第30話 規律

「分かった、ところでニュースになってるか。駅の爆発事件なんだが」

「なってます、ひどいですよ正確な人数はまだ分かってないですけどロッカーが爆発して十三人以上死亡したかもって、崩れた駅の映像も出回ってます」

「そのロッカー爆弾でついさっき殺されかけた」

「えっ」

「イガリの一味が俺を狙ったらしい、無駄な犠牲がでただけで終わったけどな。テロリストじゃないかあんなもん」

「ひ、ひどい……」

「トミイ一人で捕まえられるか?」

「むりですむりです! ここから動けません!」

「まぁ頼んだのが監視だけだからな、いいさ今から向かうよ。ただ逃げようとしたら始末しておいてくれ」

「あっちょ」


通話を終えた。


「用心深いやつだったけど、やっと出て来たな~」

「存在感の無い透明人間にまでは気を配れなかったようだ、ご対面しようじゃないか」


――――――――――――――――


道中にスマホでニュースを確認した、どこも爆発の話題で持ちきりだった。

テロ行為がそのほとんどを占めていたが、戦時中の不発弾があったとか下水道のガスが爆発しただの神を復活させる為の宗教的な儀式だとかいう珍説まであった。

すでに悪魔がここにいる、神の出番はないだろう。


再び小汚い二階建てのビルに戻ってきた。その前には大型の白いバンが一台止まっていて、よほど急いできたのかスリップ痕まで残されている。


それにしても長く滞在しているようだ、観光名所じゃないんだから見るべきものはないはずだが……。立ち入り禁止の衝立の奥からは人の喋る声が聞こえてくる。

やたらうるさかったBGMは止められたらしいが、かなり興奮気味に早口で喋っているせいでうまく聞き取れない。

階段を降りていくとはっきりと聞こえてしまった。


「これこそ神の御業です!」


神、聞きなれない単語だ。

三脚に乗ったハンディカムの前で演説をしている女には見覚えが無い。ポニーテールで黒の修道服を着た20代位のトミイより痩せた女の前には、迷彩柄のカーゴパンツを履いているシノザキが居た。筋骨隆々の男と、ヒョロガリの女の組み合わせには軽く眩暈がする。何故女はみな痩せようとするのか? 女でも筋肉があった方が良いし腹筋も割れていた方が良い。殺す前に三ヵ月ほどかけてジム通いで体を鍛えさせてやりたくなるがそんな暇はない。

どうやらこいつらは動画の撮影をしているらしいが、俺が丹精込めて描きあげたイガリの壁画と電話番号が溶けていた。血の滴るモップが落ちていてる、犯行に使われた凶器だ、どうやら凶器の再利用をされてしまったらしい。エコロジーな活動は嫌いじゃない。


「十五人の悪のタマシイは地獄へと向かったのです!」


俺は道端で通行人の事情も考えずにスマホで動画撮影をする輩は嫌いだし殺人事件が起こった現場を撮影するモラルの欠如した輩はもっと嫌いだ。

許しておけぬ、俺の中の正義の炎が燃え上がる、気がした。


「イガリの仲間か」

「あなたは」


問答無用で悪魔パンチでカメラを叩き壊してから時間を止め、赤い悪魔の身体を伸ばして目の前の二人の身体を締め上げさせた。二人はぐるぐる巻きにされ空中にミノムシみたいに吊り下げられている。


