第4話 悪魔の契約

「決断はええな、もっと色々聞いてもいいんだぜ、悪魔との契約は慎重にだ!」

「どうせ聞いても巧妙に隠すんだろ」

「アマエチャンはその辺の悪魔と違って、しょうじきもんで通ってるぜ~」

「そーかい」

「うーん本当に聞きたいこと無さそうだな……」

「ないな」

「建前でもいいから、要求が欲しいとこだな。なんでもいい」

「世界を完璧に壊したいってのはどうだ」

「それは壮大でいいな、そんな案件は持ち帰っても上手くいきそうもないけど」

「じゃあいいわ」

「欲がないね……。でも覚えておくぞ。じゃあ、アマエチャンからも質問いいか」

「言ってみな」

「なんでハトなんか殺したんだ」

「殺せたから」

「コロセタカラ?」


悪魔には意味が通じなかったようだ。俺はかいつまんで説明してみた。


「子供の頃に近所の公園で殺したことがある。あいつら俺が近づいても全然逃げないから……。持ってた駄菓子をやったら素直に近づいてきた、そんで両手で捕まえて、その時になってようやくハトは暴れ出した。俺はその時何故だか思ったんだよ、今なら殺せるって、それでグッと首を絞めた。ハトは変な声をあげたあとにすぐに動かなくなって……。死体は花壇の隅っこに置いてきた。別に話題にもならなかったよ」

「ぎゃははははは!! やっぱおっさん、ヒーロー向きじゃねぇな!」

「分かってるよ、俺はそういうのに向いてないんだ。それでも、財布拾ったらネコババしないで交番に届けるし、酔っ払いが喧嘩してたら止めに入ったりもする。なんだろうな、機会さえあればヒトを救いたいと思ってるのかもしれん。正義の味方に憧れがあるのかもな、不思議だよな。だからこういう手段でしか方法はないんだ、これはおっさんなりの優しさだ」

「いいねぇ。いいと思うよアマエチャンは」

「そうかー?」

「そうだぜ」

「へへっ」

「それでおっさん、本当にアマエチャンと異世界転生の契約をするんだな?」

「するぞ」

「おっさんへの見返りは異世界転生者の能力を与える事だ。黒いオーラをまとったニンゲンを一人殺すたびにその報酬が支払われる」

「うむ」

「ああ、そうだ。もうひとついい話があるんだったわ」

「なんだ」

「異世界に送った奴の記憶も見れるようになる、そいつらがその世界でどんな生活を送ったのかをまぁ大体見れるぜ。おっさんの夢に出てくる」

「そりゃあいいな、楽しみが増えたよ」

「だがその代わりおっさんはヒトゴロシになる」

「俺も悪魔の仲間入りって訳だ」

「そうだ、最後の確認だぜ。本当にやるんだな」

「やるとも、よくわからん契約書にサインしない主義は今日限りで撤回だ。俺達はチームだからな、個人主義ではやっていけない。会社と同じだ。積極的に理不尽を受け入れていくことにするぞ」

「おっさんが相棒で良かったよ」

「おい、照れるじゃねーか」


アマエチャンの上半身と言っていいのかは分からないがとにかくその部分が縦に長く伸びて俺の顔の辺りまでやってきてから、赤い風船みたいに膨らんで俺の顔面に張り付いた、熱い、凄まじい熱気だ。痛い痛い痛い。ぶくぶくと音が鳴る、火傷をしているのか、どうやら顔が溶かされている。ジワジワと皮膚が溶けていって、もはやそれは顔面の肉へと到達し消化されている。かきむしりたい衝動に駆られるが、我慢した。何故だかその方がいいと思った。


溶けている、蝶のサナギの中身の様に悪魔に包まれた俺の顔面だけが別の生物へと変わっていく。なんだろうこれは、心地いいと言える。我慢している内に痛みが引いて行き、むしろ丁度いい温度だと感じて来た。どうやら俺は生まれ変わったのだ。ベリベリと音がする、顔面に張り付いた悪魔が俺から離れていく音らしい。俺から離れ、元のペットボトルサイズに戻った赤い悪魔が言った。


