14. 異常

キティの担当を受け持って、更に1ヶ月が経過した。仕事上がりにキティの部屋に行くのも板について…板についたと言うか、半分一緒に住んでいるような状態だった。飯が出て、洗濯物もしてもらえて、不快指数のない会話が出来る。自室に戻る理由がもう寝るくらいしか残っていないし、たまに寝落ちしてるからいよいよ帰る理由に使うにも弱くなってきた。

「ハル~!聞いて聞いて~!」

仕事から帰ってきた俺をいつも通りに迎え入れると、キティが紙を持ってくる。

「なんだそれ」

「施設から卒業間近っていうお知らせだって~!あと半年見込みなんだって!数値が凄くいいらしいよ!」

そう言いながら彼女は重なっていたもう一枚を俺に自慢げに広げて見せた。

「じゃじゃん!ほらほら!ここの数値が100に近いほど人間なんだってさ!」

そう言われて、俺は紙を手に取る。数値の紙はどうやら定期検診によるものだ。

こんなに馬鹿そうなのに、キティが出した数値は確かにどれも80台以上を出している。ステータスはどれもアルファベットの略称でしか書かれていないので、何がどういう意味を持っているのか分からないが、とりあえず優秀であることは分かる。むしろ、俺より高いまであった。

俺の反応を楽しみにしているのか、名残程度に残ったネズミっぽい耳をピクピクと動かしながら彼女は俺を見上げていた。

「施設から出られたら、ハルと遊びに行きたいところ沢山あるんだ~!お洒落なカフェとか、カラオケも!あと、お花畑とか見てみたいし、海とか~…」

エドヴィンは過去にも卒業候補が存在したと言っていたが、少なくとも俺が把握する限りキティ以外の卒業候補なんて知らない。

過去にいたという卒業候補がどうなったかもよく分からんが、こうして人間直々に見込みを出されると、妙に現実味を帯びる。

「カフェもカラオケも施設の中にあんだろ。花畑はねえけどな」

本物の花なんて俺は見た事ないが、そんな興味を引くようなもんかね。

仮に施設の外に花畑があったとして、俺は施設の外には行けない。盛り上がってるとこに茶々入れても「え~!」だのなんだのうるせえだけだろうからなんも言わねえけど。

「カラオケってこの施設にあるの!?え~、行きたい!今度一緒に行こ~!」

「なんで歌うのにポイント払わなきゃなんねえんだよ、家で勝手に歌ってろ」

「そうじゃなくてハルの歌が聞きたいの~!もう自分だけで歌うの飽きた~!」

どうやら歌ってはいたらしい。これだけ娯楽に乏しいワンルームにずっと入れられていたら、それくらいはするのかもしれない。

「俺は歌わねーよ」

「ええ~!」

まあ音楽は好きだし家で1人で歌ったりはしてるが、好きこのんで人前で歌おうとはならねえからいい。鼻を鳴らす俺に、キティは相変わらず呑気な驚嘆の声を上げた。

「あっ、今日はハルの好きなハンバーガー作ったよ!ケチャップでデロデロにして、そのまましばらくラップかけて置いておいたから、ケチャップの湿気でべちゃべちゃになってると思う!」

「美味そう」

しかし、すぐに気を取り直したのか、キティが思い出したように手を叩く。字面だけ聞くと酷いが、喉の口が舌なめずりをした。これだけ毎晩ずっと俺の好きなメニューを作っていると、さすがに好みも把握出来るらしい。

部屋に上がり込むと、話通りにテーブルにはラップがかかった大きなハンバーガーが置かれている。隣の小ぶりなハンバーガーも同じくラップがかかっていたので、同じタイミングで作ったのだろう。

俺がソファに座るのを見届けてから、いつものようにキティが隣に座る。俺が後から座ると傾斜でキティが転がってしまうので、最近はずっとこんな感じだ。

「しなしなのパンって美味しいよね!」

「分かってんじゃねーか」

一緒にラップを取り払い、手を合わせる。こんな文化に触れることが、こんな長期的に続くとは思っていなかった。

ハンバーガーを食べていると、チラチラと目線だけでキティが俺を見たり、目を逸らしたりするのが目の端に映り込む。今日は妙にソワソワとしていて落ち着かない様子だ。

「んだよ、なんか言いてえことでもあんのか」

大体こういう時はキティが何か話しずらいことがあってタイミングを見計らっている時だ。キティはいつも重大発表みたいな雰囲気を出してくるが、大概は風呂が壊れて動かなくなったのを直して欲しいとか、施設内を歩きたいとか、大それた話ではない。

