造花の花束

ぴーや

プロローグ

作り物のベゴニア

 昼間の柔らかい日差しが教会のひらけた屋根から降り立つ。あまり風の吹かない日で、ふわふわとした暖かい空気が秘密基地の中に充満している。


 いつも通りの階段に座って、本を読んでいるニゲラが、眠気に唆されてあくびをした。


「おやおやぁ? ニゲラくんはおねむなのかい?」


 にまにまと笑ってニゲラの肩を叩くのは、真っ黒い髪を持つチア。くふくふ笑って、彼を煽る。蛇の下半身をくねらせながら器用に階段を降りた。


「うぅん…こんな天気なら、眠くなっちゃうのも…当たり前でしょ?」


 目をしばたかせて擦り、頑張って言い返した。もう一度あくびをすると、空色の押し花のしおりを文庫本のページにはさむ。


「え、何、寝るの?」


 二足歩行生物の場合なら三歩ほどの距離をチアは後ずさる。


「いや、さすがに寝ないよ」


 頭を振って、彼の憶測を否定した。座っているところから立ち上がる。


「じゃあどうすんのさ」


 首を傾げるチアの横を通り、人工的な青色のレジャーシートの敷かれている地面に近づく。そこではネモネとノラが仲良く寝息を立てていた。


「もう寝てる二人を起こそうかなぁって。このままだとさ、ちょっと心配だし」


 二人の側にしゃがみ込んで、彼らを起こそうと手を伸ばす。すると急にネモネがカッッと目を見開いて、ニゲラの腕をネモネが掴む。ラベンダーのグラデーションがかかったピンクの双眼が彼を見詰める。ひく、と掴まれた彼の表情筋が動いた。チアも面食らう。


「…あ、ニゲラか! ごめんね!」


 威嚇している動物かのような雰囲気から、いつも通りの明るいネモネに戻る。腕を掴んでいた手を離し、謝罪をした。


「あぁ、うん。平気。急に触ろうとした僕も悪いしさ。ごめんね」


 戸惑いながら、ニゲラも謝る。少し離れたところにいるチアがぽそりと「こわ…」と一言つぶやいた。今度はノラを起こそうとする。


 とん、と彼の肩に触れて、ニゲラはノラの体をゆすった。


「ノラ、起きたほうがいいよ。体調、崩す」


 四往復も揺すってみれば、彼のまぶたがのそりと動いた。薄い黄色の瞳があらわになる。二回まばたきすると、だんだん覚醒していって、最初は見える面積が小さかった目が大きくなっていく。むくりと体を起こして、大きなあくびをした。


「おはよ、ノラ」

「…ん〜、おはよう…」


 子どものように拙くてあどけない挨拶を返す。起きたはいいものの、今にも眠ってしまいそうだ。


「ノラぁ、起きたほうがいいよ?」


 ネモネがノラの頬を指先でつつく。


「やっぱり仲良いな、兄妹みたいだ」


 ノラとネモネが寝ていたレジャーシートの反対にいるフォセカが、自慢の翼の掃除をしながら言う。その口角は緩やかに持ち上がっている。


「兄妹? こんな仲良いのそうそういないよ〜」


 ネモネがフォセカからは見えないところの翼のゴミを取る。フォセカの大きな手がネモネの頭を撫でた。それが嬉しいのか、ネモネは笑う。


「平和だな」


 遠いどこかを眺めながら、チアが言う。それが自分らに向けられた言葉であるということに気がつくと、ノラとニゲラは同時に頷く。


「こんな時間がずっと、ずうっと、続けばいいのに…」


 ぽろりとこぼれ落ちたように独り言を呟く彼を、少年は見上げた。


 呪いみたいな言葉だと、ノイバラの目を持つ少年は思った。

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