第30話 ティータイム

 カレンはふところから最新鋭の機械である懐中時計を取り出し、見ていた。

 時刻は午後3時。ちょうど小腹が空く時間帯だ。ゼンマイを回しながらティータイムをしようと事務室から自室へと向かった。


 アランドル王家に越してきて来てから、将来王妃になるというわけなので結婚前から王族の仕事をしていたため、意外と忙しかった。

 昼や3時の休憩はなかなか貴重なものだ。




 自室に戻ると既にメイドが準備していた。カレンが帰ってくるのを見て紅茶をれる。

 アランドル王家に仕えて10年近く経つ彼女の腕は、王族の応接で客に出す茶を淹れる仕事を引き受けるほどだ。


「いつもありがとう」


「お褒めの言葉ありがとうございます、私にはこれしかできませんからねぇ。今日も練習しますか?」


「ええ。今日も採点お願いね」


 そう言ってカレンはメイドが淹れた紅茶とは別に自分で紅茶を淹れる。




 しばらくして……淹れ終わった紅茶をメイドに見てもらう。


「うん、成長しましたね。合格点を出してもいいでしょう。あとは茶葉の状態や気温や湿度で最適な蒸らす時間も微妙に変わってくるので数をこなしましょう」


「わかったわ、ありがとう」


 採点後、カレンは2つの紅茶を飲み比べてみる。その差は明らかだ。



 まず香りが違う! メイドの淹れた紅茶はカレンが淹れたものよりも香りが濃く、酒で言うなら芳醇ほうじゅんという言葉が付くほどの物。

 全く同じ茶葉ちゃばなのに淹れる人の腕次第でここまで違ってくるとは! 本当に不思議である。紅茶は奥深いものだ。


 香りだけでなく味もそうだ。自分で淹れた茶より彼女が淹れた茶の方が苦みが少なくスッキリした味わいになっている。

 カレンは彼女に教えてもらってここ2ヶ月で淹れる腕前はかなり上がったが、それでも彼女にはまだまだ敵わない。




「それにしても王妃様、わざわざ習ってまで紅茶を淹れる必要はありませんよ? 私みたいなものが淹れればそれでもいいことですし。まぁ勉強熱心だというのは良いことなのでしょうけど」


「アランドル家の王妃が淹れたお茶を飲んでもらう、ってのは「お客様をもてなす」意味でも有効だと思うから」


「なるほど、仕えの者が出すよりも威力の高い外交カード、というわけですね。そういう事ですか」


 王妃の仕事は多い。デニスが仕事で出かけている時に客が来たらもてなして応対しなくてはならないし、

 そこで得た取引や情報を王であるデニスやその配下と連絡して情報を共有するのも立派な仕事だし、

 デニスの代わりに部下からの報告を受けて上司として意思決定を下さなくてはならない。


 それに、当面は無いとは思うがもしもデニスが死んでしまったら、次の婿が来るかロロムが成人するまで代理で国を治めなければならない。

 カレンも姫君として、さわり程度だが政治を学んでいた。もちろん今までデニスを支えてきたメンバーによる手ほどきも受けていたのだが。




「へぇそうですか。実家ではお茶会に参加できなかったと?」


「ええ。義理の母親がやってたのを遠くから見る事しか出来なくて、楽しそうにメイド相手に私の悪口を言ってた時の笑顔はよく覚えてるわ」


 カレンはメイドと話をする。2ヶ月ほどの間に交友を深め、今では気の知れた仲であった。




「そう言えば3年前に王家で流行り病があったと聞いてるけど、国民の間ではどうでした?」


「ああ、アレですか。幸いと言っていいのかは分かりませんが、国民の間にはあまり流行らなかったようです」


「そうですか、確か王城では酷く流行ってデニスさんやロロム君も罹ったとは聞いていますけど」


「ええそうです。城仕えの中には城の中で寝泊まりをしていた者もいましたからそれで感染が拡大してしまったとは聞いています。私の同僚も1人亡くなりましたからね」


「そ、そう。変な事聞いちゃったわね。それと、アシュトン伯爵は信じていなくてデニスさんがやったと信じきっているそうですけど」


「カレン様、アシュトン伯爵には近寄らない方が良いですよ。陛下をとてつもなく憎悪していて、彼に危害を加えるためなら何だってやる人で、ある意味「狂人」ですよ」


「本当に?」


「もちろん。嘘偽りなしですよ」


(「はい」か)


 メイドはカレンにそう忠告する。一応は仕える王に対してあそこまで殺意を秘めているのは彼くらいだ。とも告げる。




「アシュトン伯爵はあくまで「3年前に死んだアランドル国王のリリック様」に忠誠を誓っていて、養子である陛下の事を「彼が主君である王を殺した」と思って目の敵にしているそうですよ。

 噂ではいつ合法的に陛下を殺せるか? あるいは革命を起こすタイミングはあるか? と常に機会をうかがっているとか……」


「!! そんな危険人物なんですか!?」


「そうですよ。昔王家から姫君をもらって嫁にした、っていう話ですから血のつながりでも王家と深いもので、何としてでもデニス様を亡き者にして王家を復興したいと思っているそうですから。

 伯爵領からの収入の中からいくらかを陛下の妨害のために使ってるとも聞いていて、今でも根強い反デニス派の組織に資金を援助している、という話ですよ」


(「はい」か。本当の事なのね)


「……どうしてそこまで憎まれなくてはいけないんですか? 呪いの力は恐ろしいのは分かっていますけど、あの人はそれを悪用する人ではないのに」


 そこまで聞いてカレンの顔が曇る。税金もあまりとらないし、彼の一番近くで見ている限りではよこしまな部分はどこにもないのに、なぜそこまで徹底的に憎まれてしまうのか。




「陛下の出生の秘密は聞いていますよね? 呪いの力を持っているから家族を殺すことは簡単にできる。っていうのは聞いているはずだと思います。おそらく、それが大きいでしょう」


「……やっぱりそうなるのね。確かに呪いの力は恐ろしいっていうのは私でも分かるわ。でもデニスさんは決してそれを悪いことに使う人じゃないのに」


 確かにデニスには人の命を簡単に奪える呪いの力を持っていた。だが彼はそれを乱用するような人ではない。カレンは彼の心を読んで確信していた。だがそれを証明することはできない。

 ……もどかしい限りだ。

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