第189話 おじさん閑居して不善を為す
競馬場でのレースは盛り上がった。
単勝のみというシンプルな賭け方がわかりやすかったのだろう。
予想していた以上の収益をあげ、祖母はホクホクとしたえびす顔であった。
ちなみに自分の領地への帰路にあった赤髪の女領主が後にこのことを知って叫んだそうだ。
“私も出走したかったぞお!”と。
今のところ騎士団の負担も考え、隔週開催になっている。
しかし、予想以上の反響があったことから色々と調整をするようだ。
おじさんはと言えば、少しまったりとした時間を過ごしていた。
なにせお披露目会で気を張ってしまったのだ。
その反動がきていた。
特に大きかったのは、おじさんが記憶を取り戻してからの懸案だった王太子の件だ。
まさか婚約破棄にまで話が及ぶとは思っていなかった。
いや、なってくれたらいいなぁという思いはあったのだ。
だが既に公にされた婚約を破棄するのはかんたんではない。
婚約者相手に決闘を申しこむという暴挙まであったのだ。
それを理由にすれば、婚約を破棄できる可能性は非常に高い。
ただその理由を公表するわけにはいかない。
すれば王太子の評判が落ちる。
その辺はどうしたって王家と調整が必要だろう。
また王太子の次の婚約者が誰になるのか。
その辺の問題点も大きなものだ。
だが
長かった。
おじさんにとっては長かったのだ。
一時期は王太子の尊厳を奪い、男としてダメにしようかとも考えていた。
だがその必要もなくなったのである。
あとは結婚のことは、当分考えたくないとでも言えばいい。
そんな安心からか、おじさんは
今日もサロンにて膝上のシンシャを撫でながら、お茶を飲む始末である。
なにかとじゃれついてくる弟妹たちもいない。
公爵家の本邸でもお勉強は続いているからだ。
シンシャはと言えば、身体を伸ばして読書台のようになっている。
おじさんが一声かけると、ページも捲ってくれたりするのだ。
ソファにゆったりと座り、フットレストまで使っているおじさんである。
そんなだらけた姿も美しいと思う侍女は重症だろうか。
いや、そんなことはない。
よく訓練されているだけなのだ。
おじさんはボケッとしながら音楽が聴きたいなぁと思っていた。
アメスベルダ王国内においては複数の楽団が存在している。
だがちょっと音楽を聴きたいなぁだけで、楽団を呼ぶのも仰々しいと感じる。
貴族ならそれくらいしてもいいのかもしれないが、おじさんは小心者なのだ。
「音楽、音楽……ですわ」
お利口さんなシンシャを見ていて、おじさんは不意に閃いた。
魔道具というよりも、擬似的な魔法生物を使えば自動演奏ができるのでは、と。
いや、そもそもシンシャが真似をしてくれるかもしれない。
おじさん、ついいつものように立ち上がってしまった。
そして侍女に言う。
「バイオリンを持ってきてくださいな」
おじさんは貴族令嬢の
令嬢の心得(極)のお陰である。
その中で最も得意としているのがバイオリンなのだ。
「ただいまお持ちします!」
弾かれたように動く侍女であった。
おじさんの楽器演奏は貴重である。
もっぱら魔道具の開発や魔法関連に偏ってしまっていたから。
だが、王都のタウンハウスで働く侍女たちは知っている。
おじさんの演奏の腕前を。
久しぶりに聞けるとなって、張り切ってしまっても無理はない。
戻ってきた侍女から、バイオリンをうけとる。
セッティングをして、おじさんはバイオリンを構えた。
この国ではいわゆるクラシック音楽のようなものがある。
それはそれで楽しいものだ。
だがおじさんにとっては、ゲーム音楽の方が馴染みがあった。
課題曲を弾けるようになると、おじさんは記憶にあるゲーム音楽を再現していたのだ。
それがまたクラシック調とは異なることで、侍女たちも気に入っていた。
「お嬢様、恐れ多いのですが、四天貴族との戦いをお願いしてもよろしいでしょうか」
「かまいませんわよ」
軽く指をならすための演奏をしてから、おじさんは快く了承した。
イントロから本気で弾くおじさんである。
もちろんシンシャに覚えてもらうのを忘れていない。
「次は大橋の決戦をお願いします!」
リクエストに応えていくおじさんである。
一通り弾き終わったおじさんは、シンシャに再現をお願いしてみる。
すると、一曲目からきちんと再生してくれたのだ。
しかも五体揃って。
ここでおじさんは閃いてしまった。
一体ずつ別の楽器の演奏を覚えさせて重ねたら、バンドみたいなことができるのでは、と。
そこでおじさんの好奇心が火を吹いたのである。
「これは楽しくなってきましたわね!」
小人閑居して不善を為す。
君子たる者、独りのときの慎みこそが大事なのだ。
まだおじさんが君子になるには早いようである。
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