第173話 おじさん炭酸泉の有用性を説く


「フレメア様! 問題ありませんわ、これは地下水のようです」


 うっかり炭酸泉を掘り当ててしまったおじさんである。

 また小言をもらいそうな雰囲気を感じたので、さっさと話題を振ることにしたのだ。

 

「地下水? ってことは、リー!」


 ヤバい……とおじさんは思う。

 おじさんだって知らなかったのだ。

 こんなに影響がでるなんて。

 初めて使った魔法なのだもの。


「ただの地下水ではないのです!」


「なにい?」

 

「フレメア様、お水をすくってみてくださいな」


 おじさんの言われるがままに、噴き上げる水をすくってみる女傑である。

 

「なんだこれ? 泡? しゅわしゅわしてる」


「こういうお水を炭酸水と言うのですわ!」


 おじさんの言葉にフレメアが、ヤレヤレといったポーズをとった。

 

「リー、アタシにはさっぱりだ。わかるように言ってくれないかい」


「そうですわね。かんたんに言うと、この大気に含まれる成分が水の中に溶けたものですの。しゅわしゅわってするのもそのせいですわ」


 わかったのか、わからなかったのか。

 フレメアは“ほおん”とだけ言葉を発した。

 

「フレメア様、このお水は特産品になりますのよ」


「なんだってー!」


 フレメアはガシッとおじさんの肩を掴む。

 

「詳しく。その話を詳しく聞かせてちょうだい!」


 港町アルテ・ラテンは公爵家領の中でも裕福な町である。

 港の使用料に加えて、商業都市としての側面もあるためだ。

 しかし領主としては町の強みなど、いくらあっても困らないのである。

 

 先ほどの戦闘よりも真剣な顔つきになったフレメア。

 話をそらすことに成功したおじさんは、しめしめと考えるのであった。

 

「飲み過ぎるのはよくありませんが、適量を飲むのなら健康に良いとされますの」


“さらに”と、おじさんは畳みかける。


「お料理に使うとお肉が柔らかくなる効果も期待できますわね」


「ま、魔法の水じゃないか!」


「そこまで万能ではありませんが、特産品としては十分に使えますわね!」


 炭酸水といえば、おじさんの知識では美容分野で使われていたのを知っている。

 そこは敢えて黙っていたのだ。

 面倒なことになると考えたからである。

 この美容については、祖母に丸投げしようと考えるおじさんなのであった。

 

「少し試してみましょうか?」


 宝珠次元庫からコップを取りだして、おじさんは噴き上がる炭酸水を汲む。


「このまま飲んでみてくださいな」


「……大丈夫なのかい?」


知性ある神遺物インテリジェンス・アーティファクトたる我が保証しよう』


「……リーの使い魔かい?」


『然様である。万象ノ文殿ヘブンズ・ライブラリーのトリスメギストスだ』


 宙を浮く総革張りの本に対して、目を細めつつ女傑は言う。

 

「なぁ……リー。アンタ、何者なんだい?」


「そんなことを聞かれてもわかりませんわ!」


 ふっと息を吐いて、女傑は笑った。

 

「なんだか馬鹿らしくなった」


 そこでコップの水を一気に含むフレメアであった。

 次の瞬間。

 ぶふうと水を吐きだす。

 

「ゲホッゲホッ。なんだこれ、口の中で爆発したじゃないか!」


 ニヤリと笑って、おじさんは言った。

 

「それが炭酸水の醍醐味ですわ!」


 そこでおじさんも新しいコップに水を汲んで含んでみる。

 微炭酸ほど弱くなく、強炭酸ほどではない。

 おじさんからすれば馴染みのある強さであった。


『主よ、この湧出量から考えれば、二~三日もあればその大穴を満たすはずだ』


「ということですわ、フレメア様」


「そのまま飲むというのは、馴染むまでに時間がかかるな」


「少し飲みやすくいたしましょうか?」


 おじさんは宝珠次元庫から砂糖とレモンを取りだす。

 ササッと錬成魔法を使って、レモンシロップを作ってしまう。

 本来ならジンジャエールを作りたいおじさんなのだ。

 

 しかし本格的なジンジャエールは好みがわかれる。

 そこでレモンスカッシュを作ったのだ。

 清涼な香りがあり、甘みも強いので飲みやすい。

 

「どうぞ、こちらを試してみてくださいな」


 おじさんから受けとったコップに、恐る恐る口をつける女傑であった。

 

「ああ! これはいいね!」


 思わず、にっこりと微笑んでしまうフレメアだ。

 

「ところでリー」


“なんですの”とおじさんもレモンスカッシュを楽しみつつ返事をする。


「あの魔法のことはハリエット様に報告するからね」


 左の掌を上にして、顔をしかめる。

 そして舌をかわいくだす。

 ろくでなしのおじさんブルースなのであった。

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