第42話 罠に嵌る令嬢とぬか喜びする欲しがり妹①(マリア/ヴィヴィ視点)

薔薇庭園ガーデンで開かれる茶会に招待されたマリアは、時間通りにやって来た。



(ずいぶん派手な茶会ね……)



 こんな大人数の茶会は見たことがないと、マリアは眉を顰めた。



 ルイス付きの使用人によって、会場は綺麗に整っている。テーブルや椅子はもちろん、数種類の茶と茶菓子が綺麗に並べられていて、本格的だ。しかし、楽しみ方はそれぞれで、立場を気にしなくていい気軽なもの。皆も、好きなように楽しんでいる。



 着席してゆっくりと会話と茶を楽しむ生徒もいれば、散策しながら薔薇の花を愛でる生徒もいる。マリアはアリシアを見付けると、許可を得てから斜め前の席に座った。



 アリシアの近くに、ルイスの姿は見えない。というより、アリシアの周りには、誰もいなかった。



「アリシア様、お招きありがとうございます」

「いいえ、今日は楽しんで……」

「はい、ところで、婚約者のルイス様はどちらに?」

「さぁ……。ルイス様はいつも私を置いていってしまうから……。きっと、親睦を深めるので大忙しなのよ」



 独りで静かに茶を飲むアリシアの姿を見たマリアは、それが意外だと思った。



 アリシアとルイスは研鑽する公女とそれを支える王太子として噂に名高く、仲睦まじい姿は令息令嬢の憧れの的だったはず。一緒に行動している2人の姿を何度も目撃したマリアの瞳には、いずれも笑顔の2人が焼き付いている。



 この矛盾は――――真実は、どこにあるのか。王太子は公女を独りぼっちにしたまま、社交に忙しく、またその公女は話す相手すらいない。



 初めて茶会に足を運んで見えたルイスとアリシアの関係性は、噂や実態とは違い冷え切っているのではないか――――。マリアはそんな推測を立てた。



 体裁を保つために嘘の噂を流し、仲がいいように見せるのはよくあることなのだ。



(まぁでも、その真偽は確認しないとね。メロディアス家に中間報告をするのは、その後でもいいわ)



 マリアはアリシアと軽く話した後、茶を飲み、離席した。散策しながら会話を楽しむ令嬢たちの輪を見付けると、その中へ入り情報収集を始める。



「ごきげんよう。私も話の輪に入れてくださるかしら?」

「ええ、いいわよ」

「ありがとう。少し聞きたいのだけれど、アリシア様はいつもお独り?」



 マリアがそう聞くと、空気ががらりと変わった。騒がしかった周りが、波が引くように静かになる。



「え……っと……私、何かおかしなことを言ったかしら?」

「あら、ごめんなさい……。貴女、今日が初めての茶会?」

「ええ、そうよ。色々と分からないことが多くて……、粗相をしてしまったらのなら、謝るわ」

「気にしないで。初めてなら、仕方ないもの……。さぞ驚かれたでしょう? 噂とは色々違って」



 令嬢たちはさり気なく視線をアリシアに向けると、冷笑した。



「噂は、真実とは真逆に語られ、流れているわ。まぁ、そういう風に噂を流したのは、私たちなのだけれど」


「――え!? それってどういう……」


「生徒である令息令嬢がこの場に集まるのは、ルイス様の人望よ。アリシア様ではない。そもそも、アリシア様を婚約者と認めている人は、ここにはいないと思うわ」



 きっぱりと言い切る令嬢がそう言うと、もう一人の令嬢も言葉を付け足した。



「わたくしもお付き合いで、茶会や勉強会、サロンに顔を出してはいるけれど、アリシア様はいつもお独りよ。だから、せめて噂だけは寂しくないように、彼女の体裁を整えてあげているの。ルイス様のためにね」


「それは……、知らなかったわ」



 真実は噂よりも、面白い。マリアは、歓喜のあまり震えてしまいそうになる身体を何とか抑えながら、会話を続けた。



「ルイス様は、このことを知っているのかしら?」

「ええ、知りながらも、黙認しているわ」

「そう……」

「……マリア嬢。秘密を知った仲間として、貴女を歓迎するわ。でも、このことはくれぐれも秘密にね」

「もちろん、ルールは守りますわ」



 マリアは心の中でにやりと笑う。



(やったわ、裏が取れた……。また褒美に、メロディアス家からたんまりと宝石を貰わないとね)



