第22話 身体

「うげっ……」


 アランドル王家に越してきた時はあれだけ先が長そうに見えた結婚式もそろそろ、という頃。ある日の朝カレンは着替えをしていたのだが、服がきつくて入らない。もしかして……。


「いかがなさいましたかカレン様?」


「……私、太ったかも。服が入らない」


「ええ!? 待ってください。もう少し見させてくれませんか?」


 メイドはそう言って詳しく調べだす。




「カレン様、ご安心を。太ったというよりは身体が成長して服が小さくなっただけですね。今まで合っていたウエストの位置がずれていますから太ったわけではありませんよ」


「え!? そうなんだ、よかった」


「その服はサイズを直しますので別のお召し物にしましょうか」


「うん。分かったわ」


 そう言って今度はアランドル王家に越してきてからもらったドレスに着替える。こちらも成長した後でも着れるよう、サイズ調整ができる仕組みが組み込まれたものだ。

 デニスにとっての義理の母親や姉が着ていた物の「お下がり」だったが同じころの年齢に作られただけあって、より今の身体に合っていた。

 アランドル王家の色、と言える若草色で染められたドレスを着たカレンも、姫君としてふさわしい可憐かれんな少女だった。




「確かこの服は……デニスさんのお姉さんの物だとは聞いてるけど」


「ええそうです、お似合いですよカレン様」


「……それ本当?」


「もちろんですとも」


(「はい」ね)


 お世辞でもない本当の誉め言葉にカレンの顔が緩む。ようやく他人からの誉め言葉を、以前みたいな皮肉やさげすみではなく素直に受け止めることができるようになった。




「どうしました? 姉様、今日はちょっと遅れ気味ですよね」


 朝食の場に遅れてやってきたカレンに対し、ロロムは何があったのか聞きたがっていた。


「うん。実家から持ってきた服が小さくなってきてサイズ直しに出すことにしたの」


「なんだその程度か、大したことじゃなくてよかったよ。今が一番伸び盛りだからすぐ背が伸びると思うぜ」


 普段と比べて明らかに遅れてきたことにデニスもちょっと不安だったが、その程度の事かと安心した。

 王家の者だけが利用できる食堂は朝と昼、そして夕方に光ができる限り多く入り、明るくなるよう設計されているせいか、城の中では結構明るい場所だ。

 実家にいた頃はホコリ臭い、光もまともに入らなくて暗い自分の部屋で食事をとっていたので、そことは大違い。特に明るいせいか料理もおいしく見えた。




「ごちそうさま。さて行くか」


 デニスは1番先に食堂に来たので先に食事を終え仕事へと向かう。

 残されたカレンはロロムと日常の会話、算数の先生が厳しくて苦手、とか歴史の先生は優しいから授業の内容はすぐ頭に入る、という他愛もない話題をしていた。


「算数苦手なんだ」


「算数自体は嫌いじゃないけど先生がすぐ怒るから苦手なんですよ」


「大丈夫よ。私も先生はみんな厳しかったけど勉強自体はできたから。じゃあ私も行くね」


 おしゃべりしながら楽しく食事を終え、カレンは自室へと戻る。服のサイズ調整が待っているのだ。




「ではカレン様。お召し物のサイズ調整をさせていただきますね」


 王家の人間用の服を収めているアランドル王国一の仕立て屋を呼び出し、サイズの調整が始まった。

 彼女が持っている服の中でも今回サイズ調整するものは8着もあるので、それを実際に着てどう手を入れれば身体に合っているか確認するだけでも一苦労。

 着ては脱ぎ、脱いでは着るを繰り返すのも意外と疲れるものなのだ。王族の服は従者の手で着せ替えられる1人では着られないものなので特に。


「実家から持ってきたドレスの仕上がりってどう思う? 調整がしやすかったり何か良さそうな所あった? 本音を言っても怒らないから言ってみて」


「衣服に関してですか? 調整できるサイズに関しては結構幅が出せるような作りになってはいましたけど、まだ全体的に一歩及ばずって所ですね。

 我々がうのならもう少し細部のツメを抜かりなく縫いますね」


 やはり国力の差はこういうところでも出るか。エドワード王家としては精いっぱい背伸びはしたものの、それでもアランドル王家には届かない物だったらしい。




「そうですか。やっぱりこういう所にも国力の差って出るんですね」


「エドワード王家の国力を考えたら十分健闘している方だと思いますよ。あ、決してエドワード王国を悪く言ってるわけではございませんよ?」


「もちろん分かってるわ」


「そうですか。ではカレン様のお召し物はこちらで預からせていただきます。3~4日程お時間をいただければと思います」


「分かったわ。じゃあお願いね」


 カレンは服を仕立て屋に渡して、後はサイズが直るのを待つだけとなった。実家から持ってきた服は全部直すため、しばらくは「お下がり」の服を着まわすことになりそうだ。




 1日が終わってあとは寝るだけとなったカレンは自室に置かれた衣装入れチェストから「成人用」のドレスを取り出して、見る。


 彼女の身長は12歳という「これから伸びる」身体というのを考慮しても低く、デニスの胸程の背丈しかない。

 現在着ているものよりも1周り大きい成人後のドレスも嫁入りの際に持ってきたのだが、今の段階ではブカブカだ。


「順調に育ったらこのドレスも入るようになるのかなぁ?」


 彼女にとってはこのドレスが入るようになるというイメージは今一つ思い浮かべることは難しい事だった。

 この服が本当に入るのだろうか……と思うと、ちょっと不安だった。

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