第40話 とろける公女と甘々王太子の特訓

特訓をするようになってから、アリシアの日常はより忙しくなった。特訓に、社交に、勉強会。学院生活を謳歌し、奔走するアリシアの姿は、学院の中でも目を惹く存在になっていった。



 そんなアリシアのスケジュールは、週の半分を特訓の時間に当てている。特訓自体は至極簡単だ。汗臭くもならなければ、体力が消耗して無力感に襲われることもない。



 むしろ、真逆の苦労はあった。



 ルイスから甘々な囁きとべた褒めをされて、どうにかなってしまいそうなくらいだったのだ。何のための特訓だったか分からなくなるくらい、アリシアは不覚にも蕩けそうだった。



 今日も、そんな甘々の特訓デー。



 アリシアは難しい顔をしながらも、今日もルイスの言葉を受け止める。



「……昨日より、指先に灯る炎が大きくなったな。さすが、アリシアだ」

「1ミリほどしか、変わっていない気がします……」

「安心していい、その1ミリが成長の証だ。それに、昨日よりも炎の温度が高くなっている。さすがだな」

「……褒めすぎです、ルイス様。あ、触ったら火傷してしまいますよ……」



 ルイスはそっとアリシアの指先に触ると、炎は消えてしまった。



「あ……」

「今日はここまでだ。アリシアに無理をさせたくはない」

「私はまだ……平気です」

「そうか、なら……続けよう」

「はい」



 アリシアは再び、指先に灯火ライトの魔法を使う。



(このような特訓内容にしているのは、ルイス様に何か考えがあってのことよね……? 全ての会話を耳元で囁かれるのも、特訓の……うち? それにしても、この特訓に何の意味があるのかしら……)



 考えごとをするアリシアの背後から、急所を刺すような一際鋭い声がした。



「私がいるのに、考えごとはよくないな」

「――――ル、ルイス様ッ!?」

「集中できるよう、続けるか?」



 ルイスの顔はアリシアから見えない。背後にいて、優しくアリシアの腰を抱き、これでもかというくらい密着しているからだ。その上、会話をするたびに耳元から甘々低音ボイスが攻めてくる。



 アリシアの耳が真っ先にやられて、時間差で身体から力が抜けていく。



(隙を見せた私が悪いわ。魔力的にはまだ続けられるけれど、この状況のせいで、やっぱりもう…………無理ッ……!!)



 アリシアは指先の炎を消して、真っ赤になった耳を押さえた。



 アリシアは今まで、囁くように発せられるルイスの低音ボイスに、幾度となく蕩けている。その限界を超えそうになると、特訓は終わるのだ。降参サレンダーにも似た、アリシアの終了宣言によって。



「あ、あの……ルイス様」

「何だろうか?」

「私、もう、その……~~~~ッ、ご、ご指導、ありがとうございました!!!!」



 せめて最後だけはと、砕けそうになる心と腰をしゃんと立たせ、アリシアは面と向かって感謝の礼を尽くす。すると、ルイスは「頑張ったな」とだけ言って、グレイとレイチェルの方へ早々と行ってしまった。



(本当、ルイス様の意図が分からない……)



 アリシアは遠ざかるルイスの背中を見送る。



 普段のルイスは、分かりやすい表情をしたかと思えば、何を考えているのか分からない面を持っていた。



 ハプニングに対処する時のルイスの表情は、とても分かりやすく、アリシアを貶めるための呪いを嬉しそうに跳ね除ける。呪いの主犯である「ヴィヴィと両親泣かせ」の頼もしい婚約者だ。



「分かりやすくて、分からない」ことが、アリシアの知るルイスの姿だったが、特訓の時のルイスの姿は、そのどれとも違った。どこまでも甘かった。それがいいか悪いかはさておき、一生慣れないだろうと思ったくらいだ。



(それに、目の前にはこんなにもたくさんの生徒たちが、いるものね。慣れる訳がない……)



 周りを見渡せば、見知った顔がいる。グレイやレイチェルは言うまでもなく、ルイスの側近やアンナとカイル、ローズの取り巻きもいた。話したこともない令息令嬢もちらほらいる。その大半が、魔法学が苦手な生徒たちだ。



 最初は、アリシア・ルイス・グレイ・レイチェルの4人で特訓していた訳だが、いつの間にか「私もやりたい」という生徒が集まってきてしまった。ルイスとアリシアはそれを承諾し、特訓を通じて彼らとの交流に力を入れる。そこまではよかった。



 しかし、ルイスが提案した特訓内容は、心がくすぐったくなるようなものだったのだ。



 眼前で繰り広げられる異様な光景は、その結果。あちこちで甘い囁きとべた褒めの声が飛び交っている。



(私も先ほどまで、その異様な光景の一部だったなんて……。けれど、こうして皆で特訓をするのは、楽しいわね)



 恥じらいつつもどこか生き生きとしている令息令嬢を見つめながら、アリシアはにんまりと笑顔を湛えていた。

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