「契約完了。これでおっさんも黒いニンゲンが見えるようになったぜ」

「そうか、もういっこ聞いてもいいか」

「おう、なんだ」

「俺の顔はイケメンになったか?」

「いや、前のハゲ気味でほうれい線の深いおっさんフェイスのままだぜ」

「そりゃ残念だ」

「気にすんなって」

「じゃあ、ヒトゴロシを始めよう」



【第一の能力 停止空間】



俺達は公園を離れ駅前まで移動した。ヒトが多い方がターゲットが見つかりやすいとの有難いアドバイスを赤い悪魔から受けたからだ。昼時近くになり、ランチタイムのサラリーマンから買い物の主婦まで幅広い層の人々が集まってきてはいるのだが黒いニンゲンはどこにも見当たらない。


「本当に見える様になったのか? どれも普通のヒトにみえるんだが」

「そんな簡単に見つかったら苦労はねーよ、それにな黒いニンゲンは生まれてからずっと黒い訳じゃあねぇ」

「あん?」

「タイミングってもんがある、その時がくるまではフツーのニンゲンなんだ」

「その時ってのはいつなんだ」

「わかんねー」

「なんだよ、じゃあ見つかるまで徘徊しないといけないのか」

「おう、徘徊おっさんとして頑張ってくれたまえ」

「目標が分からないとは嫌な営業だねぇ……。昼飯でも食いながらのんびり探すか」


俺はマックに入り、二階のガラス窓側のカウンター席でポテトをつまみながら街ゆく人々をさらに監視した。だが、残念な事に街は平和そのものだった。なにせどちらかと言えば平和を乱す側なのは俺こと悪魔のおっさんだからだ。アマエチャンがテーブルの上でカタツムリを食らうマイマイカブリのごとくポテトのケースに頭を突っ込み、俺のポテトに食らいついている為にその数は勝手にガンガン減っていくし店内も騒がしい、学生や家族連れで賑わっている。中々集中し辛い空間だなここは。こういう時こそ音を遮断する能力をさっそく使ってもいいのかもしれない。


「おい、ポテト喰い虫」

「あぁ? アマエチャンか?」

「音を遮断する能力を使いたいんだが、どうすりゃいいんですかね」

「使いたいと念じろ、それだけだ」

「ふぅん」


言われたままに念じると視界中に灰色の空間が広がり無音の世界に変わる、若いサラリーマンが飲み終わったコーラの氷を捨てる動作で停止していて、その氷も空中に固定されている。時が止まっている、子供もバーガーを喰う途中で完全停止している。動いているのはポテトを喰う赤い悪魔と俺だけだった。立ち上がり歩きまわってみようと思い、一階まで降りて行こうとしたのだが見えない壁があるみたいで全然進めない。停止している人間にも触れることが出来ない、謎のチカラに包まれているような感じがする。


「あんだこりゃ」

「停止空間は限定的な能力だよ、近くまでしか移動できねぇ。停止したままどこまでも遠くにいくのは無理だぜ。まぁワンルーム程度が精々だな」

「ワンルームと言っても広さは様々だろ」

「悪魔の用意する魔法に正確な数字なんてでねーよ。なんとなくの値だ」

「人間にも触れないのはなんなんだ」

「触れるのは殺す対象だけだぜ、まぁそいつはハトみたいに動き出すけど。物体は自分のもの以外は固定されてるから持ち上げたりすんのも無理だな」


なんだその中途半端な能力は。周りの時間まで止まってしまうのだから、このチカラは監視作業には向いていない。ウォーリーを見つけるのには役立つかもしれないが……。干渉できないんではパンツを覗く位しか出来ない。時間を止めて一番にやりたいことは派手な銀行強盗だったがそれも無理らしい、微妙すぎる力だ。俺が念じて能力を解除すると、再び世界には音が戻ってくる。雑談、出入りする客の足音、食事音、改めて考えると世の中は音で満ちている。それらの音に交じり、懐かしいメロディーが流れて来た、俺が高校生の頃によくみていたアニメのオープニング曲だった。


隣の席の丸眼鏡をかけたマッシュルームヘアーの男子高校生がスマホでそのアニメを見ていた、昔の時代のアニメを現代の子供が見ていると奇妙な気分になる。俺の時代の感覚で言えば大昔のアニメなどテレビのなつかし特集くらいでしか目にしない存在だった。存在を知ってはいても実際に視聴する機会などなかった訳で……。時代は変わったな、やはり俺はもう若くない。そんな考えをしながら少年の横顔を見ていると視線が合ってしまった、とても気まずい。


「それ、二十年以上前のアニメだろ。好きなのか」


俺から少年への会話の先制ジャブだ。

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