第22話 伯父アレクシスと母と祖母の庭園


 お祖母さまに弔問客が添えていった花──紅や紫の、ライラック、ラベンダー、アスチルベ、アリウム、ディステル、リアトリス、花はまだだけどワレモコウ──などがたくさん、その庭園には植えられていた。

 それらに加え、チャイブやアスター、ギガンジューム、アガパンサス、タンポポ、ひまわり、ヘリクリサム、リコリス。


 本当にお祖母さまは、集合花や房花が好きだったのだろう。

 どの花も、小さな花が集まってひとつの形を作る集合花や、房状に密集して咲く房花ばかりだ。


 色合いも、紫がかった紅色や緋色、赤紫、藤色臙脂エンジ色ばかり。たんぽぽやひまわりまで。


 何かのこだわりなのかしら。


「お母さまは、ずっと、時間があればこの庭園を世話してらしたわ」

「ミレーニア。母はもう神の御許へ行かれたが、これを機に、もっと息子や娘を連れて来なさい。もし生まれたら、孫も。母を亡くして、父上も一気に老け込んだような気がするからな。なるべく、時間が出来たら、顔を見せに来てやってくれ」


 金茶の髪をキッチリ後ろになでつけ、肩にかかる程度に段をつけて切り揃えられた艶のある髪は、お祖父さまのお若い頃に似ているに違いない。

 かなりの高身長、一九〇㎝はあるかしら? この上背で威圧感がないのは、細身で優しげな顔つきだからだろう。


 アレクシス・エッケハルト・リーベスヴィッセン公爵家嫡男。


 お母さまのお兄さまで、次期当主。喪主はお祖父さまがお務めになられたけれど、弔問客のお相手は伯父さまが応対していた。


 現在は、領地で監理者と商工会会頭を務める子爵様である。

 伯父さまと、お母さまのふたり兄妹で、以前は弟──叔父さまも居たらしいけれど、帝都の商店経営者として出向中に、帝都近辺の小国で熱病が流行り、亡くなられたとのこと。


 母は、私達兄妹にお祖母さまの庭園を見せた後、伯父さまにまた来る事を約束し、故人を偲ぶ身内だけの晩餐が済むと、すぐに馬車に揺られ、侯爵家へ帰って来た。


「よかったのか? お義父さんや義兄上と積もる話もあったろうに、私の事は気にせず、子供達と泊まればよかっただろう」


 お父さまのお気持ちはわかる。


 別に折り合いが悪いとか、不義理が心苦しくて居づらいという雰囲気でもなかったのに、お祖父さまのためにも、お側にいた方が良かったのではないのだろうか。


「いいのです。今のわたくしは、リーベスヴィッセン公爵令嬢ではなく、ランドスケイプ侯爵夫人ですから」


 お祖母さまが、淑女教育の不完全なお嬢さまに、侯爵令嬢として恥ずかしくない娘に育つまで、決して会わないと決めていたように、お母さまにも何かこだわりがあるのかしら。



 侯爵家に戻ってそれぞれ部屋に帰り、往復で数時間も馬車に揺られた疲れや葬儀の緊張から、私もすぐに眠ってしまった。

 

 翌朝も、エルマさんのお世話でモーニングアーリーティーで目覚める。

 早めにベッドに入り長く眠ったにもかかわらず疲れが抜けていなかったのか、お茶の香りに鼻腔をくすぐられるまで目が覚めなかった。


「ありがとう、エルマ」


 事情を知らないメイド達も居るので、お嬢さまの代役を務める間は、エルマさんも私の侍女として呼び捨てにしなくてはならない。正直、気疲れする。

 領地も俸禄もない雇われ子爵の娘で、跡目を継げずに爵位を返上した、現在平民の私が、教養の高い伯爵令嬢のエルマさんを呼び捨てにするなんて⋯⋯


 紅茶の後は、ブリテン風のブレックファーストで、スクランブルエッグ、火を通したベーコン、湯剥きしたトマトにバジルソースをかけたもの、サラダ、茸や豆のもったりした濃いスープ。

 テーブルロールを上下にカットして、それらを挟んで食べる事にした。


「ブリテン風は、火を通してあるから、温かくて胃にも優しいわね」

「そうでございますね。私達の常ならゆで卵も冷めているし、ソーセージやベーコンも切ったそのままですからね。ジェイムズ様に感謝ですね」



 今日も、お嬢さまの少女時代のローウエストワンピースを、コサージュとサッシュでアレンジして、子供服の匂いを消して着用する。




「アンジュ。今日は、あなたのドレスを作りましょう」


 図書室で古典文学の全集を、お嬢さまが戻られるまでに読破を目指して目を通していた所、お母さまが入って来て、いきなりそう言った。



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