俺が訪ねると、焦ったようにキティは目を逸らしてから、顔を赤くしてもじもじとハンバーガーを見つめた。

「あっ、あのね…」

「トイレでも詰まったか」

「あ~、今朝詰まったんだけど、それは直したから大丈夫で…」

本当に詰まってたのか。トイレ関係だと多少は言いづらいのかもしれない。

「じゃあ、どこが壊れてんだよ。さっさと言え」

「壊れてない!ハルのことが好きって言いたかったの!」

珍しくキティが声を張り上げる。顔を真っ赤にして、目をギュッとつぶっている本人は、まるで判決を待っている罪人のようだ。

「は?それだけ?知ってるし」

やっぱり重大発表なんかじゃなかった。随分前からバレバレだ。俺の言葉に爆発しそうなほど顔を赤くしたままキティは顔を上げて、ただでさえ大きな瞳を丸くさせる。

「え~!?嘘だよ~!恋愛的に好きってお話だよ!?お付き合いして欲しいなってことだよ!?キティがハルにチューしても許されるってことになるんだよ!?」

「知ってる」

こいつの精神年齢が一体どれほどのものかよくわからんが、恋愛的に好かれてんだろうってのは見てりゃわかる。なんで俺に惹かれてんのかはわかんねえけど、あの勘違いがずっと続いているんだろう。

俺の反応にキティは両手で顔を押さえる。穴があったら入りたいっていう表現をそのまま体現しているように、彼女は膝に顔をうずめて丸くなった。

「やだ~、ハルが鋭すぎて恥ずかしい…もう死にたい」

「殺してやろうか」

「ハルになら殺されてもいい…」

こうして見ていると本当に馬鹿だなあ。コイツ、どんだけ俺のことが好きなんだよ。

「何がそんなにいいんだか」

「えっ、聞く?」

バッとキティが顔を上げる。めんどくさいような気もしつつ、興味はある。

「おー、話してみろよ」

「えっ、長いよ?大丈夫?」

やっぱりやめようかな。でもキティの目が爛々と輝いていて言い出しずらい。アニメオタクとかが人に何かを布教しようとする眼差しにちょっと似ている。

そんな俺の気持ちも知らずに、キティは手を広げて指を折りながら話し始める。

「厳しいけど、言うこと凄くまっとうだから恰好いいでしょ?言葉が乱暴なのに、実は面倒見がいいところとか凄くキュンキュンするし、ご飯になるとすぐにキティにお願いしてくるのも可愛いよね。あとね、喧嘩すると強いのと~…顔が好き!目が大きくて、口がいっぱいついてて賑やか!背も高くて~…」

「もういい、大体わかった」

「まだ半分も言ってないよ!聞いてくれるんじゃなかったの!?」

ちょっと不満そうに口を曲げてキティはハンバーガーの残りを口に加えて租借する。よくもまあそんな大量に理由が作れるな。頭が弱いようで、これだけスラスラと言葉が出てくるあたり、勉学に関しては本当に頭がいいのかもしれない。

しばらく黙々と食事をしていたが、キティはふと思い出したように俺を見上げる。

「…えっ、そういえば告白のお返事は…?」

「卒業したらな」

「本当に!?やった~!頑張るね!」

俺の返事にキティは嬉しそうに笑うと、再びハンバーガーを食べ始めた。

卒業する日がもし本当に来たら、その時に俺はキティの傍にはいない。話がはぐらかせるなら、何でも良かった。どうせ卒業見込みだとか言って、期待させるだけさせて、そんな日は来ないんだろう。

「そういえば、お前ちょっとデカくなったか?」

見下ろしていたキティの顔がいつもより近くにあるような気がして尋ねる。それを聞いたキティは不思議そうに首を傾げる。

「う~?今日、身長測ったら2㎝くらい伸びてたかな…?」

「んじゃ、気のせいか」

卒業候補生とか言いながら、さしたる変化はないのか。俺まで目にフィルターがかかっていたのかもしれない。何にせよ、こういう毎日が続くんならそれでいい。

飯を食ってキティが片づけをしている横で、俺はソファに座ってホログラムのゲームをする。最近インストールしたゲームはサメになって永遠に人間を食うゲームだ。なかなか殺伐としていて面白い。

