第22話 攻めの王太子と守りの公女④
鐘の音と共に始まる授業は、鐘の音と共に終わる。
はるか遠く、その目線の先にあった陽が頭上を照らす時刻、鐘の音と共に生徒たちは思い思いの場所へと赴く。昼食のため、長めの休憩時間に入るのだ。
いつもと同じ場所まで来たが、まだルイスはいない。
(授業が長引いているのかしら……)
珍しいことだと思いながらもその場所で待っていると、向こうの方からルイスが走ってくる姿が目に映った。
「すまない、遅くなった」
「私も先ほど、来たところです」
「一人で待っている間、怪我はしていないか?」
「……はい、大丈夫です。一人の時、勝負は中断しますが、実を言うと不安でした。今までずっと一人で対処してきたのに、おかしいですよね。早く魔法のコントロールをどうにかしないと……」
そう言い訳するのも、何だか心苦しかった。そのため、アリシアは心の中で「呪いをどうにかしないと」と言い直すが、ちっとも気休めにはならない。
アリシアが仄暗い気分に沈んでいる間、ルイスはしきりにアリシアの身体を確認していた。制服が綺麗なままであることや傷の有無を目視のみで確認し終えると、安堵の笑みを向けてくる。
「私もだいぶ成長したから、今日の昼食はゆっくり食べられそうだ」
「……と仰いますが、ルイス様はまた楽しむつもりでは?」
「確かに、毎日スリルを味わえるのは退屈しないが、楽しいのはアリシアが一緒にいるからだ」
「……え?」
思わずアリシアはルイスを見上げると、目が合い、視線を絡め取られてしまった。薔薇の中に閉じ込められたような雰囲気のある場所ということも相まって、アリシアは胸を高鳴らせてしまう。愛の告白をしてキスをするような甘い雰囲気が、どことなく漂い始めていた。
しかし、同時にまんざらではない気持ちになっている自身の甘さに、アリシアは少しばかり嫌悪する。ルイスと一緒に行動するようになったが、問題の解決には何も触れていないのだ。相手方のローズが現れたことは一度もない。
本当に問題は起きているのか、と疑いの目を持ってしまう。考えたくはないが、ルイスがローズ伯爵令嬢とのトラブルを理由に、この状況に持っていきたかったのではないか、とそのような考えが浮かぶのだ。
(いやだわ、この甘い時間に、このような低俗で浅ましいことを考えたくもないのに……)
ルイスの碧眼は甘くて優しくて、とても澄んでいる。アリシアの
(――ひゃっ、冷たい……えっ、何!?)
両足を交互に動かして、突如感じた冷たい空気から逃れようとしたが、それは纏わりついて離れない。ああ、そうだった、とアリシアは思い出す。そっとしておいて欲しい時こそ、ハプニングは訪れるものなのだ。
「……全く、空気を読まないな。このハプニングは」
「ああっ……!」
みるみるうちに白い靄が足元にかかり、ひんやりとした空気が足元を完全に覆うと、庭園の薔薇に付いた朝露が氷の粒に変わった。異変が起きている方角を察知したのか、ルイスは頭上を見上げている。アリシアも同じように見上げた瞬間、先の尖った氷の槍が降ってくるのが確認できた。
(……嘘、この呪いは死ぬ訳じゃないってヴィヴィは言っていたわ。だとしたら、これは……?)
隣にいるルイスは素早く魔法で迎撃し、氷の槍を粉々に砕く。キラキラと氷の粒が降りかかる
「魔法の暴発……、誰かの事故でしょうか?」
「いや、これも貴女を狙ったハプニングだ。ただ、
「え……? ですが、今までこんな激しい
ヴィヴィの言っていたことが嘘だったのか。それとも、嘘が真実になり、魔法のコントロールができなくて自身に降りかかったのか。はたまた、ルイスと一緒に行動するきっかけとなったローズ伯爵令嬢が、やっと表立って行動するようになったのか――。魔法学が一番苦手なアリシアには、それに対する答えを出すのが難しい。
しかし、青ざめた顔で疑問を口にしても、ルイスからそれに対する返答はなかった。ルイスは今、粉々に砕いた氷の粒を踏み鳴らしながら、キラキラ輝く虚空の中で黙ってしまってしまっている。
◆
気を抜けば大怪我をするようなハプニングが、頻繁に起こるようになって数日。
悪戯のような小さいハプニングが、可愛らしいものに感じるようになった。比べて、程度の大きい事象は、アリシアだけを狙っていて厄介だ。前触れもなく起こるそれは、ルイスに多大な負担をかけ、精神的にアリシアを苦しめた。
ハプニングの特徴として、そのいずれもが溺れさせたり、凍らせたりするものだ。つまり、水属性魔法と、その上位魔法である氷結魔法だった。
学院に入学したばかりの生徒たちが魔法の暴発を起こしたり、不安定な感情に魔法を乗せてしまい、コントロールできなくなることはよくあることだ。しかし、それにしては些か凶暴で、アリシアだけをピンポイントで狙っている点についても、疑問が残る。
アリシアは日々、この度が過ぎたハプニングのことばかりを考えるようになった。
(魔法の暴発ではないとしたら、彼女の仕業かしら……?)
しかし、それも何だかしっくりこないと、首を振る。ルイスと行動を共にするようになってからずっと、ローズ伯爵令嬢は姿を見せていないのだ。
だとしたら、ヴィヴィの呪いが強まったのか。
そのようにあれこれと考えを巡らせて悩み続けているのは、アリシアだけではなく、ルイスも同じだろう。一緒にいるルイスもあの日から口数が少なくなり、何かを考えるような素振りが多くなったからだ。その表情はいつも険しく、怒りのような感情も刻まれている。
が、このような状態が続いても、ルイスは
「顔色が悪いです、ルイス様」
「……大丈夫だ。寝れば魔力は戻る」
「ですが、ここ数日、全回復はしていないようですよ。勝負はひとまずやめて、身体をしっかり休めましょう」
アリシアはそんな提案をしたが、ルイスは頑なに首を振った。
(どうしてそこまで……。ルイス様はこの勝負に勝った暁に、何を望んだのかしら……)
半年前の会った時には、ここまでひたむきに何かを成し遂げようとするルイスの姿は見られなかった。それが執心によるものかは知る由もないが、ここまで本気にさせるものは何だろうかと、今まで気にもしなかったことが、ふとアリシアの中で気になった。
顔色が悪く、立つのもやっとであるルイスをベンチに座らせて、その隣にアリシアは寄り添うように座る。湧いてくる疑問に頭を働かせ、ルイスの容態を確認するために観察した。
(王族は総じて、申し分ない魔力量を保持していると聞いていたけれど、ルイス様はきっと限界が近い……)
医務官さながらの顔付きで、ルイスの身体をじっと見つめて視診する。その頭上から降り注ぐ愛でるような視線に、アリシアは気付いていなかった。
「ルイス様……、そこにいらしたのね」
突如、甘く媚びるような声が聞こえてくる。隣にいるルイスが身体が動かすと12リシアもつられて反応した。声のする方へ身体と顔を向ける。
そこには、ローズ・マインベルク伯爵令嬢がいた。
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