偽の人

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偽の人

 ある日を境に、この街には何人もの偽物の仮面を被った《偽の人》が現れた。

 見た目は同じなのに、中身は別種なのだ。

 彼らは、それぞれが思い思いに振る舞った。

 ある者は大声で演説した。

 ある者は盗みをした。

 ある者は人を傷つけた。

 そして、またある者は――自ら命を絶った。

 この世ならざる者が紛れ込んでいることに気が付いた人々は、《偽の人》の存在を悪魔と呼び、恐怖した。

 やがて、《偽の人》は人々の手によって次々と捕らえられていった。

 しかし、それでもなお、《偽の人》の数は減るどころか増え続ける一方だった。

 一つの決断を下した。

 それは、《偽の人》と、共存する道を模索することだった。

 その方法とは、血肉を人にする為に、特別な食事を摂らせるというもの。

 こうすることで、《偽の人》をこの街に適応させ、生きられるようにしようというのだ。

 柏樹司かしわぎつかさがこの街に紛れ込んだ時、司はまばゆい光に照らされて、自分が何者なのか分からなくなっていた。

 街の様子は賑やかで高層ビルが立ち並んでいたけど、司の知っている景色とは違っていて、どこか違和感があった。

 現代的な建物ではあるが、もっと先の時代を想像させるような、不思議な感覚だ。

 訳も分からずに街を歩く。

 司はスエットにジーンズという格好だったが、すれ違う人達は司の服装に注視する様子が見られた。

 そんな服を見るのは初めてだと言わんばかりな反応を示す。

 この街の人々の服装は、現代的ではあるものの緑の綺羅びやかで派手な民族衣装のようなもので奇抜なファッションを感じた。

 とりあえず目立たない場所へ行こうと歩き出した。

 すると、どこからか声が聞こえてきた。

 1人の少女の声が、司を呼び止めている。

 体つきは、とても華奢で顔立ちは幼く見えた。

 紅樺色の髪の少女で、まるで妖精のように可憐で美しい女性だと思った。

 一瞬にして心を奪われる。

「あなた《偽の人》ね」

 司は彼女に訊ね返した。司は確か、駅のホームで疲れてベンチに……。

「 徹夜をしてレポートを大学に提出しての帰りに駅で眠ってしまったんだ。それで目が覚めたら」

 目の前にいる少女は、クスッと笑った。

 とても可愛らしくて魅力的な笑顔だ。

「お腹空いていない。私が良いところに案内してあげる」

 彼女はそう言うと、司の手を引いて歩き始めた。

 一軒のレストランと思しき店の前にたどり着いた。

 すると、奥にある個室へと通され、1人分の椅子とテーブルが置かれている。

 少女は司を席に座らせる。

 程なくして、司の前に不思議な食べ物が出された。まるでラーメンから丼ぶりを除いたようだった。

 ゼリーの塊みたいなものの中に麺が閉じ込められているのだ。

 少女はスプーンを司に渡してくれた。

「これで、あなたもこの街の住民・エンカントに仲間入りよ」

 少女の言葉の意味はよく分からなかったが、司は素直に従った。

 一口食べてみると、それは今まで食べたことのない味がした。

 ゼリーは口の中で瞬時に溶け濃厚でまろやかになり、もちっと弾力のある食感を持つ太めの縮れ麺が絡んでくる。

 その絶妙なバランスが何とも言えず美味しかった。

 至福を味わっていると、突然誰かに殴られた。

 床に転がった瞬間には、腹を蹴られ、司は食べたものを吐き出していた。見れば、男性店員が怒りの形相で立っている。

「食べるな! 食べたら俺のように二度とこの街から出られない!」

 彼はそう言って司に詰め寄ってきた。

 何のことかは分からないが、司は食べてはいけないということだけは理解できた。

「何をするの。この街の人じゃない《偽の人》は、こうして仲間にしないと何をするか分からないじゃない。邪魔しないで」

 少女は男性店員に激しく抗議している。

「走れ!」

 彼は、司に言った。

 司が尋ねると、彼は答えた。

「この店を出て真っ直ぐ走れ。この世の果てに行き着くつもりで走り続けろ、そこまで行けば帰れるハズだ」

 元の世界に帰れる。

 司は彼の言葉に従って走った。

 街を飛び出し、人も建物もあらゆるものが司の周囲から消え失せていった。

 ひたすら走る。

 やがて体力の限界が訪れた。

 司はその場に倒れ込んだ。

 全身の痛みで起き上がることも出来ない。

 このまま死ぬのかもしれないと思った。

 気がつくと司は、駅のベンチに戻っていた。

 

【妖精の街ビリガン】

 フィリピンのある島に伝わる謎の街。

 異次元にあるとされ、時折この世界と繋がる。街の様子は賑やかで近未来的な建物があり、エンカントと呼ばれる妖精が暮らす。

 ビリガンに迷い込み行方不明になった少女や、エンカントに恋をして病気になった男の噂がある。

 この街で食べたり飲んだりしてしまうと、二度とこちらの世界に戻ってこられないとされる。


 目撃者の多くは船乗りで、今もその街の存在を信じる人が多く居る。

 お散歩日和な昼下がり。

 家と学校の往復。

 その繰り返し。

 代わり映えのしない日々。

 そんな毎日に嫌気が差すと、司は、あの少女の居る街に行ってみたいと思ってしまった。

 二度と帰れなくなると分かっていても。

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