第1話⑧ ハナの提案?

「えっと……その、どういうことでしょうか?」


 俺の総まとめした一方的な物言いに、ハナさんは困惑する。

 どういうことも何もない。


「そのままの意味ですよ。あなたは嫌なんですよね。表面的な情報だけで相手を選んでしまっていることに。本当は性格だとか内面も大切な要素だと思っているのに、そうできない今の自分に。めっちゃ優しいじゃないですか」


 空気を読んだわけでも、リップサービスでもない。本音だ。俺、とってつけたようなお世辞苦手だし。だからモテないんだし。


 俺がそう言うと、ハナさんは面食らったようにその大きな瞳をぱちくりさせる。

 しかしそれも束の間。彼女は静かに首を左右に振った。


「……買い被りですよ。本当に優しいなら、きちんと行動や結果で示せているはずです。でも、結局見た目やスペックのいい男の人からのいいねに舞い上がって相手を選んで、辛い思いをさせられて……。でも、自分の行いを反省するんじゃなく、『何でよ』って相手を恨んで……。やっぱり、ただの嫌でダメな女じゃないですか」


 またしても彼女は愚痴っぽい一面を覗かせる。しかし、不思議と面倒くさい感じはしなくなってきていた。

 それはきっと、ハナさんの悩みの本当に奥深いところを開示してくれたことで、非モテ男の俺でも共感できる部分が出てきたからだろう。男と女とかじゃなく、人として共通する悩みというか。


「本当に嫌な性格なら、そんな自分に傷ついたり責めたりしませんって。大丈夫ですよ」

「でも……」

「落ち着いて考えてみてください。そもそも婚活……というかアプリなんてそういうものじゃないですか。男は自分のスペックや長所をアピールしてアプローチする。女性はそれを受けて自分の好みの人を選ぶ。システムとしてそうなってるんですから、条件で相手を選んじゃうのは仕方ないですって」


 もちろん、俺自身はそれに納得しているわけではない。ハナさん同様、相手の女連中に『何でなんだよ、クソが』と常々思っている。そして、その恨みつらみをただ募らせるだけで、俺自身の問題点を本気で改善するつもりもない。

 性格が悪いのは俺も同じだ。彼女を責める資格などない。


 一方で、世の中こんなもんだよなとも思う。どれだけテクノロジーがアシストしてくれようと、新しい出会いの方法が生まれようと、結局どこまでいっても男はあくまで追う立場(最上位のモテ男以外)。生物学上の特性までは覆せない。むしろ、非モテでも参戦できる場が増えた分、改めて勝ち組と負け組の残酷な格差が可視化されただけとも言える。


 だから、俺はその戦場から降りるのだ。ただの惨めな敗残逃走兵。いや、戦ってすらいないけど。戦場に立たせてすらもらってないけど。


「堂々としてればいいじゃないですか。『私にふさわしい者だけ謁見を許そう』みたいなノリで。あるいはかぐや姫みたいに『私と結婚したければこの宝玉持ってきて!』、とか。上から目線でふんぞり返ってればいいんですよ」


 なんて茶化してみた。

 でも、

 あなたはそう言っても許されるくらい綺麗じゃないですか。


 とは、当然ヘタレの俺には言えなかった。


「いやいや。それ、ぜったい、そのうち誰からも相手にされなくなってイターい感じになるパターンじゃないですか」

「はは、かもですね。そもそも、そういうことができない性格から、あなたは悩んでいるんでしょうし」

「そうですよ! そ、それに……」

「?」



 なぜか彼女はそこでいったん口ごもり、一拍置いてから再び口を開いた。


「……それに、それだとアオさんみたいな方と出会……あ、い、いえ、き、傷つけちゃうじゃないですか。今日、あなたとの約束をドタキャンした人みたいに」

「……は?」

「最初は思ったんです。男の人だけじゃなくて、平気で酷いことする女もいるんだなって。でも……」

「でも?」

「改めて考えたら、私も大差ないなあって。だって、もっとちゃんと、アプローチしてくれた人のプロフィールをちゃんとチェックしてたら、メッセージをきちんと読んでたら、アオさんみたいな『いい人』と知り合えてたのかもしれないのに。私は自分の求める条件ばかり気にして……。誠実な人たちを意味もなく傷つけてますよね。……自己嫌悪です」

「…………」


 ……え?

 俺がいい人?

 あ、ああ。それって――――


「あ、あれですね。女の人がよく言う『いい人』って、ど……」


「先に言っておきますけど、ここでの『いい人』は『どうでもいい人』って意味じゃないですからね。念のため。というか、そういう文脈じゃなかったでしょ」


 ………。


 ハナさんはなぜかシラっとした視線を俺に送ってくる。


「そ、そうですか。つ、つまり、逆に言うとハナさんにとって俺はすぐ弾かれてしまう男だってことですね。ルックスとかスペック的な面では」


 俺はそれを受け止めきれず、つい自虐に走ってしまう。


「何でそういうふうに受け取っちゃうんですか。いや、確かに仮にアオさんからアプリでいいねもらっても、たぶんスルーしちゃってたと思いますけど……。あっ」


 いい事を言おうとしていたはずなのに、彼女はきっちり女性らしい黒さマシマシの本音が漏らしていた。嘘つけない人だな、この人……。


 でも、なぜか今の俺にはそれが好ましく思えた。普通ならイラっとするところなのにな。

 それに、早い段階でこう言ってくれたほうが勘違いしなくて済む。


「はは。いいですよ、別に。気にしないでください」

「う……す、すみません……」


 わかってたことだからな。俺なんかが好かれるわけないし。

 すると、彼女はしばらく気まずそうに口をもにょらせていたが、やがて大きく深呼吸すると、


「あ、あの! アオさん!」

「は、はい?」


 なぜか勢い込んで言った。


「わ、私と一緒に、星を目指しませんか!?」

「……は?」


 よく……いや、まったく意味のわからんことを。

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