吸血鬼アリーは最強の魔王になりたい~実家に追放された上、冒険者に騙されて命を落とした少女、最強になる...筈だったけど、ハズレスキルが無自覚なので、何故か沈黙の大聖女になりました~

島風

第1話アリーは死にたくない

なんでこんなことになったの?


ダンジョンの中層で少女アリー・グラキエスは魔物から一人逃げまどっていた。


こんな筈じゃなかった。そう、駆け出し冒険者が単独でダンジョンに挑んでいい筈がなかった。


それ位のことは冒険者じゃなくても誰でもわかることだ。


好き好んでダンジョンに挑んだ訳じゃない。


どうして!! どうしてこんなことに!


アリーが一番わからなかった。


実家を追放されて、冒険者になるしか道がなかった少女アリー。


彼女に優しく手を差しのべてくれたのが中級冒険者のパーティ銀の鱗 。


中級パーティで見習い冒険者として働かせてくれる。そんなありがたい話に飛びついて、のこのことついて来てしまった。


あの優しかった人たちが唐突に豹変した。


ゴブリンの大群に遭遇した瞬間。


「ああ、これは新人ちゃんの使い処だな」


「ああ、違いない」


「え? 一体何?」


「こう言うことだ!!」


突然足蹴にされて、ゴブリン達の方に突き飛ばされた。


「お前が喰われている間に俺達は逃げさせてもらうぜ」


「ああ、俺達の為に死んでくれな」


「迷わず成仏してね。恨まないでね」


最初からおかしいと思うべきだったのだ。初心者のアリーを仲間に加えるなど、中級冒険者達にとってはリスクでしかない。


自分がいざという時の捨て駒だと知って、ようやく腑に落ちた。


「はあっ......はぁ......」


アリーは必死で逃げた。死にたい人間などいない。例え死以外の結末が全く見えないとしても、逃げない人などいない。


「......お姉ちゃん」


アリーは唯一自分に愛情を注いでくれた最愛の姉を思い出していた。


魔力がないからと実家では蔑まれ、食事さえ家族と一緒にとったことがない。


唯一、姉だけが自分の食事をこっそりと分けてくれて、一緒に食べていた。


男爵家の令嬢の筈のアリーの食事はいつも使用人の食事の残飯だった。


「死にたくない。死にたくない」


こんな人生惨め過ぎる。


姉に会いたい。魔法を頑張って、家族に認めてもらって一緒にご飯を食べる夢を叶えたかった。


それも、こんなところでついえるのか?


「あう!」


疲労して、小さな石ころに躓いてしまったアリー。


随分と逃げたつもりだったが、全く逃げ切れていないことを理解した。


「ケケケケケッ!」


醜いゴブリンの顔が目の前に現れる。先回りされていたのだ。


その顔には愉悦する歪んだ笑みが見てとれる。


ゴブリンにも知性がある。だがら、集団で狩りをするし......獲物をなぶって楽しむという醜悪さも持ちあわせていた。


自分が罠にかかった獲物.....だと理解すると同時に絶望した。


それでも最後の力を振り絞り、腰のショートソードを抜こうとした、その時。


「うっ、え……!!」


突然背中に激しい激痛が走る。見ると小さな弓矢が背中に刺さっていた。


振り返ると弓を持ったゴブリンが楽しそうに笑っている。


「く、えぐっ、おえ......」


激しい痛みと共に、血が滴り落ち、視界が歪む。


「し、死にたくない。死にたく―― ない」


ひたすらそう叶うはずもない思いを口に出す。


「ギャハハハハハッ」


人を嘲る言葉は人もゴブリンも同じらしい。


悔しくて、唇を噛んだら、血が出た。


そして。


「うっ! げはっ!!」


アリーを取り囲んだゴブリンの一匹が短剣で右足を突き刺す。


最後の勇気も消え失せ、崩れ落ちてしまうアリー。


すぐ近くにまでゴブリン達がアリー取り囲んでいる。


そして次々とアリーに短剣を突き立てる。


「が、ぐっ……あっ」


あえて急所を外して......獲物が苦しむ様を見て、更に笑い転げるゴブリン達。


痛い。痛い。死にたくない。そんな切な願いを持つ少女の悲鳴もゴブリンには楽しい娯楽でしかない。確実に、そして、すぐには死なないように少しずつ切り刻まれていくアリー。


「ギヒヒヒッ!」


「た、助けて、ソ.....ソフィア、お姉ちゃん」


辛うじて最後に愛する姉の名を呼ぶ。


助かる筈もないのに......生を諦めることはできる筈も.....なかった。


「し、死に、たくない」


最後の力を振り絞って、痛みをこらえてショートソードを振り回すが空を切る。


「がッはぁッ!!」


何がなんでも生き延びたいと必死に抵抗した少女に.....無慈悲に一振りの剣がアリーの心臓を貫いた。


「あっ!!」


ビクンと体が跳ね返り、痛みだけじゃなく、自身から生が消えて行くのを感じるアリー。


身体が動かなくなり、意識が消えて行く。


「(し・ね・な・い)」


死んだ筈のアリーは尚を生への渇望を思った。


死んだ筈なのに?


「し、ね、な、い」


「ギャハハ、ア?」


アリーに剣を突き立てたゴブリンは笑い転げようとして、驚いていた。


獲物が死なないのだ。心臓を剣で貫かれて生きていられる生き物などいない。


「ぎぃ?」


他のゴブリン達からも驚きの声が上がる。


「(死なないよ。君は。僕に選ばれたのだから)」


アリーの脳内に謎の声が聞こえる。


「え?」


あんなに重かった体が急速に軽くなって行く。いや、激痛は今もなお感じているが、体が勝手に動くことに驚く。


「どう、して……?」


アリー自身が驚いていた。死んだ筈の自分の胸に刺さった剣を引き抜き、構えているのだから。


「ギィ!!」


「つぅ!!」


ガツンという衝撃と共に、自分の右目に矢が刺さった。


視界は塞がれ、激しい痛みはあるが、なおも体は動く。


右目に刺さった矢をアリーは自身で引き抜く。


「ギィ、ギギィ……」


ゴブリン達は後ずさった。彼らの本能が自然と理解する。


目の前の少女は獲物ではない。自分達を狩る側である......と。


彼らに残された選択肢は二つ。


逃げるか? 戦うか?


ばさぁ、ばさぁ


羽音と共に、アリーの背に二つの白い羽根が生えて来た。


それは、この少女が人外の者である証左であると同時に、彼らの戦意を完全に奪ってしまうには十分なものだった。


「(君はもう死ぬことはない不死者、吸血鬼になった。最強と言われた僕に選ばれたんだから)」




最強の吸血鬼アリー。そして、後に「沈黙の大聖女」と謳われる聖人の誕生の瞬間だった。

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