キティの部屋にいる間、俺は仕事らしいことを何もしていない。何なら洗濯もしてもらっている。わざわざYシャツや制服にアイロンまでかけてくれるから、おかげで服がよれていることもなくなった。せいぜい俺がやるのは電化製品の修理くらいで、これではどっちが世話しているのか分からないが、キティはそれでいいようだった。

シャワーもそのままキティの部屋で済まし、着ていた制服に戻る。いつも寝る時は上を脱いで寝るのだが、さすがに人前でそれはしたくない。どうせスラックスがしわしわになったって、明日にはキティがアイロンをかけてくれるから問題ない。

ソファに横になると、キティがウキウキしたようにベッドの上の毛布を一枚手に取って寄ってくる。

「寝る?今日はお泊り?」

「おー」

「わ~い!」

嬉しそうに彼女は俺の身体に毛布を掛ける。そのまま部屋を暗くし、ルームライトだけをつけた。

見慣れたピンクのパジャマでキティはベッドに乗り上げると、ベッドの端に腹ばいになって手を伸ばす。手を伸ばしてギリギリ届く俺の髪を控え目に撫でながら、キティは楽しそうに鼻歌を歌う。

「卒業は半年後か~、待ち遠しいね!」

「見込みは決定じゃねえぞ。無理な時もあっから」

「え~!そんなあ~!そしたら永遠にハルにチューする権利もらえない!」

文句を言いつつも、声色は明るい。最初からずっと変わらない、底抜けに呑気な性格をしている。

撫でられていると次第に眠くなって、俺はそのまま意識を手放す。ソファは自分のベッドに比べれば狭くて足もはみ出すが、悪くない。

早朝になってキティに起こされ、朝飯には極彩色のシリアルを食べて送り出される。

もう20年以上も変わらなかった日常風景が少しずつ変わっていくのは肌で感じる。待機所に向かう途中で何人かの看守たちとすれ違うが、前のように露骨に避けて通る奴らが若干減ったような気がする。

「やあ、ハルミンツ。受け持ちの子についに卒業見込みが出たんだってね」

不意に声を掛けられて振り返ると、この間の腕が6本ある女看守がいた。ずっと他人のことなど意識しようと思っていなかったから知らなかったが、どうやらコイツもどこかのグループの昼番のようだった。

「君は凄く乱暴者だから、そこまで育てられるなんて思ってなかったよ。でも、実際に見てみて、君が彼女を大事にしているのが伝わった。素晴らしい成果を出しているね」

「大した事してねえし」

隣に並んで歩く女看守に俺は短く返答を返す。実際、俺は何もしていない。キティが勝手に頑張っただけだ。

「謙虚なものだ。私も見習わないとね」

彼女は小さく笑うと、軽く手を上げて分かれ道で離れていく。

敵対するわけでもない、僻まれるわけでもない。何の意味があって話しかけてくるのか、真意が読めない。ただ、悪意も感じない。

どう形容するのか分からないが、こういう変化はやっぱり悪くないと思う。

逆にエドヴィンとはほとんど会話がなくなった。交代の時に挨拶はするが、前のように無駄話をすることもなく、鍵束を俺に渡すと早々にいなくなる。前から仕事ジャンキーではあったが、より一層仕事を詰め込んでいるように見えた。何がそんなに楽しいのか分からないが、生きがいなんだろう。

巡回する時に収容されている怪物に鞭を振るう機会も大分減った。興が乗らなくなったような気がする。叩いて伸びるなら、叩いて伸ばすが、ヨルツほど骨のある奴はもういない。檻には昔より静かに眠っている奴らが増えた。

いつも通りに仕事を終えて、キティの部屋に直帰する。しかし、ノックをしても珍しくすぐに返事が帰ってこなかった。

風呂でも入ってんだろうか。いつもより早い時間に入るんだな。俺はそのままカードキーで鍵を開ける。マニュアルの形式は守った。

「キティ?風呂かー?」

玄関を上がると部屋の奥からすすり泣く声が聞こえる。違和感を感じて奥へと上がりこむと、ベッドの上で膝を抱えて泣いているキティがいた。

膝下には鞭で打たれたような後があり、血が滲んだ酷いミミズ腫れが出来ていた。頬や腕には青アザがある。泣きながら彼女は俺を見ると、ますます目に涙を溜め込んでしゃくり上げて泣き出した。

