負けヒロインの恋が成就するまで、このタイムリープは終わらない
青葉久
第1話 その恋が終わった日
初恋は実らない。そんな言葉なんて、俺には関係ないと思っていた。
俺が彼女のことを好きなように、彼女も俺のことが好きなんだと信じて疑わなかった。俺達は両思いなんだって、疑いすらしなかった。
子供の頃からずっと一緒に過ごしてきた彼女と自然と気持ちを通じ合わせて、大人なっても当たり前のように一緒に居て、そして結婚して本当の家族になって幸せになる。そんな未来が来るんだと、本気で思っていた。
だけどそれは、どうやら俺の勝手な妄想だったらしい。
そう思っていたのは……俺だけだった。それを思い知らされたあの日のことを、俺は今でも鮮明に覚えている。
あの日、彼女――
忘れもしない。あれは俺達が高校生になったばかりの4月で、日曜日のことだった。
大事な話があると言って楓花が俺の部屋に来た時、俺は遂にこの日が来たと勝手に思っていた。
話があると言っていたのに、なぜかいつまでも話を始めない楓花の姿を見て、そんな的外れな予感を勝手に感じていた。
恥ずかしそうに頬を赤らめて、俺と目が合うだけで照れくさそうに笑う。そんな顔を見れば、誰でも勘違いするに決まっている。
きっと彼女は俺に告白しようとしている、と。
勇気を振り絞るように何度も深呼吸して、だけど俺と目が合えば恥ずかしいと言いたげに俯く。そんな仕草を何度も見ていたら、誰でもそう思うだろう。
だからそんな楓花の姿も、考えれば当然だと思った。ずっと一緒に過ごしてきた人に、今更ながら想いを打ち明ける。それを恥ずかしいって思うのは当然のことだと。
それなら俺が先に自分の気持ちを伝えよう。こんな日が来た時のために、何度も頭の中でイメージトレーニングをしてきたのだから。こういう時は簡潔に、そして素直な気持ちをまっすぐに伝えるのが一番良い。
そう思って、俺が先に口を開こうとした時だった。
『私ね、好きな人ができたんだ』
真っ赤に顔を赤くして、楓花はそう言っていた。
彼女の言っている好きな人が、俺を指していない。その言葉が俺以外の人間を指していることを理解するのに、あの時の俺はかなりの時間を使った。
だけど、それでも僅かな可能性に掛けて、どうにか言葉を振り絞って俺は彼女に聞いていた。
その相手が誰なのか、そしてなんでそんなことをわざわざ俺に伝えようと思ったのかを。
震えた声でそう聞いた俺に、楓花は幸せそうな笑みを見せながら答えていた。
自分の好きな人は、俺達のクラスにいる“彼”だと。どうしてそのことを俺に話そうと思ったのかを。
そして最後に告げた彼女の言葉で、俺は思い知らされた。
『だって
早瀬楓花にとって、俺は家族でしかない。そこに恋愛感情が存在しないことを、あの時の俺は思い知った。
好きな人ができたことを嬉しそうに語る彼女が、眩しいくらい幸せそうだった。そんな彼女の姿に、俺の心は間違いなく折れたんだと思う。
あんな幸せそうな彼女の顔を、俺は今まで見たことがなかった。だから否応なしに、俺は理解したんだろう。
俺では一生掛かっても彼女をこんな顔にさせることができない。どれだけ努力しても、俺には彼女を幸せにすることができないと……理解してしまった。
確かに心にあった気持ちが、バラバラに壊れた。だから、俺は諦めてしまった。
その気持ちが俺に向けられることはない。俺と彼女の気持ちは、まったく違う方向を向いていた。その事実が、たまらなく辛かった。
それが俺の初恋が終わって、彼女の初恋の相手が俺ではなかったことを思い知った瞬間だった。
誰にも知られることもなく、俺の恋が終わった日。そして彼女の初恋がもう始まっていた日のことを、きっと俺が忘れる日は来ないだろう。
だけど、たとえ俺と彼女が一緒に幸せになれなくても、彼女が幸せになるなら……俺はそれでも良いと思った。
俺の好きな人は、幸せになるべき人間なんだから。子供の頃から可愛くて、高校になって更に可愛くなった。優しくて、悲しいとすぐに泣いて、楽しそうに笑う姿が見惚れるくらい素敵な彼女が、幸せにならないわけがない。
だから、その日から俺は彼女の幸せを願うことにした。
どうしようもなく湧き上がる黒い感情を心の奥底に無理矢理しまい込んで、過ごして来た。
学校の教室で、楓花が好きな人と仲良くなっていく光景を見ていた。
