第16話
……もう!
1ヶ月もどこで何してたんだし!!
ちゃんと元気にしてた……って……全然元気じゃなさそう。
えっあのシリルだよね?
青春真っ盛りだと言うのにニキビ一つないトゥルトゥルお肌のシリルよね??
めっっちゃ酷い隈!!
髪ボサボサって言うかパサパサ??
ついでにちょっと髭生えてる。
え……シリル髭なんてもう生えてたんだ……。
なんて思わず観察しちゃうほど、とにかく人相が違う。16歳とは思えない老け込み具合だ。
「君は…………ええと……オーキッド令息…………?」
ほら、大公までめっちゃ疑問系で聞いてるじゃん。
ちょっと一瞬話の内容よりそっちにみんな意識が向いてしまったけれど、シリルがつかつかとやってきたので気持ちを切り替える。
「この1ヶ月、全力で調べていました。何故時空の歪みは起きたのか。再度時空の歪みが起きることはあるのか。姉さん……最初に言っておくね。ごめん」
そう言って、シリルは酷く悲しそうな、申し訳なさそうな顔をする。
「僕たちがこの世界に戻って来た際に、マナの流れと変質のサンプルを取りました。それを解析し、ある仮説を立てて検証したところ、一つの理論にたどり着いたのです」
シリルが語ったのは、こうだ。
私が初めてこの世界にやってきた日、卒業パーティーの日、そして私が階段から落ちてこの世界に戻って来た日には、ある共通点があるのだという。
それは、2つの世界の月相が、非常に似通っているということだ。
まさかそんなことまで向こうの世界で調べているとは思わなかった。
シリルはバイトをしていなかった分、昼の時間を使って様々なデータを取っていたみたい。
日本のある世界では大体30日にちょっと欠けるくらいで月の周期は一周する。
フロース王国のあるこの世界にも月は1つあるけれど、もう少し周期が早くて、大体26日で一周を回る。
けれど季節の移り変わりはどちらも同じくらいの時間で流れるから、この世界では1年が14か月存在しているのだ。で、この2つの世界の月相が最も近い状態になるのが、さっき挙げた日になるのだという。
しかも私がこの世界にやってきた日、つまり、蘭がブラックホールに吸い込まれた日と、クローディアが生まれた日というのは、奇跡的に全く同じ月相だったのだ。
どちらの世界も月の周期にはきっちり何日と割り切れない誤差があることを考えれば、寸分違わず全く同じ月相になるというのは、天文学的な確率での偶然だ。
どうやらその月の周期が一致する時、2つの世界の境界が曖昧になるのではないか。更には、2つの世界の月相が全く同じ時には、2つの世界に通り道のような穴が生まれるのではないか。
シリルはそう考えたという。
事実、この1か月の内で最も月相が似通った日には、ほんの少しではあるが大気中のマナが同じ動きをしたそうだ。
つまり、私はその天文学的な確率で出来た穴に、これまた偶然落ちてしまったのだという。
では何故、私だけがその穴に落ちてしまったのか。
それには、2つの世界の違いを考えなければならない。
日本がある向こうの世界には、フロース王国のあるこの世界と大きく異なる点が2つある。
それは大気中のマナが存在していないこと。
そして人々が魔力を持たないことだ。
大気中にマナがないことは向こうの世界に行ってすぐ実証したし、人々に魔力がないことも実はトラヴィスたちが確認していたそうだ。
魔力というのは、人に触れることでその存在を感じる事ができる。これは魔力を持っている人なら誰でも出来ることで、クローディアである私ですら、ちゃんと集中すれば分かるのだ。
と言っても、蘭の時は全く分からなかったけれど。
トラヴィスとウォルトは、バイト先の人に触れて魔力の有無を確認していたらしい。
その結果、向こうの世界の人に「魔力は無し」と結論付けたそうだ。
そうなると、私の事例を考えれば、自ずと魔力とは何なのか分かってくる。
魔力とは、肉体に宿る物質的な何かではなく、魂に宿る超次元的な何かだということ。
しかしそうすると、クローディアにほんの少しでも魔力があることの説明が付かない。
つまりは、魔力は魂に宿るものではなく、魂に紐付くものだということになる。
ここで、シリルは一つの理論を提唱した。
肉体と魂は、磁石のような力で結合しているというものだ。
2つはそれぞれ磁力を持っているけれど、その力は均一ではなく、魂の方がより力が強い。
そして魔力は、磁力により弾き寄せられる砂鉄のようなもの。
2つの力が異なる磁石で砂鉄を引き寄せたら、より力が強い方に引き寄せられるのは必然だ。
つまり何が言いたいかというと、このクローディアの体の元の持ち主である魂は、出産と同時に、強大な魔力と共にこの世を去ったのではないか、ということだ。
そして空っぽの器となったクローディアの体に、偶然にも2つの世界を繋ぐ穴が出来たタイミングで蘭の魂がやってきて、その体に収まった。
何故か?