 その後もマリアは、念のため情報収集を続けたが、普段のルイスとアリシアが仮面婚約者を演じているという言質もとれたため、茶会を一足先に抜け出した。寮の自室へと戻ると、さっそくメロディアス家に出す報告書を書く。慣れたもので、それはすぐに書き終えた。



「ふふ、メロディアス家の資産をこのまま食い尽くしてやるわ」



 見聞きした内容をそのまま書き記した報告書は、両親に宛てた手紙を入れるような可愛らしい封筒に入れる。カモフラージュするためだ。あとは伯爵家・公爵家共に通じている使用人を通して、メロディアス家の城館、銀の杖ワンドアリアンへと届けられれば、マリアの任務は完了する。


 





 それから数日後。マリアが書いた報告書は予定通り、ヴィヴィの手元に届けられた。ヴィヴィは開封して読むや否や、



「ふっ、ふふ……ぁはははははぁ~~おっかしぃッ!! お姉様ったら、相変わらず寂しい学院生活を過ごしているのね。いい気味だわぁ~」



 と高笑いしながら、アリシアを蔑む。



 マリアから届いた手紙の一文には、こう書いてあった。



『噂では仲睦まじいとされる2人だが、王太子と公女の仲は冷え切っている。王太子は公女に興味を抱いていないし、そんな公女を婚約者と認める貴族も、この学院にはいなかった。公女は独りぼっちだ』と。



 もう半年以上すぎたというのに、未だに2人はこの程度の関係だと、マリアは言うのだ。



 その一文はヴィヴィの笑いのツボにはまり、抑えても抑えても笑いが込み上げてきた。笑い死にするというのは、きっとこういう時なのだろう。



「あ~あ、私がいない間がせっかくのチャンスだったのに……。お姉様ったら、本当に何もできないのね。零性だから、仕方ない……か」



 部屋に響き渡るほどに大きい独り言を呟くのは、のことが思い浮かぶからだ。呪いの力を欲したあの日々のことを――――。







 今から1年半と少し前だろうか。ヴィヴィは、才能もないのに魔法の勉強を続けるアリシアを腹立たしく思うと同時に、その無能には負けたくないとも思っていた。



「お母様、ヴィヴィに魔法学を教えてくれる?」

「……そんなに慌てなくても、ファウスト王立学院に入学すれば、学べるわ」

「今、教えてほしいのよ。ヴィヴィは優秀な原性遺伝子持ちだから、いいでしょう? ね?」



 娘が可愛いリーサは、やる気に満ちたヴィヴィの表情を見て、承諾した。拠点を城館から別館に移し、信用のおける使用人も数人連れて行く。



 家庭教師に代わり、リーサが直接、ヴィヴィに魔法の基礎を教え込んだ。代々、魔法の才に恵まれる家系に生まれたリーサは、アリシアにはしなかった教育をヴィヴィには熱心にしたのだ。



 そんなある日。



「基礎魔法、もう修得しちゃった……。簡単すぎて、物足りなかったわ」



 ヴィヴィはドヤ顔でそう呟いたが、かかった時間は人並みより少し多かった。


 不満を口にするヴィヴィに対し、リーサは「それなら、これはどう?」と一冊の本を勧める。その本には、「黒の儀式~複数の呪い上級編~」と書いてあった。



「お母様、この本は呪いの本? 確か呪いのトリガーって、貴族の誇りを失うことよね? そうすることで、特性や属性を保ったまま、魔力が穢れていくんだっけ……?」


「ええ。その力はやがて呪いとなり、強い力となるわ。呪いとなる前と後で比べても、見た目は同じ魔法に見えるけど、中身はだいぶ変っているのよ」


「へぇ~、奥が深いのね。呪いって……」


「ええ……。それに、王国の歴史で名を馳せた魔法使いソーサラーは、皆この本を習得したと言われているのよ。歴史の裏に、呪いあり。呪いを制する者は、歴史を変えられるのよ」


「すっご~い! それなら、ヴィヴィも!」


「ええ、良いわよ。最高の呪いを完成させましょう。私とローランドと貴女の3人で……。そして、アリシアから婚約者の座を奪ってやるの。それから、王家を裏から操って……」



 リーサはブツブツと物騒なことを呟いていたが、話を元に戻した。



「ま、それは後々でいいわ。今はそれよりも、貴女が手に入れるはずだった、王太子の婚約者としての地位を取り戻しましょう。アリシアを退けて……」


「お母様ったら……自分の娘にも容赦ないのね。でも、いい案だわ。ヴィヴィの方が優秀なんだから、ヴィヴィが持ってるべきよ」



 リーサとヴィヴィの何もかもが狂気の沙汰だったが、止める者は誰もいない。

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