第5話 夢と現実は違う
ただの勘違いなら、それで良かった。
俺が夢の中で見ていたことを現実だと思って話していた。そう思えれば、先程までのことが全て夢だったと安心することができた。
あの日、失恋して泣いていた楓花は現実じゃなかった。全て俺の夢だったと。
しかし楓花から返ってきたその言葉は、その勘違いをハッキリと否定していた。
俺にとっての先週と楓花にとっての来週。今起きた俺達の時間の感覚にズレが起きるのは、俺が認識してる時間が彼女より二週間先じゃないと起きない。
二週間。それは俺が時間が戻ったと思いかけた期間だ。俺と楓花の感覚のズレが、その期間とちょうど一致するなんてあり得るのだろうか?
偶然だったと思いたかった。しかし先程の話が、それは偶然じゃないと告げている気がした。
たまたま俺達の話が変に噛み合っただけなら、まだ理解できる。しかし映画のジャンルまで同じって偶然が本当に起きるとは思えなかった。
そこに一緒に見ようと思っていたなんて言われれば……まるで俺が今より先の未来を知っていたみたいじゃないか。
「なんか変な智明。まるで未来から来たみたいなこと言ってる」
そう笑いながら楓花に言われて、俺は我に返った。
彼女も俺と同じことを思ったらしい。あまりにも馬鹿馬鹿しいことだから彼女が笑うのも当然だった。
突然、朝起こしに行った幼馴染が未来から来た。そんな馬鹿げた話、笑うより呆れるだろう。
「……もし本当だったらどうする?」
だから思わず、俺はそう言っていた。
俺の言葉に呆気に取られる楓花だったが、すぐに表情が怪訝に歪んでいた。
「急にどうしたの?」
「どうしたもなにも俺が未来から来たから来週の映画の話を知ってただけだぞ?」
「……まだ寝ぼけてる。早く顔洗ってちゃんと起きた方が良いよ?」
呆れている楓花を俺が黙って見つめる。
真剣な表情で俺が楓花を見つめていると、目を合わせる彼女の顔が呆れた表情から少しずつあり得ないと驚いた表情に変わっていた。
「……嘘だよね?」
「うん。嘘だよ」
「はい……?」
本当に信じようとしていた楓花に、俺はわざとらしく笑って見せた。
俺の笑ってる顔を見て、ようやく自分が騙されたと気づいたんだろう。楓花は頬を赤く染めると、すぐに思いっ切り目を吊り上げていた。
「変な嘘つかないでよ! 本当に信じるところだったじゃん!」
「いや、こんなアホみたいな嘘に騙されるなよ?」
「ならなんで来週の映画がホラーって知ってたの⁉︎」
「テレビで告知くらいしてるだろ?」
そう言って俺は誤魔化した。
その可能性も十分あった。偶然、たまたま夢と現実の話が噛み合っただけ、放送予定の映画も事前にテレビで放送する告知くらいしてる。それをすでに見ていたことを俺も忘れて、変な勘違いをしてたんだろう。
本当に時間が戻るなんてこと、起きるはずがないんだから。
「信じられない! 智明の嘘つき! そうやってすぐ私のこと騙す!」
「ごめんって、楓花がすぐに騙されるから心配なんだって」
「じゃあ私に変な嘘つかないでよ!」
「だって騙されないと疑わないだろ? 少しは楓花も人を疑うことくらい覚えろって」
素直な性格だからか楓花は昔から騙されやすい。
それで過去に何度も彼女が友達にイタズラされたこともある。些細な嘘で揶揄われるから見てて俺が心配なるのは本当だった。
これで変な奴に騙されでもしたら大変だ。だから昔から彼女には適当にくだらない嘘を言っているんだが、毎回騙されるから困ったものだ。
俺の話に思い当たることがあったんだろう。楓花は不満そうに口をへの字に歪ませていた。
「もう知らない! 早く顔洗って学校行く準備しないと遅刻するよ! 今日は私も日直で先に学校行くんだから二度寝なんてしたら駄目なんだからね!」
「二度寝なんてしないよ。もうちゃんと起きてるから」
俺がそう答えると、楓花はふんとわざとらしく鼻を鳴らして部屋から出て行こうとした。
「楓花」
「なにっ!」
不貞腐れる楓花が可愛いと思いながら、部屋を出ようとする彼女を呼び止めていた。
俺に呼ばれて、機嫌が悪そうな表情で楓花が顔だけ振り返る。
そんな彼女に、俺は思い返せば毎朝彼女に言わなくなった言葉を告げていた。あの夢の中で、伝えることすらしなかった言葉を。
「ありがとう。今日も起こしに来てくれて。助かった」
「……どういたしましてっ!」
そう言って、楓花は部屋を出て行った。そして玄関からドアが空いて、すぐ閉まる音が微かに聞こえた。
ちゃんと伝えて良かった。部屋を出て行く楓花の横顔を見て、俺はそう思った。
彼女の顔は怒っていたが、その口元は少しだけ満足そうに笑っているように見えた。
あの夢のおかげで、少しは俺も素直になれたかもしれない。好きな人を自分じゃない人間に取られるって思ってから変に偏屈になっていた。
夢で後悔したことなら、現実は今回はないようにしよう。お礼も言えないような人間にはなりたくなかった。
「さて、俺も準備するか」
スマホで時間を確認したら、そろそろ準備しないと危ない時間になっていた。
俺はベッドから出ると、すぐに準備に取り掛かった。
部屋のカーテンを開ければ、朝日が部屋に差し込む。普通に眩しくてカーテンを閉めようと思ったが、今は日差しを浴びたい気分だった。
やっぱり、アレは夢だったんだろう。そう思えてきた。全て夢の出来事で、楓花の失恋も俺の勝手な妄想だったんだろう。
彼女を誰かに取られるのが嫌で、そんな願望が夢に現れたと思うと、相変わらず自分が女々しいと思った。
そんなことあり得ない。楓花は幸せになる女の子なんだから。
寝巻きから制服に着替えている時、俺はなにげなく夢のことを思い返していた。
偶然も重なれば、あり得ないことでも本気で信じられることもあるんだな。
たまたま楓花と映画を見た時期が一緒で、映画のジャンルも同じ。そんなことが起きるんだと。
確かあの時に楓花と見た映画は古い映画だった。呪われたビデオを見たら、一週間後にテレビから幽霊がその人を呪い殺しに出てくる話だ。
まさか内容まで一緒なわけない。ふと俺はスマホで来週放送される映画のことを調べていた。
新聞のテレビ欄なんて見なくても、ネットで調べればすぐに分かる。母さん達の子供の頃は新聞と雑誌でしか分からなかったんだから、便利な世の中になったもんだ。
調べれば、すぐに映画のことが出てきた。
「……嘘だろ?」
その内容を見て、俺は持っていたスマホを落としそうになった。
俺が楓花と夢の中で見ていた映画と来週放送される映画が……全く一緒だった。
夢と現実が同じになることなんて、起こるわけないのに。
あり得ないことが現実味を帯びていく。頭の中では否定しても、現実が受け入れろと言っている気がして。
スマホの画面を見つめながら、俺はただ呆然とするしかできなかった。
俺が気づいた時、もう時間はいつの間にか学校に遅刻する寸前まで経っていた。
いつも俺が楓花に起こされて、二度寝して遅刻ギリギリまで寝てしまう時間になっていた。
夢の中でしていたことと同じこと現実でもしてる。嫌な予感を感じながら、俺は慌てて家を出た。
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