第26話 憎悪の飛び交う結婚式

 6月1日……ついにデニスとカレンの結婚式当日を迎えた。


 カレンは実家から持ってきたウェディングドレスにそでを通す。エドワード王国内では最高グレードの絹を使い、随所に銀の糸で刺繍ししゅうが施された最高級品だ。

 銀の一枚板で出来た全身鏡に映る姿は、翼をどこかに置き忘れた天使のような可憐かれんな姿だ。

 さらに香水をつけて準備は整った。


「お似合いですよ、カレン様」


「やっぱりウェディングドレスって憧れるなー。あたしも結婚したくなってきちゃった」


 2人の侍女に手伝ってもらってそのドレスを着せられた直後「新郎」が部屋の扉を開けた。

 デニスは白を基調とした地球で言うタキシードに似たスーツを着ており、普段着のような露出度は全く無い……さすがに式典となると正装をするか。

 特に今回は式の主役となるのならなおさらそうだ。




「カレン……綺麗だ。本当に似合ってる」


「ありがとうございますデニスさん。デニスさんも決まってますよ」


 デニスは花嫁姿のカレンを見てそう言うと彼女からふわり、と花の香りがするのを嗅ぎとる。


「カレン、何かつけてるのか?」


「ええ。キンモクセイの香水をつけてるの。いい匂いでしょ?」


「ああそうだな……じゃあ行こうか」


 カレンはデニスと比べて背も手の大きさも小さいが、2人は手をつないで一緒に式場へと向かう。




 城の大広間を舞台に式が始まった。閉ざされていた正門が開くとデニスは式典のために設けられた祭壇に向かって歩く。

 彼が位置につくとフラワーガールの少女と、リングボーイを務めるロロムが入ってきた。

 フラワーガールがヴァージンロードに花をまきながら歩き、リングボーイを務めるロロムがデニスとカレンの結婚指輪をもって祭壇まで歩き、司祭に渡す。

 それが終わるとカレンとエドワード国王が赤いじゅうたんで出来たヴァージンロードをカレンとその父親が歩調を合わせて歩く。


「ううう……カレン、綺麗だ。本当に綺麗だぞ」


「お父様、ありがとう」


 エドワード国王は早くも涙腺が崩壊しており、涙で顔がグシャグシャになっていた。




 そして祭壇までたどり着くと、カレンの隣をエドワード国王からデニスへと交代する。

 カレンの隣を交代した後、2人は司祭の前まで静かに歩く。周りをチラリ、と見ると来賓らいひんはほぼ全員、内心ではこの夫婦を祝福してくれてはいなかった。

 それでも儀式は続く。誓いの言葉だ。




「ではこれより、神と友の見守る中神聖なる婚姻こんいんの儀を行うとする。

 新郎、デニス」


「はい」


「そなたはカレンを生涯ただ1人の妻とし、その身健やかなるときも、その身病みしときも変わらず、死が2人を分かつその時まで変わらずに愛し続けることを、神の前で、友の前で誓うか?」


「はい、誓います。カレンを生涯ただ1人の妻とし、ともに歩むことを誓います」


 それ以降は練習した通りだ。司祭や参列者への誓いの言葉、指輪の交換、誓いの口づけ、司祭による祝福の言葉まで

 式はとどこおりなく、また何者かによる妨害も無く、堅苦しい儀式の部分は終わった。

 式典は城の正門を出た場所に設けられた野外会場であるいわゆる「披露宴ひろうえん」へとシフトしていった。




 夏の初めなのかまだそれほど暑くなく、それでいて夏のようにカラリとした快晴の中、披露宴が行われていく。

 相変わらず娘の晴れ姿を見て号泣している父親に対し、彼の妻と子供たちは冷酷なまでに冷たい。


「ハァーア、父上と来たら情けないなぁ。あの『どこの女が母親なのかもわからない』娘に号泣するだなんて……」


「ホント。私としてはカレンなんかのためにわざわざ3日もかけて馬車に揺られるだなんてとんでもなく不愉快なのに」


 他人からしたら「義理とはいえ娘や妹のせっかくの晴れ舞台なんだから少しは祝ってやったらどうだ?」と言われそうな態度を隠す気も無い。




「……」


 王の結婚式だからと集められた来賓、特に家族からの非難の直撃を浴びていたのは、他でもないこの式典の主役であるカレンだ。

「魔女姫」と呼ばれる理由にもなっている「心を読む力」の前では相手の本心は筒抜け。それゆえに心の底にある憎しみ、妬み、それらをダイレクトに受け止めなくてはならなかった。

