第30話 馴れ初め

「それで、昨日は聞く暇もなかったけど、二人の馴れ初めはどんな感じなの?」


 座卓に飲み物とお茶菓子を用意した明音が、わたしと妃乃に問う。なお、優良はベッドに寝そべってはいるものの、目を開けてこちらを見ている。

 わたしと妃乃は顔を見合わせて、口を開いたのは妃乃。


「瑠那から、その脚綺麗だね、ちょっと触らせてって言われたのがきっかけ」

「わたしそんなこと一度も言ったことないよね!? ってか、それだと、妃乃はいきなりセクハラ発言してくる女の子と付き合い始めたことになるよ!?」

「耳たぶ可愛いね、ちょっと舐めさせて、だったかな?」

「そんなことも言ってないから! ねつ造禁止!」


 いや、ねつ造しないわけにもいかないのはわかっているよ? 妃乃はわたしの心が読めたからわたしの好意に気づいてて、それからわたしに興味を持ち始めたとは言えないよね?

 だけど、わたしをセクハラ女子にするのはやめてくれ。


「あ、それはきっかけじゃなくて、普段瑠那が思ってることか」

「それもないから!」


 いや、ないこともない……か。だって妃乃の脚は綺麗だし、耳たぶも可愛いし。


「ぷっ」


 反応が面白いのか、わたしの心を読んだのか、妃乃がくすくすと笑う。可愛いな、ちくしょう。


「お熱いねぇ。まだ夏には早いよ。それで、結局のところどうなの?」


 苦笑する明音に、わたしから答える。


「その……わたしから妃乃を好きになったの。それで……わたしがよく妃乃を見てることに妃乃が気づいて、何か気になることでもしちゃった? って声をかけてくれたんだ。それから少し話をするようになった。妃乃はこの通り明るくてお茶目なところもあるから、だんだん仲良くなれて、そこから恋愛方面にも意識が移って……っていう感じ、かな?」

「ふぅん……。水琴は、天宮さんのどの辺が好き? そもそも、好きになったきっかけは?」

「好きなのは、まぁ、全部、かなぁ……。きっかけっていうなら……」


 きっかけは、なんだったろうか。

 一年生の頃から、妃乃のことは知っていた。でも、廊下でたまに見かける程度で、恋愛感情を抱くことはなかった。

 二年生になって、その明るさとか、茶目っ気とか、頼りがいとか、色々知って、いつの間にか好きになっていた。

 でも、それはたぶん、わたしが想像の中の妃乃を勝手に好きになっていただけで、本質的には妃乃自身を好きになったわけではないのだと思う。

 妄想に恋をしたというべきか、恋に恋をしたというべきか。


「妃乃を好きになったのは、きっと、わたしにない明るさとか朗らかさとかに惹かれたからだと思う。ただ、それは妄想の妃乃に理想を重ねただけ。

 今は……あのときと違うかな。明るく振る舞ってるくせに、弱い部分も抱えて苦しんでることもあってさ。必死に頑張って、強くあろうとしている姿が、わたしは好きだよ。 

 ……結構意地悪だし、性根がねじ曲がってると思うこともあるけど、根本にあるのは温かな心で、そういうところも好き」

「……ほほぅ。なるほどね。水琴も半端な憧れで天宮さんを好きでいるわけじゃないってことか」

「うん。今のわたしは、妃乃自身のことが好きだよ」

「なるほどなるほど。……にしても、水琴ってそんな風に、自分の好きな人のことを語るんだね」

「へ? そ、そんな風にって……?」

「なんか、熱いじゃん。今まで恋愛の話を極力避ける姿を見てきたから、水琴の素直な心情を聞くの、新鮮だ」

「あ、そっか……。まぁ、わたし、男の子の良さとか、全然わからなくて。必死に話を合わせてはきたけど、心は籠もってなかったよね」

「うん。女子が言いそうなことを寄せ集めて、どうにか形にしてる感じだった」

「そこまでか……」


 自分が思っている以上に、わたしは上手くやれていなかったのかもしれない。


「ごめんね、水琴」

「え? 何が?」

「意図的ではなかったにせよ、一年以上、息苦しい思いをさせちゃって」

「……それは、明音のせいでも、優良のせいでもないし……。誰のせいでもないし……」

「まぁ、これからはそういうの隠さなくていいから。遠慮なく妃乃といちゃついてくれたまえよ。少なくとも、あたしと紅葉の前ではね」

「……うん。ありがとう」


 恩着せがましいわけでも、熱が籠もっているわけでもない、明音の言葉。

 気を遣わせて申し訳ないな、なんて思う必要もなく、その気持ちを受け止められた。そののんびりした姿がありがたい。


「あー、一応私も言っておくわー。ごめんね、瑠那ぁ」

「……優良はもう少ししゃきっとしてから発言してもいいと思うよ」


 ベッドでぐでんぐでんになっている優良。真面目な雰囲気が台無しである。

 その気負わなさは、好ましくもあるのだけれどもね。

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