その時、私は両親の死に絶望していた。
自分自身が生きているのか死んでいるのか、起きているのかすら分からないほどに、前後不覚の状態だった。
そういう時は、魂の引力が弱まっているのではないか。
クローディアと蘭は、あまりにも似ている。
魂が肉体の造形にまで影響を与えるのかは、今のところ分からない。
けれど、元々肉体の構成がある程度似通っていたからこそ、これほどまでに似ているのだろう。
非常によく似た肉体からの、より強い引力。
その引力に引かれて、私の魂はクローディアの中に収まったのではないだろうか。
「これまでも年に1回は、2つの世界の月相が最も近くなる時があったはずだけれど、きっと一度結合した肉体と魂を引き離すほどの力じゃなかったんだ。だからこれまで、姉さんはクローディアとして生きてきた。
けど…………あの卒業パーティーで、また姉さんは、絶望したんじゃない……?それで肉体と魂の結合が弱まって、本来の戻るべき肉体の引力に引き摺られたんだ。本来の肉体の方が、引力は強いだろうからね」
……絶望か。
もうどうにでもしてくれと思ったのは事実だ。
でも死にたいと思ったとか、消えて無くなりたいと思った訳じゃない。
けど、確かにあのままこの世界で生きていくその意味を感じなくなったのは、間違いないかもしれない。
「姉さんの魂が向こうの世界に渡る時、小規模な時空の歪みが生じて、僕たちはそれに巻き込まれたんだと思う」
まじすか!!
じゃあ本当にシリルたちは、巻き込まれ事故だったということか。
それは何ていうか、非常に申し訳ない……。
ていうか、待てよ。
その理屈だとするなら、今私たちがこの世界に戻ってきたというのは…………。
「その……言いにくいんだけれど……。きっとあの時、蘭は……命を落としたんだと思う。
そしてまた切り離された魂は、17年間宿っていたクローディアの中に戻ったんだ。奇しくも、また同じ月相のタイミングだったために」
……分かってた。
だってマジで死んだと思ったもん。
むしろあれで、死んでない方がおかしい。
分かってる……。
でも……、やっぱり実際そうだと言われると、とてもやるせない。
「でもそっか……。私が死んで、また時空の歪みが起きたから、みんながこの世界に帰って来られたのか……。なら、良かったかな」
私はそう言って、笑った。
そう思ってるのは嘘じゃない。
彼らが元に戻れたことは、本当に良かったと思ってる。
けど、さすがに自分が死んだと聞かされて、平然とはしていられなかった。
「姉さん! そんなこと言わないで!」
「どうかそんな悲しいことを言わないでください」
「死んで良いことなんてある訳ないだろ!」
「蘭。側にいながら、守ってやれずに本当にすまなかった……」
シリルたちが口々にそう言う。
私はその言葉に、押しとどめようとした涙が、思わず頬を伝うのを感じた。
「もちろん、今の話はそう簡単に実証できることじゃないから、仮説に近いよ。でもかなり信憑性のある理論だと思ってる。病院に行って亡くなる人たちの魔力の流れを観察したんだ。もっとケースを集めれば、かなり確定的なことが言えると思う」
まさかシリル。
この1ヶ月、スマホの充電器を作るだけではなくそんなことまでしていたのか。
だから、あんなに窶れてしまったのか……。
全然寝る時間なんてなかったんじゃない?
大丈夫かな……。
あ、ていうか今気付いた。
もしかして、私の身体ってあの階段の下にあるのかな。
それ、ヤバくない……?
お墓の管理をしている所に何人で来ますか?って聞かれたから、普通に「友人4人と行きます」って言っちゃったよ。
友人4人、救急車を呼ぶでもなく私を放置して姿を消したことになっちゃってるよ。
事件じゃん。殺人事件扱いになってるよコレ。
焦りで涙も引っ込んじゃう。
京都観光中もやっぱり4人は目立ってたから、目撃者はたくさんいる。きっと防犯カメラとかにも写ってるだろうし、シリルたち完全に重要参考人だよ?
家を調べれば4人がうちのアパートに住んでたことはわかるだろうし、でも本人たちは絶対見つからないし、完全に迷宮入りだよこれ。
ごめんなさい刑事さん……!
それに伯母さん……!
事故です! 事故なんです!!
と叫んでも届きはせず。
諦めるしかないのだけど。
申し訳ない……本当すみません……。
「では、今回の騒動に闇の魔力は関係ないということか……?」
私の思考を遮るように、大公の呟きが聞こえてきた。
驚きながらも、静かに顎に指を当てて何事か考えているようだ。
「それが事実だったとして、では卒業パーティーの時の婚約破棄騒動はどうするんです? あの件の真相はどうだったんですか?」
リチャードが、落ち着いた表情でそう促した。
落ち着いてるのは表面だけで、本当は苛ついているのがよく分かる。
大公とはえらい違いだ。そのことに違和感を感じる。
どうにも、2人の関係性が分からない。
大公はどうして
「陛下! トラヴィスさまは、私のために、あのような行いをなさったのです! 全てはクローディア様から私を守るためになさったんですわ! 悪いのは私です! 私に処罰を与えてください!!」
私の思考を遮って、急にミシェルが割り込んできたのだった。
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