第47話 逃避行

 時刻は夕暮れ。予定ではもうすぐアシュトン伯爵領地から脱出できると思われた、その時!


 ドズッ! ドズドズッ!


 何かが刺さる音が聞こえる。馬車を引いていた馬にクロスボウから放たれた矢が身体や頭に何本も突き刺さった!

 目や頭部といった急所を集中的に狙われて致命傷を負ったのか射られてすぐに倒れこんでしまい、息絶えた。


 クロスボウは金属製の鎧ですら易々やすやす射貫くいぬくすさまじい威力を持つ。それゆえ各国はこれを「非人道的な兵器」として使用を自粛する不文律を結んでいる。

 実際、クロスボウの普及で昔は生け捕りにして身代金を請求出来た騎士が、平民の手で射殺されることが多くなったため「非人道的な兵器」というのはある意味では当たっている。


 そのためそんな物騒な兵器を使う機会が無いように各国各領で極めて厳格に管理しているはずなのだが、今回はアシュトン伯爵からの「横流し品」として賊どもに与えていたのだ。

 山賊どもが団結してアレク率いる親衛隊に襲い掛かる!




「お前たち! 持ち場を離れるなよ! 王妃様の玉体お身体にはかすり傷でさえつけさせるんじゃないぞ!」


 賊たちは散開さんかいして散らばるように布陣しており、まとまっている一か所を叩けば崩せるようなものではない。

 馬上で弓を扱える兵が射かけるが「なしのつぶて」だ。日も落ちかけ辺りは薄暗く、それゆえに敵である賊どもの居場所を正確に把握することはできない。

 相手は森の中に隠れている一方、自分たちは道の上にいるからどこにいるかはバレバレ。地の利としては圧倒的に不利だった。


 そうこうしているうちに2度目のクロスボウの斉射が始まる。今度はカレンを守る兵たちに殺意を込めた矢が貫いた。


「ぐえっ!」


「ぐ……く、クソが……」


 ノド、頭、胸などの急所を射抜かれ、兵士たちはドサリ、ドサリ、と馬から落ちて動かなくなる。鎧や兜で保護しても全くの無駄だった。




 アレクも右肩と左腕に矢が命中し、深々と突き刺さっている。


「あと3人か……お前ら! 踏ん張れ! カレン様を守れ! 死んでも守れ! 絶対にあいつらの手に落とさせるな!」


 アレクは自分の馬にカレンを乗せ、必至の逃避行を続ける、その時!



 ドズッ! ドズドズッ!



 クロスボウの矢がアレクとカレンを乗せた馬を射抜く! 頭を射抜かれたのか即死し、地を引きずるような格好で倒れた。

 当然乗っていたアレクとカレンも地面に放り出される。


「王妃様を守れ!」


 アレクの号令で生き残りの兵が集まる。その数2名。残りは賊の手で殺されてしまったのだ。

 絶体絶命と思われていたが……結論から言えば彼らは救われたのだ。




(カレン……)


『声』が聞こえる。『声』と言うが頭に直接響くような耳を介さない声。それに初めて聞くが、どこかとても懐かしい声だ。


「……呼んでる」


 カレンは急に森の中へと走り出した。


「アレクさん! みなさん! こっち来て!」


「!? カレン様! いったい何を!?」


 アレク一行は彼女に言われるがままに様子のおかしいカレンを追いかける。

 彼女は自分の髪に結んであった7色のリボンをほどき、手に持つ。リボンは光を放ち青白い光を放つ縦長の楕円形をしたゲートを出現させた。


「これは……まさか転移用のゲートか!? でもどこへ行くかはわかりませんぞ」


「大丈夫、行きましょう」


 意を決してカレンとアレク達はそのゲートをくぐった。




 たどり着いた場所は不思議な空間だった。

 曇り空だったが快晴の天気の時のように明るく、森で覆われた場所にポツンと木でできた、この辺りでは見かけない様式の建物の入り口らしき場所に「彼女」はいた。

 全高が人間の背丈を簡単に超えるとても美しい純白の身体をした、尾が9本生えたキツネだった。カレンは直感で相手の事を悟る。


「……お母様?」


 カレンの本当の母親、それは神獣とでも言うべき9尾のキツネだった。


「カレン……立派に育ったわね。あなたの言うシロから話は聞いています。嫁入りして幸福に暮らしているそうね」


 そのキツネは流ちょうな人間の言葉を話した。




「あなたがカレン様の母親……なのですか?」


 兵を代表してアレクは狐に問いかける。この様子だと種族を超えたどころの騒ぎじゃない。


「ええ。人間の姿に化けてあの人……あなたたちで言うエドワード国王と1夜を共にし、カレンを産みました。全部私の身勝手な行為で人間界を引っかき回してしまいましたけどね」


