バイト初日
翌日。
「俺、あのカラオケ屋で働く事にしたわ」
「ごほっ、ごほっ……え?」
今は学校の昼休み。俺と小林は俺の席に集まって飯を食っていた。
ちなみに今日ほとんどのテストが返却されたが、俺の結果は散々。2つほど赤点が確定した。
それなのに俺は何を言っているんだと言われるかもしれないが、俺の気持ちは昨日よりも強くなっていたため、テストの点数などどうでも良くなっていた。
「どういうこと?」
小林も当然何が何だか分からんよな。
「昨日、お前と別れてからどうやったらあの子と近づけるか考えたんだよ。そして、見つけたんだ。彼女と一緒のバイトをすれば良いんじゃねって」
「それ、考えるのに一晩使ったの?」
「いやいや、んな分けねーだろ」
俺を馬鹿にするのも大概にしろよ!
「自転車に乗ってる時に思いついて家に帰ってすぐ応募したわ」
「え、もう応募したの?」
「したさ。俺は早くあの子と仲良くなりたいんだからな!」
「行動力すげーな。さすがは馬鹿。身の程知らず過ぎる……」
どんだけ俺を馬鹿にすれば済むんだこいつ。
「てか、うちバイト禁止じゃね?」
「そこは内緒にするに決まってるだろ?」
「なら、こんな昼休みの教室で堂々とバイトします宣言するなよ……」
それもそうだな。言われて気がついたよ。
「まあ、いいや!見つかったら謝れば良いだけだし」
「行動力に加えて肝も据わっているとか馬鹿を通り越して尊敬しちゃうぞ」
それって結局馬鹿にしてるって事だろ!?
「いいさ、全ては3日後に分かる」
「もう?連絡来たの?」
「ああ、さっき授業中に来たさ。明明後日来てくださいってね」
「授業中にスマホイジるなよ……」
ついに頭を抱えちゃったよ。
「まあ、頑張るから。応援しててよ!!」
「わ、分かったよ……」
あっという間に3日が過ぎた。
俺の目の前にはこの前遊びに来たカラオケ屋がそびえ立っている。
不思議なことにこの前よりも大きく見えてしまう。
俺、緊張してるんだな。あんまり緊張しない方なんだけどな……
まあ、ビビってても仕方ない!いざ参る!!
「いらっしゃいませ~」
店内に入るとこの前入店時に対応してくれた金髪のお姉さんが出迎えてくれた。
「あの~バイトの面接に来たんですけど……」
この前とはしゃべり方が違っている事に気づかずにいる俺。完全に萎縮してるぜ!
「あ〜こんにちは。お待ちしてました。さ、こちらへ」
女性に案内され、やってきたのは空室になっていたボックスだった。
普段ならモニターに映像が流れているのだが、今は流れておらず、代わりにテーブルの上に書類が載せられていた。
「こちらの書類に記入をお願いします。それが終わりましたら面接を始めさせて頂きます」
丁寧に対応してくれる女性。
「あ、申し遅れました。私このカラオケ屋で店長をしてます木村千奈美と申します」
まさかの店長さんでしたか~
「宜しくお願いします。お、ぼ、私は近藤大地と申します」
「宜しくお願いします。出来ましたらお呼びください。私はカウンターにいますので」
「分かりました」
木村店長はボックスの扉を閉めて行ってしまった。
はあ~俺結構緊張してるな。びっくりしたよ。1人称2回も間違えちゃって。
今もボールペンを握る手が震えてる。
入試の時よりも緊張してるな……普段は逆だよな?
とか自分と喋りながら記入を終わらせた。
緊張していた割にはキレイな字が書けたと思う。
「すいません。記入終わりました」
「あ、はーい!」
木村店長が元気よく返事をする。この人一体何歳なんだろう。メイクと金髪のせいで全く読めない。メイク怖い……
「夏奈ちゃん」
「はーい!」
木村店長が誰かを呼んだ。
誰が来るんだろうと厨房の奥を覗いていると急に後光が差したような眩しい光が出来た。
そう、例の彼女だ。
髪型はこの前と同じポニーテールだ。しかし、今日違うのはYシャツの長さだ。
今日は5月にも関わらず気温が25度を超えているため半袖じゃ無いと厳しかった。
うちの学校はまだ半袖はダメなのでYシャツを折って対応しているがこの店は半袖を適応していた。
学校もこの店を見習って欲しいぜ。……ってそんなこと言ってる場合じゃ無い!俺の意識が完全に夏奈ちゃんと呼ばれた彼女に向いてるぜ。面接中なのに大丈夫か?