「ハル~」

「な、なんだ…どうした?」

転んだという感じではない。よく見ると、部屋は片づけられてはいるが家具が壊れていたり、ぬいぐるみが破れていたりとあからさまな異変が起きていた。驚いてキティに駆け寄って、わんわんと泣きじゃくるキティの頭を撫でながら頬に触れる。アザにはなっているが、そこまで酷い外傷ではない。腕は顔を庇う時にぶったという感じに見える。

酷いのは足の方だった。足首から膝下まで一本線を引くように太くて長い腫れが見られる。指先で触れると、キティが嫌がるように足を引っ込めた。

「何があった?」

「わかんない…知らない人が来て…お部屋荒らされた…」

泣きながらキティが答える。

おかしい。普通は担当以外、特別房の怪物に接触など出来ない。そもそも、キティの部屋のカードキーも俺と看守長くらいしか持っていないはずだ。それこそ、カードキーの不正コピーでも作らない限り、入ったりは出来ない。

普通に考えたらあり得ない話だが、とてもじゃないが自傷行為でつけられる傷ではないのは火を見るよりも明らかだ。

「とりあえず手当すんぞ」

とは言いつつ、いつも手当はエドヴィン任せだった。マニュアルで学んだ程度の知識はあるが、実践練習など20年以上も前の話だ。自分の腕に正直あまり自信はない。

ひと先ず、特別房に備え付けられているはずの救急セットがある洗面台へと向かい、一通りの道具を持って戻る。ベッドの上にそれらを並べて、うろ覚えの手当をする。

キティは時折痛がりはしたが、大まかな手当は出来た。幸い、手当らしい手当が必要なのが足だけだったので、多少不格好になってもそこまで支障はないだろう。

ずっと泣いていたキティは手当が終わる頃になると鼻をすする程度に泣き止み、包帯が巻かれた自分の足を撫でて笑った。

「ありがとう…」

正直こういう時に俺がどうしてやるべきなのかとか、全然分からない。俺がわかるのは泣き喚かせる方法や傷つける方法だけだ。傷ついて泣いてるやつの宥め方なんて考えようとすらしたことがない。

だから見よう見まねで、キティがいつも俺にするように、彼女の頭を撫でてやるくらいしか出来なかった。

何にせよ、この状況は上に報告するしかない。キティの頭を撫でてから俺は救急キットの蓋を閉じて立ち上がると、キティは不安そうにこちらを見上げた。

「もう行っちゃうの…?」

「こんな状態を放置するわけにはいかねえだろ。ひと先ず、カードキーを変えてもらう。また変なのが来たらたまったもんじゃねえよ」

「すぐに帰ってくる?」

俺の言葉にどんどん不安になるのか、キティは矢継ぎ早に質問を重ねる。

「色々手続きもあるだろうからな…まあ、すぐ戻ってこなくても、カードキーは早急に替えるように伝えるから、お前はもう寝とけ」

またいつ不正野郎が来るかも分からない。キティを看守長室に連れていくことも規則として出来ない。彼女が1人になるのを不安がるのは無理もねえ気がする。

「なんかあったら暴れろ、家具も家電もいくらでも壊していいから」

どうせここまで荒らされた後だ。もう2つ3つ壊れたところで大差ねえだろ。俺がそう言うと、便乗するようにほかの口がやかましく喋り出す。

「俺がぶっ潰してやる」

「いや鞭でひき肉になるまで叩いてやる」

「蜂の巣に決まってんだろぉ〜!」

騒ぎ立てる俺の言葉にキティは小さく噴き出すように笑った。

「へへっ、ハルがそう言うなら大丈夫だね~!もしまた変な人来たら、頑張って応戦する…!」

元気が出たのか、彼女はいつもやるように全く筋肉のついていない細腕で力こぶを作った。

この様子なら、多分キティは大丈夫だろう。俺は彼女に背を向けてドアを潜った。

一刻も早くカードキーを替えてもらって、安全を確保しないとダメだ。早歩きで俺は看守長室へと向かった。

看守長室に来るのは、いつも呼び出しを食らう時だけだ。自ら訪れるのは今回が初めてになる。丁寧にドアをノックすると、中から入室を促す人間の声が聞こえた。

「失礼します」

ドアを開けてから俺は顔をしかめる。

「丁度いいところに。呼び出そうと思っていたよ」

看守長が険しい顔で俺を見る。その傍らにはよく見慣れた、胡散臭い笑みのエドヴィンが立っていた。

なんでエドヴィンがここに…?そもそも、コイツは勤務中なんじゃないのか。勤務中に呼び出されたのなら、それは緊急での呼び出し以外ではあり得ない。

「報告が上がっている。看守番号006番、ハルミンツが卒業候補生に虐待を行っているとな」

「はぁ?虐待?」

看守長は手に持っていた紙を投げるようにテーブルに広げて見せる。駆け寄ってその紙を手に取ると、そこにはいわれのないデマが書き込まれていた。

看守番006番、ハルミンツは日常的に卒業候補生を虐待しており、候補生本人は006番による虐待を恐れて報告があげられないと見られた。彼女と接触した際に、候補生の身体に明らかな外傷が見られたため、本件を報告する。そんな内容だ。

