第379話 おじさん念願のスニーカーを開発する


 タオティエのあしらい方講座を開いたおじさんである。

 結局は家族の全員が体験することになったが、意外と好評に終わったのだ。

 特に男性陣が体験した後に興奮を隠さなかった。

 

 ある意味でこれまでとはちがう戦闘のスタイルに触れることができたからである。

 そして、最も喜んでいたのはタオティエだった。


 何度もクルクルと回って、空を飛んだのが楽しかったらしい。

 満足しきったタオティエは昨夜の内に迷宮へと帰っていった。


 そんな体験講座の翌日のことである。

 おじさんは平常運転であった。

 

 朝食の前に侍女と軽く身体を動かす。

 日に日に身体がなじんでいく。

 

 おじさんの感覚的にちょっと持て余すくらいだ。

 どうにも絶好調すぎるのが怖いくらいであった。

 

 肉体と魔力。

 それらが溶けて、混ざって、生まれ変わっていく。

 より深く、よりしなやかに、より強靱に。

 

 数日ぶりの公爵家邸の朝食に舌鼓を打ち、食後はサロンへと移動する。

 いつものごとくお茶を楽しみ、おじさんは立ち上がった。

 

「お母様! わたくし、実験室にこもりますわ!」


 おじさんにはやりたいことがいくつもあった。

 その中でも最優先なのが、スニーカー作りである。

 ラバテクスを入手した今、おじさんは張り切っていた。

 

 スニーカーを作る。

 そのことに対して、随分と遠回りしたものだ。

 だが、目的のアイテムは入手した。

 

 後は作るだけである。

 

 そこでふと立ち止まるおじさんだ。

 ゴムってものすごく用途が広いのでは、と。


 おじさんにとっては靴底の部分を作りたいだけであった。

 だが、前世では身近な品の多くにゴムが使われていたわけだ。

 そのことをふと思いだしたのである。

 

「ん? どうしたのリーちゃん?」


 立ち上がったまま、ブツブツと何事かを呟くおじさん。

 さすがにちょっと心配になった母親である。

 だが、おじさんは反応しない。

 

「リーちゃん! リーちゃん!」


 何度か呼んで、ようやく気づくおじさんだ。

 

「……あのエルフの二人みたいになってない? デンパジュシンチュウとか言わないでよ」


 苦笑交じりの母親である。

 当たらずとも遠からずだと言えるだろう。

 おじさんは色々と前世の記憶を探っていたのだから。

 

「……ドクデンパジュシンチュウ」


 ちょっと悪乗りするおじさんである。

 あははは、なにそれと快活に笑う母親であった。

 

「では、失礼いたしますわ。お母様」


 にっこりと微笑んでおじさんは踵を返す。

 やることはたくさんある。

 

 うっすらと青みがかった髪を靡かせ歩く。

 侍女は見た。

 おじさんの背中からやる気がみなぎっているのを。

 

「リーちゃん、ほどほどにね」


 母親の声に振り向かず、手の平をヒラヒラとさせるおじさんであった。

 

 公爵家タウンハウスの地下にある実験室。


「さて、やりますか! トリちゃん!」


 おじさんが使い魔を喚ぶ。

 

「トリちゃん、ラバテクスの素材を使って色々と作りますわよ」


『ううん、何を作る気なのだ?』


「色々は色々ですわ!」


 話しながらも宝珠次元庫から素材をドサドサと取りだすおじさんである。

 イトパルサでも大量の素材を仕入れていたのだ。


 これでできることが増える。

 と言うか、実験室内にも素材は山とあるのだ。

 

「いきますわよー」


 おじさんが最初に行いたいのは、天然ゴムに対する加硫である。

 天然ゴムの弾性を増すために行なうものだ。

 硫黄ならタルタラッカの温泉開発で嫌というほど蓄えてある。

 

 後は錬成魔法によって、どの程度の調整を行なうのかだ。

 その割合を探るためにおじさんは錬成魔法を使っていく。

 

「?!」


 おじさんは驚いてしまう。

 これまで以上に魔力の操作がスムーズにいく。

 やはり馴染んでいるのだろうか。

 

 ポンポコポンポコとゴムができあがっていく。

 

『んー主よ……』


「なんですの、トリちゃん」


『……精度が上がっておるな』


「わかりますか」


『うむ。なんと言うか……もうバケモ』


「トリちゃん!」


『ちょっと言葉が乱暴であったな。うん、だが他に適切な例えがない。だからやっぱりバケ……』


 おじさんは、そっと使い魔を送還した。

 せっかくの良い気分が台なしである。

 

「さ、気分を取りなおしていきますわ!」


 先ほどまでの魔法でどの程度のゴムができるのかは理解できた。

 一般的なゴムと言われる薄茶色の物からエボナイトまで。

 

 おじさんが錬成魔法を発動する。

 そして、できあがったのがスニーカーだ。


 帆布をメインにしたアッパー。

 それにゴムを使ったソール。

 

 うん。

 スニーカーだ。

 どこからどう見ても、タウンユースするためのスニーカーである。

 

「やりましたわ!」


 色もデザインもおじさんが前世で見た物とほぼ同じ。

 実際に履いてみると、履き心地もいい。

 しっかりと柔軟性のある素材が足裏にフィットする。

 

 はた、とそこで気づくおじさんだ。

 これは靴下も必要ですわね、と。

 

 おじさんの開発魂に火が点いてしまった。

 そこからはもう無双の始まりである。

 

 おじさんがあれやこれやと作りだしていく。

 側付きの侍女ですら、もう白目をむく勢いだ。


『こりゃー! 主よ!』


「やっとでてきましたの」


『主がやったのだろうが!』


 そうなのだ。

 おじさん、使い魔が勝手に出てこれないような結界を張ったのである。

 

「しりませんわー」


 ふんふん、と鼻歌交じりのおじさんであった。

 

「お嬢様」


 正気に戻った側付きの侍女が声をかける。


「どうかしましたか?」


「ちょっとやりすぎですわ」


 見れば、空間を拡張された実験室のあちこちに完成品があふれている。

 ちょっとだけ冷静になったおじさんは言った。

 

「てへっ!」


 小首を傾げて、片目はウィンク。

 開いている目の前で小さくピースサインをして、かわいく舌をだす。

 その余りにも見事なてへぺろに、侍女は思わず膝の力が抜け四つんばいになるのであった。

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