休日には彼女の相談を聞いて、親身になって答え続けた。
楓花が好きな人に好かれるために、彼女の好きな人が好きな映画を見たり、ゲームで遊んだりもした。
楓花が幸せになるためなら、俺の時間を全部使おう。そう心に決めて、過ごして来た。
そんな努力を積み重ねて楓花が好きな人と仲良くなっていくと、自然と俺は彼女と過ごす時間が減っていた。
一人で過ごす時間より彼女と一緒に過ごす時間の方が多かったのに、たった数か月で、それは変わってしまった。気づくと、俺は一人でいる時間が多くなっていた。
でも、それは楓花の恋が順調だと言っているようなものだった。俺と過ごす時間が、好きな人と過ごす時間になった。それだけの話だった。
だからきっとこのまま行けば、彼女の初恋は必ず実る。そうなるべくしてなると確信していた。
そして遂に、楓花は俺に言った。
過ごしやすかった日々の中に夏の季節が邪魔を始める7月に入って、彼女は誇らしそうに宣言した。
『私ね、終業式の日に告白する!』
7月31日、夏休みが始まる終業式の日。その日に、彼女は幸せの道を進む。
きっと両想いになった二人は、夏休みに色んなことをするんだろう。
一緒に買い物や映画に行ったり、海に行ったりもして、互いの部屋に集まって、色んな場所に行って一緒の時間を共有する。そして互いのことを、もっと好きになっていく。そんな幸せな日々が、楓花を待っている。
ずっと昔から俺と一緒に数えきれないくらいしてきたことを、今度は好きな人と一緒にする。
胸の中で湧き上がるこの気持ちに、何重にも蓋をして、そう言った楓花を俺は応援する。
それが早瀬楓花にとっての幸せだと自分に言い聞かせて、俺は彼女に笑いかける。
俺が応援すると嬉しそうに笑う彼女の表情に、吐きそうになりながら笑う。
あと少しで、この時間は終わる。
彼氏ができれば、きっと楓花は俺と会うことなんてないだろう。
自然と俺と一緒に過ごす時間がなくなって、そして俺は一人になる。
それまで、我慢しよう。その時まで、この気持ちを出したらいけない。
一度吐き出したら、きっともう我慢できない。
その時のことを考えるだけで怖くなるが、それを考えたらいけない。
そう何度も、何十回も自分に言い聞かせて、待ち続けた。
そして遂に、7月31日の終業式の日が来た。
これでようやく終わると、そう思っていた。
だけど、訪れた彼女の恋の結末は――悲惨の一言だった。
泣いている楓花が、目の前にいる。
必死に涙を両手で拭って、声を殺して泣いている。ふんわりとしたボブヘアーの隙間から見えた彼女の顔はひどく悲しそうに歪んでいて、可愛い顔が涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。
その顔に幸せの言葉なんてない。そこあるのは、悲しみだけだった。
どうして彼女が泣いているのか、理解できなかった。
今日は彼女が幸せになる日。彼女にとって大事な日になる日のはずなのに。
どうして彼女が悲しそうに泣いているのか、本当にわからなかった。
頭に過ぎったのは、ひとつの答え。
だけど、それだけはありえない。そんな結末を、彼女が迎えて良いわけがない。どんな人よりも可愛くて、幸せそうに笑う笑顔が誰よりも素敵な俺の幼馴染の恋が、こんな結末で許されるわけがない。
でも、どれだけ考えても、彼女が泣いている理由が俺にはひとつ思いつかなかった。
7月31日。夏休みが始まる、終業式の日。
俺がどうしようもなく好きな幼馴染の早瀬楓花は、失恋したかもしれないと。
そんなことを本気で考えてる自分が、死ぬほど馬鹿みたいに思えた。彼女が失恋なんてするわけがないのに。
だって、そうだろう?
もし仮に、もしも本当にそうなのだとしたら――今日まで必死に耐え続けた俺はなんだったんだ?
多分、なにかの勘違いだ。だから彼女が泣き止むまで、待てば良い。
そう思って、俺は泣いている彼女の隣で待つことにした。
きっと彼女が泣き止んだ時、俺の予想通りの答えが来るに決まっているんだから。
――――――――――――――――――――
この作品の続きが気になる、面白そうと思った方、レビュー・コメント・応援などしていただけると嬉しくて執筆が頑張れますので、よければお願いします。
――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます