第191話 おじさんアイドルとして覚醒する


 おじさんの中二心から、とんだことになってしまった。

 侍女が目をハートマークにしている。


“なにやってんですか?”的な反応を期待していたのに。

 思っていたのとちがう結果になってしまった。

 

「冗談ですわよ」


 軽くいなしてみるが、侍女の方はまだ頭に血が上っているようだ。

 なので、“てい”と軽く手刀を入れるおじさんであった。

 

「はう! あれ? お嬢様?」


「正気に戻りましたか?」


 おじさんの言葉に目をパチクリとする侍女だ。

 そんな侍女をサロンから追いだして、しばらく誰も入らないようにしてもらう。

 その上で遮音結界まで張って、おじさんは魔楽器を手に取った。


「さて、なにを演奏しましょうか?」


 おじさんは記憶を探りながら、思いつく曲を頭の中にならべていく。

 最初はやっぱりあの曲からいくか。

 そう思ったおじさんはシンシャを前に、ひとつずつの楽器を手に取って演奏していく。

 

 やっていることは、デスクトップミュージックのようなものだ。

 パソコンの代わりをシンシャがしてくれる。

 

 すべての楽曲を演奏し終えたところで、シンシャに再生してもらう。

 パソコンよりも融通がきくシンシャは、ばっちりタイミングまで合わせてくれる。

 おじさんが思っていたよりも、いいデキになっていた。

 

 これならいける、と踏んだおじさんは合わせて歌もうたってみる。

 久しぶりだったのだが、聞きこんだ曲は覚えているものだ。


 これはマイクも作っておく方がいいかと、錬成しておく。

 何度か練習をして、おじさんは納得した。

 

 そして思ったのだ。

 どうせやるのなら徹底的に、と。

 ふんす、と鼻息を荒くして、おじさんは魔法を使う。

 

 光球を作り、明かりの魔道具を停止する。

 これだけでも随分と雰囲気がでた。

 さらにちょっとした舞台を作ってから、遮音結界をとく。

 魔法を使ってドアを開けると、人の数が増えていた。

 

 どうやら思っていたよりも、時間が経過していたらしい。

 侍女たちが集まっている。

 

「お嬢様、入ってもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ。全員が入ったら遮音結界を張ってくださいな」


「承知しました」


 侍女たちが数名、サロンの中に入ってくる。

 

「じゃあお披露目してみましょうか」


 おじさんはマイクを手にして、シンシャに目線を送る。

 最初はギターの切ない音にあわせて、おじさんが情感たっぷりに唄う。


 しっとりとした演奏と、おじさんの歌声に涙する侍女もいる。

 イントロが終わったところで、短いブレイクが入る。

 おじさんはニコッと笑顔をみせてから、目いっぱいのシャウトをした。

 

「べにだあああああ!」


 その直後に爆音が鳴り響く。

 ギター、ベース、ドラム。

 

 この世界においては初となるであろうメタルである。

 最初はとまどっていた侍女たちだが、何かに突き動かされるように身体が揺れ動く。

 

 その様子を見て、おじさんも笑顔になった。

 

「いくぞー!」


 Aメロ、Bメロ、サビと進むにつれて侍女たちが盛り上がる。

 そしておじさん入魂のギターソロだ。

 

「お嬢様、ステキぃいいいいいいいいい!」


 侍女から声がかかった。

 一曲目の演奏が終わり、おじさんがマイクを手にとる。

 

「ネクソーン、ロージッ」


 すぐさまに次の曲のイントロがシンシャから流れる。


「とばしていくぞー!」


 おじさんが曲間で煽った。

 応えるように、悲鳴のような侍女たちの叫びがサロンに響く。


「ががってごぉい!」


 教えてもいないのにヘドバンをする侍女たち。

 もはや、そこは小規模なライブハウスであった。


 これまでおじさんは本邸の侍女たちの縁が薄かったのだ。

 しかしこの一瞬で、完全に心を掴んでしまった。

 侍女たちのおじさんを見る目が変わったのである。

 

 おじさんリサイタルは五曲ほどで終わりを告げた。

 その瞬間、侍女たちは真っ白に燃え尽きたかと錯覚するほどの疲労があったのだ。

 しかし悪く感じた者はいない。

 

 胸の中を満たすのは、ただただ満足感である。

 本音を言えば、もう少しこの空間にひたっていたかった。

 

 静かな中で音楽に浸るのもいい。

 だが、激しい音にあわせて身体を動かし、声をだすのもいいものだ

 そうした新しい体験に、侍女たちは感動したのである。

 

「本日はこれで終わりですわ」


 おじさんも満足したのだろう。

 満面の笑みで侍女たちに告げる。

 

「楽しめましたか?」


 おじさんの問いに侍女たちは大きく頷いた。

 そして誰からともなく、片膝をつく。

 

「素晴らしい演奏をありがとうございました」


“ありがとうございました”と声が続く。


「僭越ながら、お嬢様」


 おじさん付きの侍女が口を開く。

 

「この新しい音楽は活力を与えてくれます。民たちにも公開されるのでしょうか?」


 はて、とおじさんは首をかしげる。

 そんなことは考えていなかったのだ。

 とにかく楽しめればよかっただけである。

 

 そういう話になるとは考えていなかった。

 

「それは……お祖母様の案件ですわね」


 ということで丸投げすることにする。

 後にこの世界で初となるアイドルが誕生したと言われる場面であった。

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