第36話
▫︎◇▫︎
数十分後、泣き止んだアイーシャを、サイラスは膝の上に乗せて愛でていた。絹のようなまっすぐな手入れの行き届いた髪は触り心地抜群で、いつまでも触っていたいと思えた。
「ねぇアイーシャ、この国にはね、夫婦や婚約者同士で揃いの物を身に着ける習慣があるんだ。アイーシャは何がいい?」
「………ゆびわ」
「指輪?」
アイーシャの頬を染めながらのぽつりと呟かれた言葉に、サイラスは首を傾げた。
「ディアン王国ではね、夫婦でお互いの瞳の色の宝石をつけた指輪を交換するの」
「へぇー、」
「いつもね、お父さまは青いサファイアのついた指輪を、お母さまはイエローダイヤのついた指輪を身に着けていていたの。お互いの瞳の色ってなんだか素敵だし、それに、………小さい頃から憧れだったの」
アイーシャは耳まで赤く染めて恥じらいながら言った。指を絡めたり解いたり落ち着きがない様子を、サイラスは愛おしそうに眺めた。
「いいね、じゃあ私はアクアマリンを送るとしよう。君は何を送ってくれるのかな?」
「…………、サファイア、かな?」
「うん、それで決まり。今から楽しみだ」
サイラスのとろけるような笑みに、アイーシャは顔の赤さを増させた。アイーシャはこれが本当の恋なのかなと、疑問に思った。ずっと恋をしていたと思い込んでいたクロード相手には、このような感情を抱いたことはなかった。そう思えば、ぎゅっとしてきゅうっとしてずきずきする胸の痛みを、アイーシャは無性に愛おしく思えた。
この後、アイーシャとサイラスは国王からの使者に呼ばれて、大臣に挨拶に行くこととなり、無事に婚約者と認められたが、その前にも一応一悶着あったのだ。
「サイラス!!お前イスペリト公爵令嬢を泣かせるなんて、何をしているんだ!!」
「アイーシャ!!何があったんだ!?」
泣き腫らしていたアイーシャの様子を見て、最初アイーシャの家族と国王はびっくりするくらいに心配したが、アイーシャの
「サイラスさまにプロポーズしてもらったの!!」
という満面の笑みと共にこぼされた言葉に、場の雰囲気は一気に和んだ。
「そんなに嬉しかったの?アイーシャちゃん」
「えぇ!人生でこれ以上幸せなことはないって断言できるくらいに、とってもとっても嬉しかったわ」
シャロンの意地の悪い質問に、アイーシャは屈託なく答えた。昨日までなら恥ずかしがって無言を貫いていたであろうことに、嬉しそうに答える様子に、シャロンは目を見開いた。
「ふふふ、シャロン、恋は人を変えるのですわよ」
「……………そうみたいね」
シャロンはエカテリーナの言葉に、つまらなそうに答えた。
「ほら、大臣達が集まってきていますわ。アイーシャちゃん、体面を保つためにもさっさと化粧を直してきなさい」
アイーシャは大急ぎで王城の侍女に化粧を直して貰い、大臣の前に出て行った。アイーシャはこの日、ずっと有頂天だった。普段は怯えてできないことも本人も信じられないくらいに、勇気いっぱいにやり切ることができた。アイーシャはエカテリーナの言う通り、恋は人を変えるのだなっと思った。
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