第1112話 おじさん廃神殿の中で新たなるものを見つける
廃都ン・デストの古い神殿である。
おじさんとハサン老たちは、一通り回ってみた。
半ば朽ちている、とは言っても色々と見るべきところはあったと思う。
特にハサン老からすれば、新しい発見があったようだ。
「……さて、トリちゃん」
『むぅ……なんだか嫌な予感がするが、聞いてみよう』
「イヤですわ。そんな大したことはしませんわ」
ただ、とおじさんは付け加える。
「ちょおっと時戻しの魔法を使ってみませんか?」
『あれはむやみやたらと使うものではない、と言ったはずだが』
「それはもう今さらというものです。それに知りたくはありませんか? この古い時代の神殿。その往時の姿を」
興味がでてきたのである。
『ぐぬぬ……また知的好奇心をくすぐるようなことを』
「リー様。今、時戻しの魔法と聞こえましたが……」
ハサン老が目を丸くしている。
既に逸失した魔法だ。
半ば伝説とも言っても過言ではない。
そんな魔法が使える?
『時戻しの魔法など主にとれば、さほど難しい魔法ではないのでな』
トリスメギストスがなぜか自慢する。
ふむ、とハサン老は頷いた。
「是非、是非ともお願いしたい」
「……ということです。ここはやはり興味の赴くままにいきましょう。幸いにして、わたくしたち以外の人はいませんので」
侍女が実力行使で追い払ったから。
ふぅと息を吐くトリスメギストスだ。
『よかろう。我が制御をする。時代をかなり戻す必要があるからな』
「いいですわね。では、外にでましょうか」
話は決まりだ、と言わんばかりにおじさんが足を進める。
古い神殿の外には遠巻きに人がいた。
ならず者たちだ。
ただし、今回は騒いでいない。
いったい何をするのか、と野次馬根性で集まってきたのだ。
「観客がいますが……まぁいいでしょう」
拡声の魔法を使って、おじさんは言う。
「あなたたち、見る分には構いませんが、近づいてはいけませんわよ」
野太い声で、はーいと返ってくる。
ちょっと馴染んできたようだ。
「では、いきますわよ!」
おじさんが両手をパンと合わせる。
「トリちゃん」
『任せよ!』
はいやーと魔法を発動するおじさんだ。
神殿がきらきらとした光に包まれる。
そして――神殿が復活した。
朽ちていた神殿が、その往時の姿を取り戻したのである。
ドーム状の天蓋。
それは鮮やかな瑠璃色に塗られていた。
白亜の壁や柱と合わさると、なかなか壮観である。
ならず者たちが、おお、と声をあげていた。
感心したといったところだろうか。
「これは思っていたよりも立派ですわね」
『うむ……良い感じであるな』
「中に入りましょう」
おじさんたちは蘇った神殿に足を踏み入れる。
「おお……」
ハサン老は思わず、声をだしていた。
天井のドームには絵が描かれていたのだから。
恐らくは十二ノ大神にまつわるものだ。
それに創造神。
写実的な絵である。
おじさんも見惚れるほどだ。
加えて、中央部分には神像まで復活していた。
石造りの祭壇があり、ぐるりと取り囲むような形で神像が配置されている。
「これは古い様式の配置ですな。ふむぅ……」
ハサン老は少し目を潤ませていた。
なんだったら声もうわずっている。
感動しているのだろう。
「トリちゃん! ひょっとして」
そうした感傷にひたるよりも、おじさんは気づいてしまったのだ。
『ああ――主よ、よく気づいたな』
おじさんとトリスメギストス。
ずんずんと進んで、祭壇へと至る。
「……お嬢様?」
侍女が不思議に思って声をかけた。
「ハサン老! こちらへ」
少し慌てた声でおじさんが呼ぶ。
その声につられるように、ハサン老も足を向けた。
「なにかありましたかな?」
「この祭壇、仕掛けがしてありますわよ」
「退かしますか?」
侍女が言う。
が、首を横に振るおじさんだ。
祭壇の側面にある出っ張り。
おじさん的にはガソリンスタンドにある静電気除去シートみたいな形だ。
そこに触れて、魔力を流す。
「むぅ……これはただ流すだけではいけませんわね」
おじさんは感じ取っていた。
なんというか魔力の流れが迷路のようになっている感じなのだ。
「こんな感じですかね」
それは精緻な魔力の操作だった。
迷路を進んでいくような感覚で魔力を流す。
「できました!」
ゴールに到達したという感覚があったのだ。
数瞬遅れて、ゴゴゴと音を立てて祭壇が左右に分かれていく。
いや、上部がずれていくといった方が正しいか。
ずれていった祭壇。
どしん、と上部が床に落ちた。
「はあ……これはなんとも」
おじさんも目を丸くしていた。
祭壇の内部には魔法陣が描かれていたのだから。
「お嬢様、ものすごい発見をしているのでは?」
「まぁものすごいかはさておき、失われたかつての文明の謎ではありますわね」
冷静を装ってはいるが、おじさんはワクワクしていた。
『主よ、気づいておるな?』
「もちろんですわ。転移陣ですわね、これ」
おじさんと使い魔の会話にハサン老が声をあげた。
「なんと!」
「サイラカーヤ、ちょっと表の人たちにしばらく近づくなと改めて警告してきてくださいな」
畏まりました、と侍女がすぐに動いた。
人を入れない方がいい。
そう、判断したのだ。
『主よ、どうする?』
「さて、どうしましょうかね」
神殿にあったことから考えれば、危険性は低いかもしれない。
ただ、危険がないとは言い切れない。
だって、そもそも繋がっている先の転移陣が機能しているとは言い切れないから。
「……転移陣を起動したい気持ちがないと言えば嘘になりますわね」
ただ、おじさんだって危険性があるくらいは理解しているのだ。
だから蛮族たちのように、無鉄砲に動く気はない。
『まぁまずは……』
トリスメギストスがふよふよと転移陣の真上へ移動する。
で、なにやら調べている雰囲気だ。
『主よ、とりあえず転移陣そのものは起動できそうだな。向こう側がどこに繋がっているのかはわからん』
「……誰かに行ってもらうのがいちばんいいのですが……」
誰を呼ぶか、と考えるおじさんだ。
バベルにランニコールのどちらでもいい。
彼らならどんなことがあっても帰還できるだろうから。
「なら、わらわが行こう!」
ずずず、と床から姿を見せたのはオクターナであった。
ついでにケルシーもいる。
その腕に抱かれて。
すっかりペット枠に収まったようだ。
うまうま、となにかを食べている。
「リー! 色々もらった!」
ぴょんと飛び降りるケルシーだ。
おじさんの周りをぐるぐるまわりながら報告している。
「そうですか、よかったですわね」
なんとなくケルシーの頭をなでるおじさんであった。
「うん!」
元気な蛮族である。
そして、オクターナを見るおじさんだ。
「なに、わらわならば何の問題もあるまいて」
かかか、と笑うオクターナである。
彼女もまた古き魔神だ。
なにがあっても問題ないという自信があるのだろう。
「いっしょに行く!」
言うだろうな、と思っていたおじさんだ。
だから、ケルシーを捕まえる。
「ケルシーの出番はもう少し後ですわね」
「なんでさー」
「ケルシーはガーディアンなのでしょう? だったら、どしんと構えて、皆を守らないといけませんわよね?」
わははは、と笑うケルシーだ。
「そう! ガーディアンのケルシーだった。忘れてた!」
「仕方ありませんわね」
おほほほ、と笑うおじさんだ。
わはははは、とケルシーも笑っている。
蛮族で良かったと思うおじさんであった。
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