12月8日 火の国のガタガタ重箱

 さて、鍛冶妖精の街も今日で最後です。せっかくなので、じっくり温泉に浸かってから宿を出ましょう。ドワーフ達の朝はのんびりですから、早朝に行くと空いていますよ。


 細く煙を上げる火山を仰いだ火の国ウルは、有名な温泉地でもあります。橋から小川を覗き込めば湯気が上がっていますし、あちこちに小さな露天風呂のようなスペースが作られていて、謎のでかい鳥が群れで浸かっていたりします。


 そんな温泉の一番の効能は「火の祝福」。この土地の温泉は、火の女神の神域である火山の熱で温められた地下水ですから、当然お湯には火の力が溶け込んでいます。体の芯まであったまりますし、勇敢な女神から明日を生きる勇気がもらえるとも言われています。心が挫けそうな時の旅行にもいいですね。ドワーフ達のノリが苦手でなければ。


 ドワーフは男女共に髭が生えている種族ですが、顔立ちで見分けのつかない方は髭を編んでいる方が女、と思っておけばまず間違い無いです。故に温泉も、扉に編んだ髭が描いてある方が女湯、ぼさぼさ髭が描いてある方が男湯です。男女どっちでもない方は混浴のところか、貸切にできるところを利用するのが一番気楽かと思います。


 温泉に入る時は、湯船の外の洗い場でしっかり体を清めてください。後から入る人のためにお湯を汚さないのも大事ですが、それよりも「女神の祝福を浴びるのに汚れた体ではいけない」という意味合いの方が強いかな。ドワーフ達にとって、入浴はちょっとした神事なのです。



 温泉を楽しんだ後は、少し金物以外の細工物も覗いていきましょう。ドワーフ達が金属加工以外に全く興味がないというのは、この数日過ごした宿を見ればよくおわかりになったと思います。


 まずひん曲がった塔のようなおかしな外観。一階と二階、二階と三階の間が椀を乱雑に積み重ねたような感じで少しも真っ直ぐでなく、それでもどういう設計なのか絶妙なバランスで崩れず立っています。床は辛うじて地面と平行になっている宿を選びましたが、そうでないものも多数。家を建てている大工も本職ではなく、その場のノリで集まった「自称大工」でしかありません。


 そう。この街のドワーフ達のほとんどの仕事は、酒場や酒蔵、鍛冶屋や金属細工屋といった彼らが情熱を注ぐ本業の片手間で営まれています。故に輸入ものでない地元のお土産品は、見るからにやっつけ仕事で作られたものばかりです。


 その中でも特別笑えるのが、今日ご紹介するこのガタガタの重箱。歪んだ丸っこい箱を雑に積み重ねたら街に並んでいる雑な建物に似た形になったので、ついでに小さな窓や扉や屋根を雑にくっつけて家のようにしたという、雑な箱です。


 ただこの雑さが絶妙にドワーフの建築をリアルに再現していて、見方によっては精巧に作られたドールハウスにも見えます。一点の揺らぎもなく研ぎ上げられた短剣の手仕事と見比べて笑うもよし、面白い街並みの思い出に小さな家を一軒手に入れるも良し。街並みのスケッチと合わせて贈れば、案外喜ばれるお土産でもあります。


 重箱の他にも色々な雑グッズがありますから、満足するまで眺めたら砂漠へ向かいましょう。そろそろ隊商が到着している頃です。




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