第10話

 ボコンという音がすると、パラシュートで支えられたカプセルから、着陸ポッドが放り出され、自由落下を始める。

 地表まであと五百メートルに迫っていた、一瞬の操作ミスでポッドは地面に激突、大破する。


「逆噴射ロケット点火」

 有美は姿勢制御レバーとフットペダルをピアニストのように繊細に操作すると、斜めに傾いていたポッドは青い炎で軌跡を描きながら、蝶のように左右を舞う。次第に垂直な体勢を取り戻した。


「地表面まであと三十メートル」

 下降速度を時速八キロメートルまで落とす、やがて赤い大地から逆噴射による土埃が立ち昇り始める。ポッドの着陸ポイントを中心に大きな円形の雲の輪が描かれた。


「八メートル、七、六、五、……? 着地したか?」

「そのようね」

 振動をまったく感じなかったため、真守は着地の瞬間に全く気付かなかった。

「お見事、さすがエースパイロット……ロケット停止」


 ふうっと有美が息をつくと、真守はすぐに船内のアシストグリップに手をかけ、強化ガラス窓から外を覗いた。

 ポッドの周りには赤い暗闇がとり憑いていた。

 外を覗いても観えるのは粉塵が舞う様子。

 やがて二酸化炭素の乾いた風が、覆われたヴェールを徐々に払い除け、その全容を現し始めた。


 赤い大地に大小の岩が点在し、遠方にオリンポス山がそびえる景観が広がった。


「……成功だ、やったぞ有美、人類初の有人火星着陸成功だ!」

 有美はニヤリとすると、真守に右手を差し出した。それに呼応して真守はその手をポンと軽く叩いた。

 真守は急いで通信マイクに口を近づける。

「船長、聞こえますか? 無事着陸しました、成功です」


「聞こえている、おめでとう。ただ……まもなくその付近にアメリカの宇宙船が降下する、船外への探査を急いだほうがいい。第一歩を取られるかもしれない」


「なんですって?」急いで窓から空を見上げる。隕石のように赤い火球が落下してくるのが見えた。

「有美、まずい、アメリカの船が降下を始めている。急いでヘルメット装着だ」

「ちょっと待って、グローブと酸素タンク装着、カメラ、通信ケーブル……ああ、もうやることがいっぱい!」

「いいから早くヘルメットを被れ、有美が先に出ろ!」

「あなたが一番乗りじゃないの?」

「この着陸を成功させたのは君だ。君こそ最初の足跡をつけるにふさわしい」

「いえ、その権利はあなたに譲るわ。あなたの機転が導いた結果よ」

「早くしないと、他の奴らに先を越される」

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