初めてのログイン

第2話 初ログインにゃ!

 とんだ目にあったと思いながら足早に家へ帰る。期末テストも終わったので、早速、『ニューワールドヒーローズ』にログインすることをずっと考えてた。


 途中、ギャルっぽい人にぶつかって平謝りし嵐は過ぎ去ったが、彼女もとても急いでいたらしく、「ごめんね!」と振り返りもせず駆けていった。

「ただいまぁー」と家に入っても、母からの返答がない。鍵が空いていたので、隣の家に回覧板を回しに行ったのだろう。


 ……どうせ、1時間は余裕で帰ってこないな。今のうちに。


 そそくさと自室に入り、祀ってあるパッケージを開いた。オンラインで買えるが、ディスクがある特別感でパッケージを買った。あと、テスト勉強を頑張るためのお守りの意味を込めて。そのまま、VR用の本体にセットする。あとは、ベッドに横たわるだけ。はやる気持ちを抑え寝転んだ。

 装着したヘッド横にあるボタンを押せば……ロード中と視界に表示される。


 ……はぁ、楽しみすぎる。いつか、どこかで、会えるといいな、リオンに。


 夢を思い描きながら、真っ白な空間へ降り立った。



「ウェルカム、ニュー、プレイヤー!」


 真っ白な壁に四方囲まれているこの場所は、周りが白すぎて、広いのか狭いのか、感覚が掴めない。

 浮かんだ文字が消えていき、いよいよ初期設定の画面が来るのだろうと待っていると、玉座のような椅子が階段と共に現れた。そこに座っているのは、王冠が少しズレた位置にある真っ白い高級そうなモフ猫。傲慢そうに見えなくもないが、人懐こいのか、毛の長い尻尾をブンブン振っていた。


 初期設定の案内人は、猫か。いいな、モッフモフしてる。


「やぁやぁ、新しい冒険者のきみぃ! ようこそ、新世界へ!」


 大仰に玉座から二足で立ち上がり、僕を出迎えてくれる。

 尻尾を振りながら、もったいつけるように階段を降りてきた。王様らしく、赤いマントをしていたが、引きずっ……。


 あっ、踏んだ。


 だだだだだんっ!


「あいった! おとっ、でふ……どっしゃーっ!」


 見事な声の効果音付きで、階段の最上段から転がり落ちてきた。


 猫って、身軽なんじゃないのか? メチャクチャ鈍臭い。


 ぐへぇ……と潰れたトマトのようにぺちゃんこになっているモフ猫の顔は、マントで隠れて見えない。尻尾だけが、ゆらゆらしているので、無事ではあるのだろう。

 足元へコロコロと転がってきた王冠を手に取り、モフ猫の方へと近寄る。


「大丈夫か?」

「……いてててて……。お、お尻がぁ! 尻尾の毛並みがぁ!」


 バサっとマントを跳ね除け、お尻をさすっていたので大丈夫だろう。


「カッコよく現れる予定だったにゃ! なのに……どうして、どうしてこうなったにゃっ!」


 威厳たっぷりの言葉はどこへやら……、可愛らしくにゃっにゃっ言ってるけど?


 頭を抱えながら、「にゃあぁあぁあぁー!」と発狂している。どう見ても可愛らしい喋る猫って感じだ。


「な、なぁ? そろそろ、ゲームのいろは始めてくれねぇか?」


 ハッとしたように、振っていた頭をピタリと止め、恐る恐るというか、ギギギっと音がしそうにこちらを見た。


「…………!」

「よぅ、大丈夫か?」


 怖いモノでも見たかのように、今度は後ろに飛び跳ねた。その瞬間、長いマントの裾を踏み、滑って転んでしまうモフ猫。かわいそうに階段の2段目の角に頭を打って、またもや床をのたうち回ることに。


 ……初ログインなんだけど、このコント、いつ終わるんだ? 早く、フィールドに入りたいっていうのに……。いつまで経っても、進まないじゃないか!


 のそのそと起き上がるモフ猫に王冠を渡し、手を差し伸べると、王冠やらマントを消した。


 最初から、そうしてくれてればよかったのに、何がしたかったんだろう?