「私、今からこの子の面接をするから。終わるまでここお願い」
「はい!分かりました」
元気があって大変よろしい!!完全に見惚れてるよ。
「そうしたら近藤君。面接やりましょう」
「…………」
「近藤君?」
「……っは!す、すいません」
あぶね~ギリギリセーフ。アウトか?
俺の作戦はこの面接がクリア出来なかったら意味がねーんだ!!
それをみすみす逃す逃すつもりか!
「すいません。暑くて少しボーッとしてました。面接お願いします!」
今まで以上に丁寧な言葉と元気の良さをアピールする。これで帳消しにしてくだせえ。
「そう?なら始めましょうか」
木村店長の後に続き、ボックス内に戻った。
その最中。後ろから夏奈ちゃんが俺を覗いていたことバッチリ気づいてますよ!!
「なるほどなるほど」
面接が始まって5分。これまで在り来たりな質問をされた。
それを俺は自信をもって答えていた。それも当然。これらの質問は前もって準備して来たからな!その準備を中間でもやれってお叱りは受け付けませんよ。
「ここまで聞いてみて君はかなりこの仕事をやりたいって思ってるようだね」
お、結構好印象に見えてるのかな?
「そう思わせる理由とかあるの?」
俺が年下、しかも高校生と分かって以来俺への対応がため口になっていた。
「はい!理由としましては……」
ここもそれなりの事を述べた。だが、本当の理由は夏奈ちゃんと仲良くなりたいからなんだよね。
「うん、君良いね!君のうちに入りたいって気持ちが伝わって来るよ」
それを聞いた俺は店長さんに見られない位置で拳を握った。
「他にも色々聞こうと思ってたけどこれ以上はいいや。本来なら合格は後に電話をすることになってるんだけど。君は即採用と言う事でこの時点で合格しちゃう!!」
「マジですか!?」
思わず面接モードを解いてしまった。
「ああ、良いとも。その代わり即シフトには入って貰うからね」
「あ、ありがとうございます!」
よっしゃ~!これでまずは第一関門突破だぜ!!
「お、良いね。よっぽど嬉しかったんだね~」
「あ、すいません。つい」
店長の言うとおり俺のガッツポーズがテーブルの上に出ていた。ちょっとはずいな……
何はともあれ、俺は無事合格した。
即日OKしたこともあり俺は早速店のバックヤードに連れて行かれ、今週末からシフトに入る事になった。
「最初は教育係と一緒に仕事をしてもらうからそのつもりでな」
「分かりました」
バックヤードの長テーブルにて話を終えると出口まで店長が送ってくれた。
「そしたら、今週末から宜しくね」
「はい!宜しくお願いします!!」
こうして俺のバイト生活は幕を開けたのだった。
そして、バイト初日の日を迎えた。
お金を稼ぐって事を考えていなかったがよく考えると人生初めてのバイトである。
別に俺は金が欲しくてバイトを始めた訳では無いのでこの金は後々使うために取っておきましょう。
というわけでカラオケ屋までやってきた。
「こんにちは~」
初日の俺はどこから入れば良いか分からなかったので正面から中に入り、厨房から奥に叫んだ。
「はーい!」
な、何だと!?
中からやってきたのはまさかの夏奈ちゃんだった。
「あ、あの~今日からバイトをやらせて頂く……」
急に口調がかしこまる俺。
「知ってるよ!近藤君でしょ?」
「はい!そうです」
やっべ……好きな人に名前を呼んで貰えるってこんなに幸せな事なんだな……
嬉しすぎて返事の声がデカくなっちゃったよ。
「元気があって大変よろしい!!そしたら、ここからはいっちゃって~」
夏奈ちゃんに言われ、厨房への入り口からバックヤードへと向かう。
「普段もここから入って良いんですか?」
「うん!ここからで大丈夫」
やべ~普通に喋っちゃってるよ……感無量すぎる。
夏奈ちゃんの後ろ姿を見られるだけでも幸せだ。
今日の夏奈ちゃんはストレートヘアーで結構違った印象に感じた。普通に最高です。
案内され、この前と同じバックヤードにやってきた。
「取りあえず制服に着替えちゃって」
「はい」
夏奈ちゃんは既に制服姿。
「男子はこの更衣室を使ってね」
「はい」
ここまで夏奈ちゃんに全て教えてもらってるよ?このまま教育係ってこともあるよね!!
