伝説の騎士♂と天才魔術師♀はこじらせている

不二本キヨナリ

第1話「願いの樹」

 その樹に触れて願ったなら、どんな願いもまばたきひとつのあいだに叶うという。世界を救うも滅ぼすも、願うがまま。

 小高い丘の上にそびえる伝説の樹――「願いの樹」はしかし、おのれの奇跡に無頓着であるかのように、雲ひとつない青空のもと、鮮やかな初夏の朝日を浴びながら、ただその切妻屋根きりづまやねめいた枝葉をそよがせるだけだ――

 いままさに、丘の東西から吹きつけた爆風にも!

「死ねーっ! わしの発毛のために死ねーっ!」

「ぎゃあああ! ち、畜生! あと少しで、黄金の卵を産むガチョウが手にはいると……思った、のに……」

「どけどけどけどけーっ! 俺様は騎士団副総長補佐代理心得になるのだーっ!」

「きゃあああ! せ、世界が……平和でありますようにって、お祈りにきただけなのに……」

 見よ! いま丘の東西では老若男女が、当人にとっては重大事なのだろうが、「願いの樹」の奇跡に比すればささやかといわざるをえない願いを叫びながら相争っている!

 バトルロイヤルだ! いったいなにが起こっているのか!?


 「願いの樹」は願いを叶える際、その願いの大きさに比例した量のリソースを消費する。このリソースの正体はいまだ謎に包まれているが、自然と樹のうちに溜まっていくらしく、その貯蔵量は枝葉の数を見れば推定できる……

 宮廷魔術師たちからそう報告されたとき、王の政治力と危機管理能力と遊び心は、いまだかつていかなるマッドアルケミストでも錬成しえなかったキメラの成功例を産みだした。

 それがこのバトルロイヤル――「GUNG-BOガン・ボー」(キャッチコピーは「この願い、叶えたい」)である!

 この泰平たいへいの世において、国が「願いの樹」に叶えてもらうべき願いなどない。

 しかし、「願いの樹」を放っておけば、その謎めいたリソースはみなぎる一方である。万が一、そんな樹のもとへ破滅願望を持つ狂人が辿りつき、「世界を滅ぼしてほしい」と願いでもしたら、世界は滅んでしまうにちがいない。実際、王はかつて、空の彼方より降りきたった名状しがたい窮極きゅうきょくの軍勢を、「願いの樹」に願って滅ぼしているのだ。

 ならば、「願いの樹」の謎めいたリソースを、破滅願望などの大それた願いを叶えられるほど溜まるまえに減らせばよい――誰かにささやかな願いを叶えさせることで! 

 その「誰か」の選出手段こそが、この「GUNG-BO」なのだ! 世界じゅうから腕におぼえのある者たちがつどい、競って「願いの樹」に触れようとするこのもよおしは、たちまち祭の様相を呈し、いまでは誰もが遠見の魔術で観戦するようになっている。


 そしていま、今次こんじの「GUNG-BO」は佳境を迎えようとしていた! 

 丘の東を見るがいい! 倒れた人々の体でそのほとんどが覆い隠された大地に、全身を板金で鎧ったふたりの騎士が立ち、数歩の距離で向かいあっている! ふたりの兜、胸当て、腕当て、脚当てはいずれも赤く染まっているうえに、へこんだりひしゃげたり溶けかかったりしている。つまり、おたがい満身創痍だ!

 痩身の騎士がメイスを引きながら口を切った。

「隊長……いえ、先輩。あなたの願いはわかっております。できることなら、叶えてさしあげたい。しかし、ぼくも――」

「いうな」

 隊長と呼ばれた大柄な騎士は手をかざして相手の言葉をさえぎると、逆の手のなかの鉄の棒――折れたるウォーハンマーの残骸――を構え、いった。

「来い」

「うおおーっ!」

 痩身の騎士がメイスを振りあげながら躍りかかる! その咆哮には隠しきれぬ凱歌の響きがある! 大柄な騎士の武器は失われているのだから! あと一歩踏みこみ、メイスを振りおろせば終わりだ―痩身の騎士はそう思った。しかし!

「ふん!」

「ううっ!?」

 痩身の騎士は「あと一歩」を踏みこむことができなかった。両足のあいだに挟まったもののために足がもつれ、前のめりに転倒してしまったからだ。彼を転ばせたもの、それは大柄な騎士が投げた鉄の棒であった!

「そ、そんな! ……はっ!?」

 急いで立ちあがろうとした痩身の騎士は、自分に影が落ちていることに気がついた。そして自分の運命を悟った!

「どりゃあーー!」

「ぎゃあああ!?」

 痩身の騎士は大柄な騎士の恐るべきボディ・プレスを受け、悶絶!

「ぐはっ! さ、さすがは隊長……ど、どうか、ぼ、ぼくの分も――」

 そして、言葉なかばで昏倒した。

「……後遺症のないように治してもらえよ」

 大柄な騎士は立ちあがり、メイスを拾いながらそういうと、丘の上の「願いの樹」を見あげた。


 一方そのころ、丘の西では!

「いまだ! 撃てっ、撃ちまくれ! ストーン!」

「ウォーター!」

「ファイアー!」

「ウインド!」

 四人の魔術師がひとりのフードローブ姿の少女を取り囲み、大人げなくも地水火風の魔術による十字砲火を浴びせていた! 石礫が、水鉄砲が、炎が、風の刃が四方から少女に殺到する! しかし!

「『我が身は透ける』!」

 少女が高らかに唱えると、石礫いしつぶても、水鉄砲も、炎も、風の刃もその体をなんの抵抗もなく通りぬけた! その半透明になった体を!

「「「ぎゃあああ!?」」」

 石礫が、水鉄砲が、炎が、対角線上にいた魔術師たちをそれぞれ打ちすえ、貫き、焼きつくす!

「ば、ばかな!?」

 危機一髪、横に転がって風の刃から逃れた魔術師はうめきながら顔をあげ、少女のほうを見た――

 いない! そこにはただ、声だけが置きざりにされていた。

「『我が身は軽い』――」

 「い」は魔術師の後ろから聞こえた。転瞬のに、少女は魔術師の背後をとっていた。なんたる身軽さ! 魔術師が振りむこうとしたとき、少女はすでに彼の頭に手を乗せていた。

「まあ、頑張ったほうなんじゃない? 帰ったら自慢していいよ、天才に褒められたってね――『我が手は燃える』!」

「ぎゃあああ!」

 鋭い詠唱と同時、少女の手から炎がほとばしり、魔術師の頭から四肢へと走って、彼を人間松明たいまつめかせた! 少女が魔術師の頭から手を離し、ちょん、とその背中をつつくと、彼は前のめりに倒れ、その体表で踊っていた火は宙へはけていった。

 少女は辺りを見回した。死屍累々ししるいるいである。彼女のほかに立っている者はいなかった。少女はひとつ伸びをした。フードが脱げて、襟足で切りそろえられた赤い髪があらわになる。

「疲れたーーーーーー!」

 少女は溜息が大いにブレンドされた声をあげると、髪と同じ赤い目で丘の上の「願いの樹」を見あげた。

「……さて、もうひと頑張り!」

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