第7話 事故

「うわっ」


 子どもが飛び出してきた。急ブレーキを踏む。キキーッと嫌な音が響いた。

 俺は車を運転中だった。ハンドルを必死で右に切った。電柱にぶつかる。ドンッと大きな音が二回して車が止まった。


 心臓がどくどくと音をたてる。俺は肩で息をしていた。

 一度目は人にぶつかった音、二度目が電柱にぶつかった音だ。


 人にぶつかった。女だった。車にぶつかった衝撃で、女は民家の塀にバウンドしていた。宙に浮いたシルエットが甦る。


 人身事故、補償、被害者と加害者。社会的名誉、家族、様々な単語が飛び交う。


 だめだ、まずは負傷者の救護だ。俺の罪はあとから考えればいい。

 最悪なのは負傷者の救護を怠り救助が遅れることだ。

 ぶつかった音を聞いて民家から人が出てきた。急がないとひき逃げだと思われたら厄介だ。


 車を降りて負傷者を確認する。道路のまん中に女が倒れていた。出血もしている。不用意に動かしたら危ないだろう、まずは声をかけよう。


「大丈夫ですか?」


 うつ伏せになっていた女がゆっくり顔をこちらに向ける。背筋が凍った。まじか、この女。麻衣だった。


「うわあああん」


 子どもの泣き声がした。そうだ、最初に飛び出してきたのは子どもだった。

 まさか麻衣の子どもか? いや子どもがいると聞いたことはない。姪がいると言っていた。姪だろうか?

 泣き声のするほうを見てみる。心臓が止まるかと思った。


由梨亜ゆりあ……」


 俺の娘だった。どういうことだ。付近の民家から出てきたおばちゃんが由梨亜に近づく。


「あらあら、怖かったわね、大丈夫?」


 大丈夫なわけないだろう。子どもだぞ、恐怖に包まれてるに決まってるだろうが。


「あんたなにしてるんだ、救急車呼ぶぞ!」


 知らないおっさんが俺に向かって叫んだ。自分の娘が泣いているんだ、そっちが心配に決まってるだろうが。知らないおっさんに無性に腹が立った。

 救急車はおっさんが呼んでいた。


「赤……ちゃん」


 麻衣が腹をおさえている。


「ねえちゃん、妊娠してるのか?」


 おっさんが叫ぶ。麻衣は小さくうなずいた。


「負傷している女性は妊娠しているようです」


 おっさんがそう付け加えていた。

 麻衣が妊娠? 誰の子どもだ? 彼氏ができたのだろうか。しかしなぜ由梨亜と一緒にいたんだ?


「にいちゃん、警察にも電話しな!」


 おっさんが叫ぶ。いちいち叫んでくるのは腹が立ったが、警察に連絡するほうが先だった。

 救急車のサイレンが聞こえてきた。由梨亜はずっと泣いていた。


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