第35話 孤児院訪問

「では参りましょうかカレン様」


 カレンはアランドル王族専用の馬車に乗り、彼女とアレクが率いる護衛たちは王都の外れにある孤児院へとやってきた。

 今回はここの視察だ。


「お初目にかかりますカレン様。今回はお越しいただきありがとうございます」


 孤児院の院長らしき初老の女がカレンを出迎える。と同時にいくつかの資料がカレンに渡される。

 予算は適切に使われているのか? 現状で特に不備はないか? などの運営状況に関する各種の報告書だ。

 これを見て、さらに院長や先生たちと意見交換を交わしてこれからの予算をどうするかを決める。




「……なるほどね。予算の使い方に関しては妥当かな。まだ話し合いは必要ですが特に問題が無ければ来期の予算も例年通り出ると思います」


「ありがとうございます。助かります」


「あと念を押しますが、予算は不正なことに使ってはいませんよね?」


「もちろんですとも。元は我々国民の血税ですから無駄づかいなんでできませんよ」


(「はい」か。本当に不正はしていないみたいね)


 実家では自分と関わる人間ほぼ全員に忌み嫌われていた、心を読む能力に使い道がある。と知ったときはとても驚いたが今では確かに何かと便利な能力だなと思うようになった。

 人生って奴はどこで何が起きるか分からないものだ。




「すげー、おうひさまだー」


「おうひさま、すごくきれい!」


 孤児院の院長と話をした後は子供たちとの触れ合いとなった。


 見た目からして6~7歳程度と思われる子供たちにカレンは囲まれていた。

 平民の子供たちからすれば王侯貴族は「住む世界の違う人」という認識で、ましてや一国の王妃となればそれこそ「雲の上の人」だった。

 そんな「やんごとなきお方」が目の前にいるとなると大喜びだ。


 はしゃぐ子供たちを見てカレンの口元が緩む、その時だった。



むにゅ。



 子供の1人が「明らかにわざと」カレンの胸をんだ。


「なんだ、ちっちぇの」


 そんな捨て台詞までも用意していた。


(……今、明らかにんだよね?)


 子供たちは代表として特に行儀のいい子が選ばれたはずなのだが……その中に「不届き者」が混ざっていた。子供だから多少のことは許される、とタカをくくっていた「不届き者」だ。

 カレンが「胸を触られたのでは?」と疑問に思ってすぐ、さらに……。



むにゅ。



 同じ子供が今度はカレンの尻を「明らかにわざと」触った。


「こっちもちいせえな」


 またも捨て台詞を吐いた。


(……今、お尻をわざと触ったよね?)


「ねぇ君……」


 カレンが話を聞こうとした矢先……。



ガッ!



 アレクはその子供の頭を、正確に言えば髪の毛をワシづかみにして持ち上げる。

 彼の目はごまかせない。可能な限り怒りで顔を歪ませて威嚇いかくする獰猛どうもうな猛獣のような形相ぎょうそうでつり上げた子供に怒りをぶつける。


「おいクソガキ! ガキだから許されると思ってんだろ!? オレの機嫌次第では馬や馬車に縛り付けて引きずり回しにもできるんだぞ分かってんのか!?」


 罵声ばせいとも言える程の大声を叩きつけるという、あまりにも唐突とうとつな出来事でカレン含む周りの人間の半分はあっけにとられる中、カレンの胸と尻をわざと触った子供が泣き出した。




「ごめんなさい……ヒック……ごめんなさい」


「テメェ! 泣いたり謝れば済むと思ってるんじゃねえだろうな!? 甘いぞ! 子供だから泣けば許されると思うんじゃねえぞ! どう責任取るつもりなんだ! 言ってみろ!」


 アレクは相手が泣いているにも関わらず一切の情けもかけずに子供を責める手が止まらない。


「申し訳ありませんアレク様! ユーマが王妃様にとんでもないことをしてしまって!」


 見かねた孤児院の「先生」がアレクに悲鳴に近い声を上げながらユーマ、と呼ばれた痴漢を降ろすように説得する。そこまで言われてようやくユーマは降ろされた。


「ユーマ! あれだけ王妃様の胸や尻を触るなって言ったのに! 何てことしてくれるのよ!」


 子供の世話をしている「先生」がユーマと呼んだ子供にビンタを何発も加えて、助かったと思ったら文字通り「泣きっ面に蜂」でユーマの泣き声がより一層でかくなる。




「すいませ……」


「王妃様、あなたは謝る必要なんて一切ないですよ。私の生まれ故郷ではあんなことしたら子供であろうと不敬罪ふけいざいで極刑にされてもおかしくなかったんですから」


 ユーマを泣かせたことにカレンは謝ろうとしたがアレクはそれを止めさせる。


「子供の中には『自分たちは子供だから大人たちから甘い目で見られている』っていうのを自覚している悪ガキだっているんですよ。そういう甘えた奴には一度ガツンと言わないと歪んだ大人になりかねませんよ。

 昔そういう悪友がいましたし、成長してもロクな大人にならなかったので実体験としてそういう奴をこの目で見てきました」


「そ、そうですか……」


「申し訳ありませんカレン様。私たちの不手際で嫌な思いをさせてしまいまして」


「いえ、いいんです。子供がやったことですし……」


 その後触れ合いは途中で切り上げ、カレン達は帰ることになった。




「カレン、今日は孤児院の視察で大変な目に遭ったそうだな。子供に胸や尻を触られたんだって?」


 夕食の際、今日の視察の様子を聞いたデニスがカレンにそう聞いてくる。彼女は「そうだ」と言うがそれに付け足す。


「でも相手は子供、それも7歳かそこらですしあまり怖い思いをさせてもトラウマになって大人になっても引きずると思いますけど」


「カレン、お前には受け入れがたいかもしれんが子供と言ってもみんな純粋とは限らんぞ。

 中には大人を完全になめ切って「何やっても子供だから許される」のを知ってるうえで犯行に及ぶ悪党だっている。

 そういう奴にはガツンと言ってやらねえと後々まで悪影響が出るもんだ。本人はもちろん、その周りの人間もな。ソイツに巻き込まれる周りの人間が不幸になっちまう」


「アレクさんと似たようなことをいうんですねデニスさんは」


 デニスの言うことはアレクと似たような内容だった。子供だからと許されるには限度があって、今回の事件はその限度を超えているというものだった。




「姉様、僕から見てもその子供は悪い奴ですよ。話を聞いた限りでは年上としての風格が全然なってないですね。

 そんなに触りたければ自分の尻でも触ってろ。って愚痴の一つでも言いたくなりますよ」


 温和なロロムからも珍しく厳しい意見が飛んでくる。


「ロロム君までそんなこと言うんだ」


「そりゃそうですよ。男として、紳士として絶対にあり得ない行為ですよ」


「カレン、今回は胸や尻を触られた程度だけど、何かあったら迷わず俺に言えよ。俺は一応はお前の夫なんだから」


「う、うん。分かったわ」




「自分が悪いから我慢すればいい」12年間そう思い込んで耐え続けたカレンにとってはあまり現実的な話ではなかった。

 彼女がそう思わなくなるまでにはまだ時間がかかりそうだ。

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