第12話アリーは製薬する

「今日、一晩泊めていただきます。アリーと言います」


ぺこりと副ギルド長の奥さんに頭を下げるアリー。


「まあ、なんて可愛いらしい女の子。あなた、こんな子に冒険者なんてさせていいの?」


「そうは言っても、冒険者になることを止める権利なんてない。俺にできることは彼女らが、少しでも安全に依頼を達成できるよう、サポートするだけだ」


副ギルド長の奥さんはかなりの美貌だった。それに二人揃って、善人を絵に描いたような人柄が滲み出る。


「(ねえ、今日、この人のすぐ横でイケナイことするのかな?)」


「(もう、その妄想止めない? 僕はこの二人を見て、そんな発想はできないよ)」


「(あうっ)」


実はアリーにもこの二人の間に自分の入る余地などないことを薄々感じていた。


二人はキラキラと輝いて見える。典型的な陽キャで、みんなの中心にいる人達である。


何故か隅っこで体育座りをしたくなる。


アリーは陰キャなのである。


『美少女になっても、釣り合わないよな』


聖剣はアリーに黙って、失礼なことを思っていた。




食事を頂くと、奥さんはアリーにお化粧や髪のすきかたを教えてくれた。


「アリーちゃん。女の子はね。綺麗にならなきゃいけないのよ。その努力を惜しむのは神様への冒涜なのよ」


「そうなんですか? 私如きでも?」


「う、ん?」


奥さんは意味がわからないという感じだ。


どう見てもアリーは美少女だが、本人に自覚はない。


「まあ、いいから、今日から毎日1000回髪をすくのよ。それでツヤツヤの髪になるわ。あと、この美容ポーションで毎日洗顔とお肌のケアも欠かしちゃダメよ」


「は、はい」


アリーはされるがままに髪をすかれた。そして、ワインレッドのリボンで髪を結え、胸元に青いリボンタイを結んでくれた。


「白いドレスは素敵だけど、小物も身につけないと駄目よ。服のおしゃれにも気を遣ってね」


『美少女っぷりがレベルアップしてる!』


聖剣は驚いた。元々美少女のアリーの髪は艶のある美しい髪に、肌のきめは更に良くなり、ほんのりお化粧したら、更に磨きがかかった。それに髪を結えたワインレッドのリボンと青いリボンタイが良く似合っている。


『副ギルド長はともかく、今後、ヤバい男に狙われかねんな。僕がしっかりしないと』


何故か聖剣はアリーのナイトになっていた。


「今日はこの部屋を使ってね。ごめんなさいね。きちんとしたお客様用の部屋なんてなくて。ここは私の工房なの」


「工房?」


「ええ、私は薬師なの」


「え? やく作ってるんですか?」


「(そ、その言い方!)」


「(私、何かおかしいこと言った?)」


「(おかしいだろ! それじゃ、まるで危ない薬でも作ってるみたいじゃないか!)」


「(え? でも、薬師って、キマると天国に逝っちゃう系の薬を作る職業じゃ?)」


「(君の常識はどうなってるの?)」


アリーの常識に色々おかしい点があるのはやむおえない事情がある。


家族から疎まれた彼女は学校にも行かせてもらえなかった。


姉のソフィアと家にあった古代書から学んだことが全てであった。


古代書にはR18指定とか、あかんやつが混ざっており、子供には必要ないというか、余計な知識が入る一方、肝心な常識がすっぽり落ちている場合があった。


「あら、まあ、薬師って、あまり知られてないけど、そんな変な薬は作らないわよ。治癒薬とか、毒消薬とか、美容薬とか、役に立つものをたくさん作っているのよ」


「すいません。私ってば、スゴイ勘違いを! なにぶん田舎者なので、許してください」


慌てて頭を下げるアリー。だが、田舎者と言っても、この領の領主、グラキエス男爵家の三女と知れたら、みなどう思うだろうか?


「いいのよ。あまり有名な仕事じゃないからね。今日はそこの簡易ベッドを使ってね」


「はい。ありがとうございます」


奥さんがアリーを今日の寝室に案内して、立ち去ろうとしたとき。


「(ちょっと待って。この設備と材料を使わせてもらおう)」


「(え? どういうこと?)」


「(君に製薬の技を教えてあげたい。君には製薬のスキルが宿っているはずだ。僕のスキルがそのまま引き継がれたはずだから!)」


「(製薬のスキル? 魔剣さんの癖に?)」


「(絶対、わざと言ってるだろ? 御恩返しにポーションを作ったらどうかと思ったのに!)」


アリーは慌てて奥さんに製薬の設備と材料を使わせてくださいとお願いした。


☆☆☆


「お、美味しい! でも、体が腐るぅ!!」


『そりゃ、吸血鬼が人間用の治癒のポーション飲んだら、アンデッドだからダメージ入るよなぁ』


「全部失敗作かぁ〜」


「(あ、いや)」


聖剣が説明しようとしたとき。


「そうだ。これをただでギルドに配ろう!」


「(は?)」


聖剣は意味がわからない。


「美味しいけど、こんな失敗作の上、体が腐るなんて、なんて悪事なのかしら!」


どうも、アリーは悪事としてポーションをただでギルドで配るつもりらしい。


『それは悪事じゃなくて、ただの善行だよ』


聖剣は事実を知っているが、アリーは知らず、ただ、魔王への一歩としての悪事を働く気だった。

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