第34話 噂の公女と広がる輪
次の日。
ファウスト王立学院では、朝からある噂話で持ち切りだった。令息令嬢たちは、それぞれの言葉でそれを語り、噂に尾ひれを付けていく。
「ねぇねぇ、あの噂を聞きたかしら? 昨日、とても奇妙な茶会が開かれたそうよ」
「もちろん、聞いたわ! 確かメンバーは、ルイス様とアリシア様。それから、辺境伯の子息であるグレイ様と、レイチェル嬢の4人だとか」
「その4人の茶会と聞いたら、誰もがこのように思い描くでしょうね。粛々と行われて、緊張感漂う空気にも華やかさがあり、尊くて神々しい茶会だと……。でも、そのような茶会にはならなかったのよねぇ……」
「そうそう。どういう訳か、トリッキーな茶会になってしまったのよ。でも、それが不思議と楽しそうだったとか」
「トリッキーな茶会になってしまった原因は、アリシア様の魔法コントロールが甘いからね。病弱ゆえに魔法を上手く扱えず、周りを巻き込んでしまうのよ。だから入学当初のアリシア様は、ルイス様と距離を取っていたのかもしれないわね」
噂は相変わらず、身勝手に広がった。
「その線は確かに濃厚だわ。魔法コントロールができなくて起こるハプニング……、くぅ~羨ましい。ハプニングなんてものは昔から、令息令嬢、果ては王族皇族までも、平民との縁を結びつけてしまう強力なものなのよ」
「あ~、まるで小説のよう。憧れるわ~」
授業が終わった後も、アリシアの耳には常にこのような会話が入ってきた。投げかけられる視線は冷たいものではなく、憧れと羨望が混ざったような視線だ。
(視線以外にも、変化はあった……。今日だけでたくさんの生徒に話しかけられたわ)
その上、待ち合わせ場所に座っているだけで、人の気配や視線を強く感じた。
しかし、ルイスとの待ち合わせ場所を人気のない森へ移そうとは、考えない。今まで人目を避けて行動していたアリシアだが、本当のことを打ち明けた仲間が増えたため、もう今までのようにそこまで周りを気にする必要がないと思ったからだ。それに、噂を楽しそうに話す令息令嬢たちは、一概に無神経だとは言い難いことも分かっている。
(彼らは、私に興味を持ってくれているだけだもの。王太子殿下の婚約者が呪いによって、こんなにも不器用でドジなのは本当に申し訳ないけれど……。まぁ呪いがなくても、私は器用ではなかったわね)
ふふ、と自虐的な笑みを浮かべていると、それは起こった。
「あっ……」
突風が本をパラパラと捲っていく。挟んであったブックマーカーがその全貌を暴かれ、風に攫われていった。
「待って……!」
追いかけるアリシアの前に、2人の生徒たちが立ちはだかった。男子生徒は軽々とジャンプすると、ブックマーカーをもぎ取る。女子生徒は男子生徒からそれを受け取ると、アリシアに優しく声をかけた。
「アリシア様、どうぞ受け取ってください」
「ありがとう。助かったわ、2人共」
「お礼なんて、そんな……! 私もカイルも……あ、ええっと、隣にいるのが伯爵家のカイルですけど。私たち、幼少期から不器用で、礼節やダンスのテストではいつも赤点を取っています」
「俺はせっかち。アンナはオドオドしてしまう性格だからな」
「も、もうカイルったら……。すみません。だから、アリシア様を見ていると、他人事とは思えなくて。勇気が湧いてくるというか……」
「勇気……?」
アリシアは小首を傾げて聞き返すと、カイルが代わりに答えた。
「ああ。最近は忙しそうだけど、入学当初のアリシア様は個別授業の終わりに、一人で魔法学を自主学習していただろう? それ以外の教科も、時間があれば自主学習しているのを見た」
「ええ……、魔法学は特に苦手だから」
「魔法のコントロール不足による影響下にもめげずに、アリシア様は頑張って励んでいました。その姿は、今でも目に焼き付いています。アリシア様は、私たちのような落ちこぼれ上位貴族にとって、希望なのです」
アンナの言葉に、アリシアは目をぱちくりさせる。