限りなくあり得そうなシチュエーションを妄想してあっという間に着替え終えた。
「うん、バッチリね!」
更衣室から出てきて彼女の第一声……マジで嬉しいです。特に褒めてる感じじゃなくても最高です。
「そしたら、ここに座って」
「はい」
夏奈ちゃんに促され、パイプ椅子に座った。
夏奈ちゃんはテーブルを挟んで反対に座る。
「改めまして、今日からしばらく近藤君の教育係を務めさせて頂きます!東山夏奈と言います。高校2年の16歳です!」
「よ、宜しくお願いします……」
マジか!俺の妄想的中しちゃったよ!!!しかも年上!!
「なんてお呼びすれば良いですか?」
テンション上がりすぎて変な事聞いちゃったよ。
「君の自由にしていいよ」
「じゃあ、夏奈さんで」
「分かった、じゃあ私も大地君って呼んで良い?」
「勿論です」
よっしゃ~~~!!!!下の名前で呼んで貰えるぜ!!おーい、小林!!!見てるか?今俺は好きな人に下の名前で呼んで貰える事が確定したぜ!!
「では大地君。今日は私と一緒に業務に参加してもらいます。私のやってる事を見て、実際にやって貰って覚えていく感じでね」
「分かりました」
こうしてバイト初日の業務が始まった。
今日は休日と言う事もあり、結構昼間から混んでいた。
初日からかなりハードモードを体験しているのだがそれ以上に夏奈さんの仕事っぷりに俺は感動していた。
お客さんが困っていたら笑顔で接客し、退室後の部屋の掃除は何と5分いないで終わらせてしまった。ちなみに俺は10分以上掛かった。ホント凄い。
電話対応も夏奈さんは完璧。1度も聞き返す事無くオーダーを受け取っていた。
俺も頑張ったのだが、なども聞き返しちゃったしオーダーテイクもミスしてしまった。
カラオケボックスの電話が世界一聞き取りにくいだろ絶対。
そんなこんなであっという間にシフトの時間が終わってしまった。
「お疲れ様!!初日にしてはよく頑張ったね!」
「お、お疲れ様です……」
夏奈さんからの言葉はありがたいんだけど今の俺はそれどころじゃなかった。
今までに味わったことの無い疲労感。社会人の皆さんはこんなのを毎日感じながら仕事をしているのか!?マジあり得ないだが!!