 12歳という少女にとっては、あまりにも荷が重すぎる。彼女の心に、ズシリ。と重みになる鈍痛が響く。特にエドワード王国関係者からの視線は厳しい。


 野外のテーブルについてシャンパンを飲んでいる来賓客らいひんきゃくを一回りした後、カレンは不安そうにデニスの腕にその手を触れる。


「……デニスさん。私、怖い。みんな心の中では笑ってなくてみんな私を憎んでる。特に私の家族はとびきり」


「大丈夫だ。お前には俺がいる」


 ほとんどの人間が心では笑ってない、ある意味「お葬式」のような結婚式だった。

 そんな中、デニスは妻となったカレンに寄り添う。彼女にとっては式典における唯一の安全地帯だった。


 新婦も嫌われていたが新郎はそれ以上に嫌われていた。中でもひときわ彼を嫌っているのが……。




「これはこれはアシュトン伯爵殿」


 もうすぐ45になる、淡い緑色の髪とヒゲを蓄えた巨躯きょくの大男がデニスからそう声をかけられる。


 アシュトン伯爵。

 アランドル王国の建国当初から代々王家に仕えてきた由緒ある血筋を引く名家の現当主で、今では反デニス派の中核を成している人物。

 今から数代前にアランドル王家から友好の証として姫を妻としてめとったこともあり、その血のためこの辺りではアランドル王族特有の若草色の髪をしているのだ。


「デニス、とりあえずおめでとうと言ってやる。それにしてもそんな乳臭い子供ガキを嫁にするとは、貴様は小児性愛者ロリコンなのか? そんな子供を嫁にするとはずいぶんと性癖が歪んでるな」


「アシュトン伯爵殿、今は国王陛下の式典の場ですぞ。少しはわきまえてもいいと思うのですが……」


 そばにいたアレクのやんわりとした相手の態度をたしなめる言葉もまるで聞く様子がない。




「フン! リリック陛下とその家族を呪い殺して成り上がった僭主せんしゅにかける祝いの言葉などあるわけがないだろ!

 式典に出るのでさえ胸糞悪いというのに! 仕方なく出席してやったんだ! 泣いて感謝するんだな!」


 到底結婚式場で言うような内容ではない暴言をでかい声でぶちまける。




「陛下、王妃様、申し訳ありません。せっかくの晴れ舞台だというのにご気分を害されるようなことを……」


「良いんだ。慣れてる事だ」


「私も慣れてるから気にしないで」


 アレクに対しデニスとカレンはそう言う。暴言を言われるのには慣れている、という言葉を2人がそろって口にするのは十分過ぎる位に悲しい事だったのだが。




 アシュトン伯爵の怒声で冷や水をぶっかけられた祝賀しゅくがムードを盛り上げようと音楽隊の準備が整い、演奏が始まる。

 彼らが奏でる円舞曲ワルツに合わせてデニスとカレンが踊りだした。

 この日のために日々レッスンしてきたのか、あるいはカレンのリードが上手いのか、さまになっていた。少なくとも国の王としては合格点は出せるものだ。



 そんな2人を、ある種の「憎悪」の感情がこもった目で見ていた男がいた……またもや、アシュトン伯爵だ。

 彼はテーブルに出されたシャンパンの入ったグラスを右手でつかみ、右腕を大きく振りかぶる。その直後!




「アシュトン伯爵殿! さすがにやり過ぎではないのですか!?」


 シャンパンをデニスとカレンの2人に投げつけようとしたアシュトン伯爵に、アレクは彼が投げるギリギリのタイミングで気づき、腕をつかむ。


「フン! あのクズ共においては「やりすぎ」なんてことは無いんだよ! それとも何だ!? オレを追い出そうというのか!?

 伯爵位である来賓らいひんを追い出したらどうなるか分からない程お前はバカじゃないだろ!?」


 ついさっき「仕方なく参加してやったんだ」と言ってたのをすっかり忘れたようなセリフが彼の口から出た。




「今は式典の最中ですぞ。これ以上暴れたり陛下や王妃に危害を加えるというのなら、あなたが言うようにこちらとしてはあなたを拘束せざるを得ません。

 式典で暴れて拘束させられるというのが末代まで語られるのを良しとするのならそれでも構いませんが」


「……本気でやるつもりか?」


「ええ本気ですとも。あいにく冗談を言える立場ではございませんので」


「クッ!」


 観念したんか彼はシャンパンをテーブルに戻し、ドカッとイスに腰かけた。その顔からは憤怒ふんぬの表情が見える。本当にデニスとカレンの門出が許せないのだろう。

 その後もこんな感じで妬みと憎しみが飛び交う結婚式は終わった。




 午後5時ごろに式を終えてようやく普段着に着替えたカレン。夕食を取ろうと食堂に向かうとそこには客がいた。

 王立魔法研究所の研究チームに、アレクの家族、そしてロロムにデニス。


「!? デニスさん! これは一体!?」


「ああ、カレンと親しい人間を集めての2次会だ。俺のチョイスだから間違ってるかもしれんがな」


「……!」


 どうやら内緒で2次会の準備をしていたらしい。それにカレンは感動した。




「いやぁカレン様、ご成婚おめでとうございます。式典は民間には非公開だった故にウェディングドレス姿は見れませんでしたが、さぞやお綺麗だったんでしょうな。

 私としては見たかったのですがなぁ」


 研究チームの主任は親戚の子供が式に出たかのように彼女を祝福し、


「カレン様、ご結婚おめでとうございます。私も結婚しましたけど結婚はゴールじゃなくて新たなスタートですから陛下と一緒にいい夫婦生活を送ってくださいね」


 研究チームの女性が今後の夫婦生活についてアドバイスする。


(みんな「はい」か。みんな私を本当に祝福してくれているのね)




「どうだ? カレン。気に入ってくれたか?」


「デニスさん、ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます」


 それ以外の言葉が見つからない位、彼女は夫に感謝していた。

 その後一行は夜遅くまで新郎新婦を祝福していた。

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