退屈な女
青山えむ
第1話 佐々木
しばらく会っていない女からメールが来た。六か月ぶりだろうか。
メールの本文はURL記載だけだった。間違えて送ったのかウイルスか。
麻衣とは以前同じ職場で働いていた。社内で新しいプロジェクトが発足され、俺がそのメンバーに選ばれて異動になった。
俺が異動してからは一切連絡をとっていなかった。お互いに。それだけの関係だったということだ。
同じ職場のときは毎日顔を合わせて嬉しかった。きっと麻衣も同じ気持ちだろう。聞かなくてもいいような内容をわざと質問しに行ったり、とにかく麻衣と接触がしたかった。
麻衣の顔が好みだった。スレンダーな体型も俺好みだった。趣味も近くて話題が広がったし麻衣は俺の知らない知識をたくさん持っていた。
話す内容に尽きることはなかった。同い年なのも一気に二人の距離を縮めた。
帰宅してからもすぐに麻衣にメールをする日々だった。
メールと就業時間だけでは足りなくなった。もっと話したい、もっと顔を見たい。もっと麻衣を知りたくなった。
ある日、麻衣をお茶に誘った。麻衣は少し
「偶然会ったことにしよう」
言い出したのは麻衣だ。ツタヤで偶然会い、その流れで併設されているカフェでお茶をする。そのような設定にすることにした。
麻衣は独身だが俺は既婚者だったからだ。
変に遠くに行くのもリスクが高い。一緒に車に乗っているところを見られる恐れもある。それならば市内の誰でも行くであろうツタヤで会う確率のほうが疑われない。
土曜日、ツタヤの駐車場で麻衣とメールのやりとりをする。俺が先に店に行くことにした。
麻衣を先に行かせて店のなかで麻衣を探すのも楽しそうだが、うまくいかない気がした。本屋は麻衣のほうが慣れているからだ。麻衣なら本棚を自然に眺めながら俺を見つけるだろう。
「あれ、
「麻衣さん、奇遇だね」
二人で芝居をしている。下らなくて笑えてきたがこらえる。麻衣も笑っている。
「家、この辺ですか?」
「一人?」
などと他愛ない小話をする。
「立ち話もなんだから、あのカフェに行かない?」
俺はメインの台詞を言った。麻衣は少し迷った演技をした。
「そうですね、せっかくだし」
可愛い。下手な芝居もその少し照れた顔も可愛いと思った。
カフェで二人分注文し、奥の席に座った。
あまり混んでいなかった。さらっと見渡したが知っている顔はいなかった。
しかしいつ誰に見られるかは分からない。気を抜かずにやり過ごさねば。
麻衣とは色々な話をした。普段会社で出来る話題なんてたかが知れている。
「今までどんな男とつき合ってきたの?」
俺は気になることを聞いた。麻衣には今、彼氏はいない。こんなに可愛いんだから彼氏がいなかった歴史はないだろう。
「えっ……」
麻衣は言いよどんだ。こんな質問に即答しないのもいい。俺が今までつき合ってきた女なら即答だったな。妻もそのタイプか。昔はそういう女が好きだったんだな。俺も三十代後半になって落ち着いてきたってことか。
麻衣はぽつりぽつりと言い始めた。俺とは違うタイプの男とつき合ってきたようだ。そうだろな。
麻衣は清純派だ。髪の毛を染めたことなんてないんだろうな。
俺は黒髪の女とつき合ったことはない。つやつやと輝く麻衣の黒髪を見ていた。
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