「浮かんでいます、みてください磔刑たっけいですよ! 悪魔の仕業だ!」

「みなくても分かるよ」


修道服の女は何故か喜んでいるみたいに見えた。

こいつらからはお互いが浮かんでいるみたいにみえているのだろう。

首まで固定されたシノザキは視線だけを動かし、俺の眼を見据え口を開いた。


「悪魔使いのおっさんか?」

「よぉシノザキ」

「あんたとは初対面だけど」

「お前は雇い主から見捨てられたみたいだぞ、子供まで巻き込みやがって。なんて奴だ」

「おっさんも子供四人殺してたろ」

「今はいいだろその話は」


イガリと一緒のスマホの画像を見せたがシノザキの表情は変わらなかった。


「規律違反だからね、承知の上だ」

「規律?」

「罪のない市民に手を出してはならない。だ、シンプルだろ」

「なんで破った」

「悪魔が現れたんだぞ? 守ってられるかそんなもの」

「なるほどね、だがよ俺とイガリはマブダチだぞ、タッグ組んで世界平和に貢献する予定だったのに爆殺しようとしやがって」

「嘘をつくなよ、あんたみたいなのがマブダチ? ありえん。ここの奴らみたくイガリさんも殺す予定だったんだろ」

「まったく、なんでお前らはそんな話ばっかりするんだ」

「おっさんお信用ゼロじゃん」

「悲しいな」


「あの落書きはなんなんだ?」


視線だけを動かしシノザキが問った。


「でかい文字と顔で良い宣伝になると思ってな」

「サイコキラーが」


酷い言われように、流れた覚えのない涙が俺の脳内だけでこぼれ落ちた。


「わたくしは信じていますとも 悪魔使いのおじさま」

「あぁ?」

「すべては意味のある行いです!」


修道服の女が話しかけて来た、その顔面には笑顔が張り付いている。


「そいつもアタリだぞおっさん」

「お前は?」

「よくぞ聞いてくれました! わたくしはキリノ! 神の道について夜通し語り合いましょう!」

「俺は悪魔だし、お前には朝が来る前に死んでもらう」

「イガリ様はあなたが悪魔を振り払い神の道を行くと信じてますよ! だからわたくしもあなたを信じます!」

「何故だ」

「ルカによる福音書十五章」

「それが?」

「イエスは罪深き者を受け入れ共に食事を行った」

「……だから?」

「あなたは無意識の内に表明しているのですよ。我々の友になりたいと、そして共に食卓を囲みたいと! この現場に残された死体の数、十五の死体がまさしくその証明なのです!」

陰謀論者いんぼうろんしゃか?」

信奉者しんぽうしゃです!」

「お前ヒトゴロシのくせに神に仕えてるつもりなのか」

「神は全ての罪をおゆるしになられる」

「その程度なら俺でも知ってるぞ、殺そうが盗もうが信者になって悔い改めたら天国に行けるっつー荒唐無稽こうとうむけいな戯言だろ」

「赦すこととは、神に与えられた特権です、無茶だと思うのは人間の道理です!」

「そーかい」

「こんな奴に道理を説くなキリノ。……あのまま爆死してくれたら良かったのに、なんで生きてるんだ」

「悪魔が爆死する訳ないだろ」

「銀の十字架でも用意した方がましだったのか」


それを聞いた俺が人差し指をクロスし赤い悪魔に見せつけると。


「ぐわっー!」


と叫び、両目を手で覆いながら地面をゴロゴロとのたうち回った。


「すげー効いてるじゃん」

「わああああああ! からだが溶けるうううう……。っとこんなもんでいいか?」

「アカデミー賞待ったなしの演技力だったぞ」

「だろぉ?」


俺はしゃがみ、赤い悪魔と握りこぶしを当てあった。

まともな答えが返ってくるとは思っていないがシノザキの方を見る。


「死ね」


やはり俺はお笑い芸人には向いていないようだ。シノザキはくすりともしない。

お客さん一人笑わせてやれないのだ、自分の無力さに嫌になる。


「やれやれ、愉快なコミュケーションをとってやったのにこれだよ」

「さっさと殺しちまおうぜこいつら」

「そうするか、悪魔がもうお前らに死んでほしいってよ。じゃああば……」

「おれ達を殺しても良いがイガリさんは殺さないでくれ」


お別れの挨拶をした、つもりだったが途中で遮られた。

こいつは首まで固定されて身動きはできない、だが眼だけで訴えかけていた。

本気だ、死んでも良いと思っている。イガリの為ならば。


「イガリさんはあんたを完全に信じている、だからあんたを野放しにする訳にはいかなかった」

「えぇ! その通り信じることが何よりも重要なのですよ!」

「俺を殺そうとする奴なんか信じるわけねーだろ」

「巻き込まれた人々には申し訳ないと思うが、イガリさんの命が最優先事項だ」

「そーかい、ならあの世まで詫びに向かってくれ」


ネイルハンマーを呼び出し、振り上げた。






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