 彼女は詫びるようにそう言う。




「人間の世界には、確か「法律」と言いましたっけ? その人間のルールがあるのと同様、私たちにも私たちなりのルールがあります。

 そのルールに触れることかもしれませんが、今回だけは助ける事にしました。何せ他でもない私の娘の話ですからね」


「って事はカレン様の持つ読心術っていうのは、まさか!」


 アレクは直感で悟る。読心術なんていう普通の人間には持たない能力を持っている、それも誰かから教わったわけでもなく産まれた時から使いこなせている、と言う事は……。


「ええそうでしょう。おそらく私の力が血となってカレンに継がれたからだと思います。カレン、ごめんなさいね。私の血のせいで要らない不幸を背負わせて本当に申し訳ないと思っているわ」


「お母様は謝らなくてもいいですよ」


「え?」


 娘のその一言に母狐は疑問を抱く。




「昔はこんな能力なんて無い方がいいって思ってましたけど、今は違います。この能力が人を、デニスさんを救えるのならそれでいいと思ってます。

 今はこの能力があってこその私ですから、もしも生まれ変わりがあるのならまたこの能力と一緒に産まれたい。と思ってます」


「カレン……母親である私がいなかったというのに、ずいぶんと強く育ちましたね。立派だわ」


 母狐はカレンにすり寄って肌が触れ合う感触を確かめる。


「せっかく会えたけど今回はここまでです。さぁ行きなさい。安全な場所へと出られるようにしています」


 カレン達の前に、ここへ来た時と同じような青白い光を放つ縦長の楕円形をしたゲートが開いた。


「また会えるといいな、お母様。今度は孫の姿を見せられるかもよ」


 そう言ってカレンは人間の世界へと戻っていった。




 転移用のゲートを抜けた先は、とある町の路地裏だった。そこを抜けると……


「ここは……?」


「ここは……!! 城下町だ! アランドル王都の城下町だ! 助かったぞ!」


 一行は城下町まで戻れたのを大いに喜んだ。生きて帰れた! という喜びが彼らを包みこむように湧き上がる。

 ただ、カレンとアレクはこれから起こるであろうことに対し身構えていた。




「……ただいま、デニスさん」


 予想通り、怒り心頭なデニスがカレンとアレクを出迎えた。


「カレン! 話は聞かせてもらったぞ! 勝手にアシュトン伯爵領地へと行ったそうだな!? どうしてこんな危険なことをしたんだ!? アレク! お前はなぜ止めなかったんだ!?」


「もうしわけありませんデニスさん。でも私、どうしてもデニスさんの役に立ちたかったんです」


「陛下、王妃様を危険な目にさらしてしまったことを深くお詫び申し上げます。どうしても断りきることができませんでした。何とぞお許しください。罰を与えていただいても構いません」


「……まぁいい、2人とも無事でよかった。なんでこんなことをしたのか詳しく聞かせてくれないか?」


「承知しました。お話いたします」


 アレクは今回の事件のいきさつを話す。

 アシュトン伯爵が今回のエドワード王国への出兵に関して、裏でデニスを秘密裏に葬り去る計画を立てていることの詳細を話した。




「そうか、そんな事が……まぁいい。とりあえずカレンとアレク、お前たちがここにいることは極秘にしよう。アシュトン伯爵の手勢はまだお前たちを探しているはずだ。

 もしかしたら裏をかけるかもな。すまないが2人とも塔でしばらく過ごしてくれないか?」


 アランドル王城には城にくっつく形で小さな塔が併設されていた。万が一攻め込まれ、城壁も城も落ちた時の「最後の守り」である。

 実戦で使う事が無い事を祈る建物だったが、外を歩かれると都合が悪くなる人をかくまうには適しており、2人はしばらくそこで過ごすことになった。


「ついに尻尾を出したな、アシュトン伯爵め。絶対に逃がさないからな」


 今まで疑惑のままで確証が無かったアシュトン伯爵がついに尻尾を出そうとしている。ここが勝負どころだろう。デニスはこれを逃すまいと作戦を立てていた。

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