改めていつもお疲れ様です……
「取りあえず、着替えて!それから話をしましょ」
「はい……」
来た時とは全く別人の足取りで更衣室に向かう。
着替えるのにも時間掛かったし、なんてざまだ……ホントに運動した方が良いな。
更衣室から出るとバックヤードには誰もいなかった。
俺は夏奈さんから話があると聞いているので取りあえず椅子に腰掛けて待つことにした。
一体どんなことを話されるのか。ミスの事か?仕事が遅いって事か?疲れすぎてマイナスなイメージしか湧いてこない……
「おまたせ!!」
そんなことを考えていると女子更衣室から天使が現れた。
長い髪はそのままだが服が替わっている。まず上半身。上半身は白地の大きめのサイズの半袖Tシャツを着ていた。次に下半身。下半身は黒地の長ズボンでTシャツをお洒落にインしていた。
服装が違うだけでここまでキレイになるなんて……これが女の子……恐るべし。
休日に女の子と会う事なんて小学生ぶりなのでびっくりしてしまった。
「大地君って自転車?」
「はい、そうです」
まだ、動揺してるみたいだ。何とか返事は出来たが次の言葉を発したら声が震えてるのがバレてしまいそうだ。とにかく可愛いぜ!!いつの間にか疲れも吹っ飛んでいた。
見えないものなんて吹っ飛ぶ感じ分かんねーよって思っていたけれど確かにこれは吹っ飛んでるわ。
「そしたら、途中まで一緒に帰ろ。今日の事話したいしさ」
「分かりました」
マジか!!これは俺がやろうとしていたこと。それを夏奈さんから言ってくれるとか最高でしか無い。
「そしたら行こう」
そういうわけで店の外に出て、自転車に跨がった。
自転車に乗る姿ってあまり映えないけど夏奈さんはよーく似合ってる。最高すぎるぜ!!てか、さっきから最高しか言ってねー
俺達は横一列になって自転車を進めた。
バイト後の自転車は地獄そのもの。マジで足が重い。けれど、夏奈さんがいてくれるお陰で何とか進めている。
「どうだった?バイト初日は?」
最初の交差点で信号に捕まった。
「疲れました」
これは反射的に出た言葉だ。それだけ俺の体は疲労感が溜まっている。
「だよね……私もカラオケの初日は死んだ」
夏奈さんですら最初は死ぬんだ。俺なんか地獄に落ちても当然だろう。
「それにしても大地君は覚えが早いね~最後の方なんて私の補助要らなかったじゃん」
「そうですか?」
俺はただ、無我夢中で仕事をしていただけなので覚えていない。
「そうだよ。私途中で仕事のスピード抜かれちゃうんじゃ無いかってヒヤヒヤしてたもん」
「いやいや、夏奈さんの仕事には敵いませんよ。すっごい早かったですもん」
「まあ、ほぼ毎日いるからね~慣れちゃったよ」
夏奈さんの愛想笑いが起こり信号が青に変わる。
「大地君ってどこ高なの?」
「南東です」
「へ~結構うちの店から遠いね」
「家が近いんでそっちを優先しました」
「私は中央女子」
「え!すっごい頭良いじゃないですか」
びっくりした。
こう見えてインテリさんかよ~ますます好きになっちゃいます!
「いやいや、それほどでも無いよ~」
しかも頭良いって否定しない……どんだけ頭良いんだこの人……
「中央女子ってバイトOKなんですか?」
ふと気になったので聞いてみた。俺の学校はダメなのでね。
「基本はダメだよ。でも私は潜りでやってる……皆には内緒だよ」
「はい……」
人差し指を向けてしーってやんないで!!可愛すぎて昇天しちゃうから。
「実は俺も学校が禁止なので同罪ですね」
「はは~君もか~ダメじゃん」
アハハと笑う夏奈さん。
「あ、良い所にコンビニがあるじゃん」
夏奈さんがコンビニに向かうようなので俺も後を着いていった。
「バイトデビュー記念として私がアイス奢ってあげるよ」
「そんな、貰えませよ!」
「いいから、私も初日に教育係の人に奢って貰ったからさ」
「あ、ありがとうございます……」
そこまで言われてしまったらお言葉に甘えるしか無い。可愛いのに優しいまで付いてくるなんてホントに完璧超人か?
「はい、これ!」
「ありがとうございます」
買ってくれたのはチューブ状のアイスだった。
「少し食べてから行こうか」
「はい」
疲労困憊の体にキンキンのアイスはすげーしみる……こんなに上手いんだっけ?
上手すぎてあっという間に食べてしまった。
「早いね~ま、私も食べ終わっちゃったけど」
言うと、容器を逆さにしていた。
うん、確かに空っぽだ。
その容器を俺が責任もって廃棄して再び自転車を漕ぎ始めた。
「大地君はベルモの方なのね私は団地の方なの」
「そうなんですね」
しばらく進んでベルモと言うショッピングモールのある交差点までやって来た。
と言う事はここでお別れだ。
体的には早く家に帰って寝たいが夏奈さんと別れてしまうのはとても嫌だ。
「次のシフトはまた今度だね」
「そうですね」
「じゃ、また後で」
「はい。また」
夏奈さんは手を振ると自転車を団地の方に向けて行ってしまった。
俺も自転車をベルモ側に向ける。
あー自転車嫌だな……
青になり漕ぎ始めて夏奈さんの存在が大きかったことを再認識した。
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