「日中に候補生の部屋に調査を入れたが、頬と両腕、膝から下にかけての傷跡が証拠だ。卒業候補生をそんな者に担当させることは出来ない。彼女の担当は傍にいる001番、エドヴィンに引き継いでもらうよ」

「せっかく信用して任せていたのに残念だよ、ハル。ああでも心配はしないで、俺なら必ずキティを立派な人間にしてあげられるからさ」

まるでゴミを見るように俺を睨む看守長と、気持ち悪いくらい完璧な微笑みで話すエドヴィンに、俺の頭の血管が切れる音がした。

実際は切れてなんかいないんだろうが、何でそんな表現を使うのかわかる気がする。切れた血管から血液がぶちまけられるように頭がジリジリと熱くなった。

「ふざけんな!そんなのデマカセだ!」

「キティをやったのは別の奴だ!」

「カードの不正使用記録から犯人を探せ!」

「俺が殺す!」

頭で考えたことが身体中の口から罵声になって飛び出す。どの口が何を話してんのか自分ですらよく分からなかった。

「調べる必要などないだろう?お前は既に一度、1名を虐待の末に自殺幇助をしている。どれだけ日頃から子供たちに怪我をさせていたのかも、全て聞いた。信用問題なんだよ。君の信用はすでに底辺だ。これだけ証言と物的証拠が揃っていて、今更調べるなんてコストの無駄遣いだ」

そう言うと、看守長がホログラムを出す。表示されたボタンに指を置くと、部屋が赤く点滅し、ブザーが鳴り響く。部屋の鍵が施錠される音と共に、絶対に逃がさないと言わんばかりに扉に格子が降ろされた。

「ふざけんなよ、勝手なことばっか言いやがって!何もしてねえくせに偉そうに!」

頭に熱を持ちすぎたせいか目の奥がチリチリと小さく痛む。俺は怒りを抑えきれずに目の前の看守長に掴みかかろうと早足に前に出た。

「看守番号001番、エドヴィン。彼を捕らえろ。武力行使を許可する」

「了解です」

椅子に座ったまま、看守長が表情も変えずに俺を指さす。

後ろ手を組んで待機していたエドヴィンが突然、俺の足をかけてそのまま腕を掴んで床に叩きつける。

本来規則として看守同士での取っ組み合いは違反だ。エドヴィンに襲われるとは思ってなくて油断した。

俺は負けじとエドヴィンの胸ぐらを掴む。力技では負けるつもりはなかったのに、エドヴィンは的確に関節の逆方向に体重を加えてきて、上手く指に力が入らない。

「てめぇ!」

「無駄だよ。ハルと俺、どちらが優秀かなんて考えなくてもわかるだろ?」

エドヴィンは空いてる手で素早く内ポケットから注射器を取り出した。

もちろん中身はミルクなんかじゃない。でけえ怪物も1発で大人しくさせる薬の入った針の注射器だ。

「ふざけんな!殺す!テメーは殺す!」

膝蹴りを入れてやろうかと下半身を捻るが、エドヴィンは俺の上に跨ったままピンポイントで足の関節を固めてくる。ほとんど身動きが取れないまま、首にチクリと小さな痛みが走った。

「ぎっ…てめ…」

熱を持った血管にひんやりとした液体が入り込むのが何となくわかる。それがやまないうちに急激な眠気とめまいに襲われた。

「ほら、少し休みなよ。キティのことなら心配いらない」

「ふざ…け…」

意識が飛びそうになるほどの眠けを何とか堪えても身体中が痺れたように重くなり力が入らない。

エドヴィンはもう俺の事を押さえ込んでいないのに立ち上がることすらできない。

「独房にでも入れておけ。この後のことは会議で決める」

「わかりました」

意識に意地でも食らいついて目を開いていたのに、もはや目の前の会話を理解するほどの思考すら残ってなかった。

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