ゴルフファミリー
元之介
第1部第1話 デビュー
「
父の翔也がぐずる小3の娘に尋ねた。
「知らない」
飛鳥は素っ気ない。
「アルバトロスはね、ホールインワンより難しいんだぞ」
翔也が説明しようとするが娘は乗ってこなかった。
すると今度は母の薫子が飛鳥に言った。6番ホールへ向かう電動カートの中である。
「パーより1つ少ないのは?」
「バーディ!」
飛鳥が屈託なく答える。
「そう、バーディだね。じゃあ、もうひとつ少ないのは?」
母が続けた。
「うんとね、イーグル!」
飛鳥は一瞬詰まりながら大きな声で母に答えた。
両親に連れられ富士インターナショナルGCにまで来ていたが、5番ホールまでで飛鳥は既に飽きていた。
コースデビューは散々だったのだ。ボールが飛ばない。たまに当たっても方向が定まらない。
すぐダフってしまう、トップするならまだしも、空振りも何度も・・・。
父と行く練習場ではそこそこいい当たりをするのに、コースでは全然なのだ。
「そのイーグルより更にひとつ少ないのがアルバトロスよ」
母が言った。
「アル・バト・ロス・・・?」
「違う違う。アルバトロスだ。アホウドリのことだよ」
父が言った。飛鳥は少し考え込むが、
「変なの。イーグルは鷲でしょ? なんでその上がアホウドリなの?」
父が答えを言う前に電動カートは6番ホール、490
「話しは後だ。
父はドライバーを掴むとカートを降りた。
「ね、飛鳥。私たちはゴルフを強制しないわ。でもね、このホールを見せたくて今日はここへ連れてきたの」
母は何やら神妙な表情で言った。
「ううん」
飛鳥は嫌になりかけていた気持ちを抑えて子供用のドライバーを握る。母は先にカートを降りると父の元へ駆け寄った。
そして何か話をしていた。父も笑顔でそれに答えている。母は父に寄り添い笑い声を上げた。
「まあ、もう少し付き合いますよ」
飛鳥は独り言をそう呟くと両親の元へ歩き出す。なにしろ両親が仲がいいというのはいいものなのだ。別に普段も仲が悪いというわけじゃないけれど。
父と母はゴルフで出会ったと聞いていたし、こうして仲睦まじい姿を見ると飛鳥も温かい気持ちになってくる。
「この景色、変わらないねえ」
父が大きな声で言う。母もティーイングエリアに立つ。
「ああ、富士の6番。海みたいじゃない? 緑の海」
母はなんとも言えない表情で打ち降ろしの先に広がる絶景に溜息をついた。
飛鳥も両親の間に立つ。目の前にはパノラマのようなコースが浮き上がる。そしてその背景に聳え立つのは富士山の姿だった。
「どうだ、凄いだろ」
父が飛鳥の肩を抱きながら言った。母が父の手の上に手を重ねる。ふたりの手が飛鳥の肩の上にあった。
それは圧倒されるような眺めだった。飛鳥は今までうまくボールが当たらないことで景色を見ることさえ忘れていた。だが、この眺めはどうだ。
「どう? あのお山の前ではバックスイングがどうの、体重移動がどうの、インパクトがどうの、フォロースルーが・・・って、どうでもいいと思わない?」
母が夢見るように言う。いつもの母とは別人のようだった。
「どれも大切なコトなんだけどね、でもそれは普段の練習で身体に覚え込ませて。ここでは、富士山に向かってただボールを打てばいいんだ」
父が力を込めた。
飛鳥がティーアップする。身体の向きは・・・そんなの関係なかった。富士山に向かって打てばいいんだから。
「力を抜いて。力が入るとろくな事にならない。フェアウェイはこんなに広いんだから、どこへ打ったって大丈夫だよ。富士山にボールを届けるつもりで打ってごらん」
父のアドバイスを受け、飛鳥がドライバーをゆっくりと振り上げた。
頭上近くまで引き上げると早くも体重移動を開始する。と同時に一気にクラブを振り下ろした。
キンッ!
ジャストインパクトだ。5番ホールまで一度もなかった当たりだった。そのままフォロースルーで身体を仰け反らせる。青い空が目に入った。飛鳥の打った白いボールは青空に吸い込まれて行く。
ボールは雲に重なって一瞬見えなくなった。そしてゆっくりとフェアウェイの真ん中に舞い降りていった。
「気持ちいい!」
飛鳥が呟く。
「ゴルフは自然の中で自分を見詰めるスポーツなんだよ」
父翔也が言った。
※1アルバトロス 諸説あるが、海鳥のアホウドリが羽ばたくことなく何時間も海の上を飛ぶことから命名されたと言われる。なおアメリカではWイーグルと呼称する。アメリカには鷲より上の鳥はないと言うことか。※2ヤード ゴルフでは距離をヤードで表す。1ヤードは約0.91m ※3ティーイングエリア 各ホールの第1打を打つ場所。唯一ティーアップして打つことが出来る。
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