第3話 女子アマ最強
いきなり旧姓を叫ばれた薫子はクラブを置くと小清水に向き合った。
「あなた、西條薫子さんですよね?」
小清水が驚きの表情で近寄ってくる。
「あなた、誰? 会ったことないと思うけど・・・」
薫子もコーチの小清水のことはもちろん知っている。ただ、手続きは練習場の事務所で済んでおり、会ったことはなかった。
娘の送り迎えには来ていたが、一度も練習を見てはいないのだ。
「直接お会いするのは初めてです。でも大学対抗戦で一度ラウンドを。あ、同じ組にはなったことないんですけど、関東福祉大の坂井祐子です」
と、小清水は旧姓を名乗った。
「坂井祐子? 関東福祉大の? アンドロイド坂井か!?」
薫子が何かを思い出したのか小清水に一歩近付いた。
「そうです。西條さんの方が2年先輩ですよね」
「うん。覚えてる3年の時の対抗戦で正確無比なショットで猛追されて自滅寸前まで追い詰められたわ。あの時の坂井さん・・・」
小清水は嬉しそうに握手の手を差し出す。
「でも、どうしてこの練習場へ? 今もやってらっしゃるんですね」
すっかり生徒たちのことを忘れたように小清水は薫子との再会を喜んでいた。子供たちは飛鳥を始めキョトンとした顔でふたりを眺めている。
とりわけ飛鳥は母親がレンジに居るのが不思議だった。いつもレッスンは見には来ないのに、なんでここへ。
「保護者です。ちょっと見学に」
薫子が答える。
「保護者・・・?」
それで小清水は子供たちのことを思い出した。
「練習を続けて」
慌てて子供たちに指示を出す。そして宗像飛鳥の顔を見た。
「まさか、飛鳥ちゃんの?」
「ええ。私が母親です。今は宗像薫子です」
「それであのフォームなのか・・・」
小清水はようやくあの子が小学生にしては特徴的なフォームの理由を了解した。
だから飛鳥のフォーム矯正は中断し、本日のレッスンを一通り終了した。
そして小清水は喫茶室で待つ薫子の元へ走る。
「アンドロイド坂井だったのか・・・、いいところを選んだわ」
薫子が一息ついた坂井に言う。隣にはオレンジジュースを貰った飛鳥がちょこんと座っていた。
「お母さん、コーチとお知り合いなの?」
飛鳥がおずおず母に尋ねる。
「ううん。お知り合いってこともないんだけど。大学の時に団体戦でね対戦したことがあるの。結構有名な選手でね、名前だけは知ってたわ」
「ふうん」
飛鳥は余り理解していないようだ。
「いえいえ、先輩の方が有名だったじゃないですか。慶明大の西條薫子は知らない人はいなかったですよ。女子アマ最強ってスポーツ紙に載ってましたよねえ」
「オーバーだわ」
薫子が謙遜する。
「そんなことないですよ。あの時だって最終ホール、先輩のイーグルでうちは負けたわけだし」
「そんなこともあったわねえ」
「先輩、プロにならなかったんですか? プロテスト受かったって噂聞いてますけど」
飛鳥には初耳だった。母が学生時代にゴルフをやってたことは知っていた。でも、そんなに有名な選手で、プロになったなんて一度も聞いたことがない。
「辞めちゃったのよ」
薫子がぽつりと言った。
「どうして?」
「ゴルフより好きなものが出来ちゃった」
薫子は恥ずかしそうにそう答えた。
「えええ! そんなもったいない」
小清水は言ってしまってから口に手をやった。
「ご、ごめんなさい。そういう意味じゃなくて」
「あなたこそ、プロにならなかったの?」
薫子が逆に小清水に尋ねると、
「受けましたよプロテスト。5回も。でもダメだった。才能がなかったんですよ」
小清水が自嘲気味に答える。
「ツアープロにはなれませんでしたけど。今じゃ、小学生にゴルフを教えるレッスンプロです」
そう言って小清水は胸を張った。彼女にも色々事情はあったのだろう。坂井から小清水に姓が変わっているのだ。
「じゃあ、レッスンプロにお尋ねするわ。うちの飛鳥のフォーム、どう思う?」
言われて小清水は真顔に戻った。
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