第112話 おじさん薔薇乙女十字団を心配する


 薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツの部室に入る。

 

「ごきげんよう」


 おじさんが声をかけると、ピタリと御令嬢たちの談笑がとまった。

 

「本日もよろしくお願いしますわ、リー様」


 まるで合唱のように、声がピタリと合う。

 どこかで練習でもしているのだろうか。

 そんなことを疑問に思いながら、おじさんはいつものお誕生日席に座った。

 パトリーシア嬢もおじさんの隣に腰掛けている。

 

「あれ? 今日はアリィがいないの?」


 疑問を口にしたのは聖女であった。

 

「本日は家の用事で不参加なのです!」


 パトリーシア嬢がいつものように返答する。

“仕方ないわね”と聖女も頷いたところで、おじさんが話を切りだす。


「では、本日の活動……いえ先にお聞きしておきたいことがあります。皆さんは試験対策は大丈夫ですの?」


 おじさんの一言で、部室の温度が少し下がったようである。

 どうやら聞いてみれば、御令嬢たちは精霊育成にドハマリしたそうだ。

 そのせいかどうにも勉学が疎かになっているとのことである。

 

 おじさんからすれば、そうなるよなぁという思いだ。

 あまり娯楽というものに触れてこなかった御令嬢たちである。

 例えばペットを育てるなんて経験もないはずだ。

 もちろんおじさんもない。

 

 そういうのは使用人たちの仕事でもあるからだ。

 なので育成ゲーム的なものにドハマリしたのである。

 

「あの……リー様」


 御令嬢たちの取りまとめ役の一人が声をあげた。

 

「私たち実技試験については自信がありますの。リー様にご指導いただいた点も毎日練習していますから。うちの魔法師たちからもお墨付きをいただいていますわ。ですが……」


 と口ごもる。

 

「仕方ないわね! 全員まとめて面倒見てあげるわ!」


 フフンと鼻を鳴らしながら、聖女が先に言葉を綴った。

 

「エーリカは学科試験に自信がありますの?」


「え?」


 聖女がおじさんの問いにきょとんとする。


「え?」


 その顔を見たおじさんもきょとんとした。

 

「なに言ってるのよ! 困ったときはリーがいるじゃない!」


「そうなのです! リーお姉さまがいるのです!」


「パティも自信がないのですか?」


「アルルとつい一緒に遊んじゃうのです!」


 パトリーシア嬢の使い魔である。

 アルラウネ的な植物を操る幼女精霊のことだ。

 

 おじさん、ちょっと不安になってきてしまった。

 この調子だとアルベルタ嬢も不安なのかと思ってしまう。

 いやデキる御令嬢なのだ、彼女は。

 

「ではこの中で学科試験に自信があるという人は挙手をお願いしますわ」


 おじさんの問いに皆が下を見てしまう。

 それは誰一人、手をあげないということであった。

 

 おじさんは思わず天を仰いでしまう。

 育成ゲーム的な精霊を渡してしまったのは失敗だったのか。

 御令嬢たちに悪い影響を与えてしまったのかと思ったからだ。

 

 とは言えである。

 これでゲームを取りあげるなどをしたら暴動ものだろう。

 いや暴動が起こることはない。

 が、おじさん的には涙を流す御令嬢たちの絵が見えた。

 さすがにそれはちょっと見たくない。

 

 ただ、こればっかりは巧く付きあっていくしかないのだ。

 適当に自制しなければいけない。

 

「では皆で勉強会でも開きましょう」


 おじさんの提案に、わっと部室がわいた。

 

「ただし!」


 とおじさんが指を立てた。


「精霊の育成ばかりに気をとられていてはいけませんわ。わたくしからなにかすることはありませんが、その点は自重するようにしてくださいな」


 その言葉に顔が青くなってしまう御令嬢たちであった。

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