態だったりを保持するということですか?」

「...それも含まれていますが、平たく言えばその物体がその物体であるための情報全てを保持するということです。」

「取り出す時はその保持している情報を元に物体を再構築します。」

「難題ですね、意味を咀嚼しきるのに時間がかかる。」

「そういえば、錬金術とは卑金属を黄金に変換する技術と聞いたのですが、何故錬金袋と名が付いているのです?」

「えっと、この物体をオーラ化する段階は還元と言って本来錬金術で使われるものなんです、そこから錬金袋と名付けられているんだと思います。」

「なるほど、引き留めてしまって申し訳ありませんね。」

「いえ、そんなことありません。」

「そうですか、それなら良かった、錬金袋、機会があれば実物を見せてください。」

「はい、ありがとうございました。」

私のその言葉にアンダーソンさんは手を振って応えた。

工房を出る前に一度アンダーソンさんへ一礼してから工房を出る。

さて、そろそろ腐敗草は育っているだろうか?

もしかしたらまだ育っていないかもしれないしゆっくり戻りましょうか。

~連絡通路~

四方にそびえる障壁と地面をコーティングする保護の魔法陣で出来た蓋のない箱、その中にあったのは一本のまるで枯れ枝のようだが、確かに生きている腐敗草だけであった。

再生の樹には秘密があり、それは成長後自らの体を保っていられないという点だ。

つまり再生の樹は一定まで育ち切ると突然真っ黒な粘液となって溶け、地面へとしみこむ。

自然への害は存在しないことは確認されているが、この現象により倒木が発生することは危険な事故につながる。

その為に壁を作ったのだ。

もう危険はない、障壁を魔導書を通じて取り除き、天井の障壁を再展開し腐敗草の元へ向かう。

近くで見ると、ひび割れた枝から幾輪もの五つの花弁を持つ紫色の花が咲いている。

再び魔導書を取り出し、新たなページを開く。

魔力のはさみを生成するページ、このページに魔力を注ぎ込むと、記された式に従って魔力が変化を始め、やがて光の粒子で出来たはさみが魔導書の上にポトンと落ちる。

正直切れ味がものすごくいいかと言われればそんなことはないが、まあ花を採集するくらいなら十分だろう。

麻袋から空き瓶を取り出し、花を摘んで瓶に詰める...

全ての花を摘み取っただろうか、この腐敗草と言う植物は放っておけば土壌をダメにしてしまう、心苦しいが枯らすしかない。

この植物はとても繊細な植物だ、弱弱しい根っこで繋がれてる地面とは強風が吹くだけで簡単に引き抜かれてしまう。

枝が折れればその傷口から腐っていってしまう。

この繊細な儚さに美徳を見出す人種もいるという。

杖を取り出し、スクロールに記録された魔法の一つである物体の遠隔操作を起動し、地面から腐敗草を引き抜く。

その状態を保持したまま、今度は体内魔力に集中し、一点に配列する。

するとボッと炎が上がる。

生憎炎を扱う魔法はスクロールに記録しておかなかったのだ、だから直接法で炎を出した。

炎が腐敗草に移っていく。

煌々と揺らめき燃えていき、腐敗草の芯の芯まで焼き尽くされている。

最後には炭となり完全に燃え尽きた。

物体の遠隔操作はごく小規模なものを操作することは出来ない1㎤の土は動かせても砂一粒を操作することは出来ない、よほど大きくなければ。

サラサラと灰が舞っていく。

なるほど、確かにこの儚さには美しさが、黒化の美徳が籠っている。

感傷に浸りすぎるのも良くないな、さあ、最後の合成に向おう。

~広間~

「また来ましたね。」

「ああ、でもこれで最後だ。」

「そうですか、今度は汚染に気を付けてくださいね?」

「肝に銘じておくよ。」

合成台に向かう。

中央の台座に魔力を帯びた巾着袋、適当な台座に腐敗草の花弁を幾つか、中央の台座を起点に対称の位置に還元の蒼琥珀を設置する。

黒いタイルから降り、安全圏に移動してから普通合成台を起動する。

アルターマトリクスにびっしりと書き込まれた全ての文様が紫色に輝きはじめる。

ひとしきりマトリクスの輝きが行われ、文様の光が弱まると合成台は合成を始める。

始めは腐敗草の花弁の乗った台座が、次に還元の蒼琥珀が乗った台座が蒼白く光り輝き始める。

光と共に台座の上の物体はオーラに変化し、うねりながらマトリクスに吸い込まれていく。

やがて全ての物体が吸い込まれ終ると中央の台座が蒼白く光り輝き始め、同時にアルターマトリクスの下部から二つの物体のオーラが螺旋を描きながら巾着袋に注入されていく。

光が落ち着き儀式が完了する。

杖で以て装置を落とす。

中央の台座には、巾着袋の中央辺りに還元の蒼琥珀がかたどられた腐敗草の花と同じ紫のツイストコードが付いている以外は特に元の巾着袋と変わりないように見える。

試しに麻袋の中身を全部巾着袋の中に入れてみると...多少膨らんだだけで全部入った!

「おー成功ですか?」

「ああ、終わるかどうか気がかりだったが、何とか作り切ったよ。」

錬金袋から中身を全て取り出す。

「?中身出しちゃうんですか。」

「そりゃ元の場所に戻さなきゃならないからな。」

「しかし魔力を使いすぎた。」

「そんなに使ったんですか?」

「いや、量自体はそれほど使ってはいないんだが久々の作業で使える量ではない、端的に言えば魔力酔いだ。」

「あーまあしょうがないですね、新館まで連れていきましょうか?」

「どうした、妙に優しいじゃないか。」

「魔力酔いのきつさは痛いほど知っているので。」

「なるほど、うれしいけれどこの材料も戻さなければならないし断っておくよ。」

「そうですか、じゃあお大事に。」

「ん、また。」

麻袋を拾い、広間から出て、魔術抽出炉の部屋と倉庫に向かう。

エッセンス瓶とその他の素材を返して、麻袋を巾着袋の中に突っ込む。

久々の作業だった、きっと今日の夕飯はいつもよりおいしくなるだろうな。

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