アリシアは、元々器用ではない。それに加えて、呪いのせいで振る舞い全てを台なしにされることも多い。少し前は、真実を暴かれたくなくて、わざとドジであるように振る舞っていた。そんな自分自身を情けなく思っていたこともある。
そんな諸々の葛藤と努力が、誰かにとって励みになるとは、アリシアは考えもしなかった。
ただ、この国の在り方を思えば、それも何ら不思議なことではない。この国の貴族は上位貴族と下位貴族に分けられている。同じ貴族であるという認識は、そこにはない。優劣をしっかりと付けている。さらに、上位貴族の中でも序列がある。魔法遺伝子によって、優劣を分けているのだ。
原性遺伝子持ちが一番優秀で、零性遺伝子持ちは何も成せないと定義付けられている。
劣っていると烙印を押された上位貴族にとっては、王太子妃になるアリシアの涙ぐましい努力は、励みになったのだろう。
「アリシア様のファンは、意外に多いんですよ」
「そ、そんなまさか……」
今まで人目を避けてきた期間の方が長いアリシアは、その言葉をすぐには鵜呑みにできなかった。
「ほ、本当です。私が常々思っていることは、『貴族は皆、仮面を被って生活をしている』ということです。華やかで優雅な暮らしに見えますが、実際は違います。自分を偽り続けることを強いられ、一つの失敗も誤りも許されない窮屈な生活なのです」
「俺たち貴族は、下位貴族と比べることでその存在価値を確認している。失敗すれば、見下される立場に……。俺は上位貴族で中性遺伝子持ちだったから、虐げられていない分、まだマシかもしれないけど……。そこに何の意味があるんだろうな」
カイルもアンナも憂いを帯びた顔で、率直な意見をアリシアに伝えたが、暫くすると2人の顔は青臭い果実のように真っ青になった。
「あ……も、申し訳ありません。私たちったら、アリシア様にこんな忌憚のない意見を……」
「いいえ、構わないわ。むしろ、嬉しかったから……。そうね、確かにそうだわ。どこまでも階級を付けたがるこのやり方は……。煩わしいったらないわね」
アリシアはにっこり笑った。
「今度の茶会でまたお話しましょう? いずれはサロンも開く予定だから、ぜひ足を運んでくれると嬉しいわ」
「えっ、い、良いのですかっ? 私なんかが行っても……」
「それはありがたい……。アリシア様、約束ですよ!」
「ええ、ぜひ」
そんな約束をして2人を見送ったアリシアは、立ち尽くしたままで声をかけた。
「お待たせしました、ルイス様」
アリシアから見て、後方の薔薇の木に隠れるようにして立っていたルイスを呼ぶ。
「……気付いていたのか」
「はい、少し前から……。私の方が待たせてしまい、申し訳ありません」
アリシアはゆっくり振り向くと、お辞儀をして詫びた。
「いや、構わない。最初に遅れたのは、私だからな。あの2人は知り合いか?」
「はい。たった今、知り合いになり、友達になりました。アンナと伯爵家のカイルです。今度の茶会やサロンに、彼らを招くつもりです」
「……そうか。犬との繋がりがないと証明されることを祈ろう」
「ありがとうございます」
礼を伝えると、アリシアはルイスに歩み寄る。
「ところで、ルイス様。今日も途中まで一緒に帰りますか?」
「うん……? はぁ、アリシア……。まさか貴女にやっと会えたというのに、もう私は寮に帰らされるのか?」
「そ、そういう意味では……」
「いや、分かっている。そうだな、今から図書館に行こう」
「図書館……。それは、いい案ですね」
目的地が決まると、アリシアはベンチの上に置いてある本を鞄に入れて、ルイスと一緒に図書館へ向かう。途中、相変わらずハプニングがアリシアを襲ったが、英姿颯爽と守るルイスとそれを微笑ましく見守るアリシアの姿は、この学園の誰にとっても珍しいものではなくなっていた。
ルイスとアリシアの関係は、ファウスト王立学院の太陽と月として、受け入れられ始めていたのだ。
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