「ごめんにゃ。初めてのご案内だから、しぇんぱいからアドバイスをもらって、それっぽく演出してみたにゃ。カッコよくキメるつもりが……散々なんだにゃ」

「あぁ……、それはいい。仕方ないから。それより早く進めてくれ」


「わかったにゃ!」といって、手をパチンと叩く。可愛らしいピンクの肉球がチラリと見えた。


「初めましてにゃ! 新しい冒険者のきみの案内役になった、シラタマにゃ! 不束者ですが、どうぞよろしくにゃ!」


 深々と頭を下げるシラタマ。見るからに愛らしい姿に猫好きの僕はときめいてしまう。


「ますは、名前を決めるにゃ! 何がいいにゃ?」

「名前はクズイだ」

「登録するにゃ! プレイヤー名は変えられないから、本当に『クズイ』さんでいいにゃ?」


「もちろん! 頼む」というと、体がふわりとしたように感じた。


「ステータスを見たら名前が入ってるにゃ! どうにゃ?」


 ステータスを見ようとして悩んだ。思い浮かべたら出たりするんだが……出てこない。


「あっ、ステータスは、手をこうやって空中をトントンとするとでるにゃ! 設定で変えられるにゃ! ログオフするときも、ここからにゃ!」


 シラタマに言われ、空中をトントンと叩くと、ステータスが出てくる。

 まだ、設定すらしていない何もないステータスに名前だけあった。


「どうにゃ?」

「あぁ、名前がついてる」

「じゃあ、次にゃ! 武器は何にするにゃ? 剣、双剣、槍、棍棒、杖、錫杖、大楯、鍋のふたにゃ! 何にするにゃ?」


 武器が周りをぐるぐると回っている。それを触って感触を確かめることも可能らしく、気になる剣と双剣を手にしてみた。


「リオンに憧れるなら! 剣、だよなぁ……、でも、双剣も軽くていい」

「鍋のふたがおすすめにゃ!」

「鍋のふたって……何するんだよ……」

「知らないにゃ!」

「知らないのかよ!」

「そうにゃ! そういえば、リオンって言ったにゃ? いったにゃ?」

「あぁ、知ってるのか?」

「もちろんにゃ! 憧れのしぇんぱいが、初めておもてなししたプレイヤーにゃ! めちゃ強にゃ!」


 しゅっしゅっと短い腕をボクシングのように繰り出しているが、リオンは格闘家じゃない。仕草が可愛いだけで、あまり知らないのかな? と、クスッと笑った。


「あっ、笑ったにゃ! リオンは、格闘家にゃ! しぇんぱいが、リオンに格闘技術を教えたにゃ! だから、強いにゃ!」

「そんなことないだろ? だいたい、案内役がそんなことするのかよ?」

「チュートリアルを全てコンプリートしたあかつきには、案内役から最初のプレゼントがあるにゃ! ほとんどのプレイヤーは、チュートリアルはスキップするのに、ちゃんとこなしたリオンはえらいにゃ! しぇんぱいの話をきちんと聞く、リオンは賢いにゃ!」


 誇らしげにしているシラタマの頭を撫でる。まさか、こんな場所で、リオンの話が聞けるとは思っていなかったのだ。素直に嬉しい。


「何するにゃ! にゃにゃにゃ!」


 頭に置かれた手を退けようと暴れているが、うまくいかない。ただ、ジタバタとしているだけで、可愛らしかった。


「……、武器は、決まったにゃ?」


 諦めたのか、通常の仕事に戻るらしい。


「あぁ、決まった。これにする」


 手に取った瞬間、重みを感じる。初期設定すら終わってないので仕方がない。


「最後に値を設定するにゃ! チュートリアルをするなら、終わった後でもいいにゃ!」

「いや、先にしておく」


 極振りに近い感じで……と、バランスをここらへんでとって。こんな感じ?


 最初のステータス値を決め終わると、ポーンと音が鳴る。なんだ? と前を見れば、「お疲れさまにゃ!」とシラタマが飛び跳ねていた。


「そんなにはしゃいでたら……」


 ドテ……。


「言わんこっちゃないな」


 シラタマは、自分の長い毛を踏んで転んだらしい。へそてんをして、動かなくなった。


「大丈夫か?」

「大丈夫にゃ……」


「いててて……」とお尻をさすっている仕草が人間くさくて笑ってしまう。


「これで、初期設定は終わりにゃ! 今すぐ、街へ向かうにゃ? それとも……」

「あぁ、頼む」


「それじゃあ!」とシラタマが言った瞬間には、あたりは光って眩しくなり、目を瞑った。

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