第20話 いい子のアンジュリーネ
お祖母様が亡くなった。
亡くなったのは、お父さまの、ランドスケイプ侯爵家前当主夫人かと思ったが、お母さまの母親、ギーゼラ・ロスヴィータ・リーベスヴィッセン公爵夫人だった。
私に合わせたドレスを用意するのが間に合わなかったので、お嬢さまの少女時代のワンピースドレスの中から落ち着いた色合いのものを選び、装飾品も目立たないものにする。
リーベスヴィッセン公爵家の事も、基本的な一般人の知ってる事しか知らない。
王族ではないけれど、帝国全土でも屈指の古くから続く家系で、この国の王家にも帝国の首都でも、力を持っている名門貴族だ。
侯爵家の大きな馬車で、家族四人揃ってリーベスヴィッセン公爵邸へ向かった。
「アンジュは、公爵家の本宅へ行くのは初めてだったね。古いが由緒ある重厚な造りのお城だよ」
二時間足らずほど、ゆっくりと進む馬車。
お父さまもお母さまも静かに目を閉じている。
お兄さまは、こちらの居心地が悪くなるほど、ジロジロと見てくる。
「どうした、喜ばないのか?」
「え?」
「うちの屋敷よりも大きく、本当の城郭で、幾つもの
「旧王朝から続く名門ですもの、それは立派なお城なんでしょうね。もちろん、楽しみですわ。ですが、お祖母さまの事を思うと、そんなに
また、失敗してしまったらしい。
喜ばないのかと訊いたお兄さまも、話を聞いていたのかどうか無言だった両親も、目を見開いてこちらを見て来た。
「テオドール。これは、誰なんだね? 本当にうちの娘なのかな?」
お父さまが眉根を顰めて、こちらを凝視してくる。目と口の端は笑みに歪んでいたので、本気で疑っている訳ではないらしい。そこはほっとした。
まあ、普通、そっくりな別人が突然入れ替わるなんて誰も思わないわよね。
「あなた。娘の成長を喜んでさしあげないのですか? ここしばらく、お義父さまの
「なっ、お前だって、アンジュリーネだけで異国へやるのは反対しただろう? い、いいじゃないか、別荘に隠るだけで語学を修められたのなら」
「アンジュリーネも年頃の娘で、デビュタントも済ませた『大人』なんだそうですよ。民間伝承の古典文学をスラスラと読んで見せたのには驚きましたよ。あ、その事で父上には事後承諾になって申し訳ないのですが、図書室の本の無制限閲覧を許可しました。街へ勝手に遊びに出たり、王城の国立図書館へ行ったり、大学の書庫へ通うよりは、うちの図書室にこもる方が安心でしょう?」
「む。まあ、よかろう。だが、中には王城の図書館司書や大学の学者などが閲覧を希望するような貴重な本もあるのだ、『大切に読むのだぞ?』」
『もちろんですわ。指先の脂などつけないように、手袋をして読ませていただきますわ』
途中からフリジア語に変えて来たお父さまに、フリジア語で返してみる。
「ふむ、本当に、言葉使いといい仕草といい、まだまだ子供で恥をかくから外には出せんと思っとったが、まるで中身が入れ替わったように、もしかしたら別人なのかと思うほど、いい子になったようだな?」
お嬢さま? お兄さまだけでなく、お父さまにもある程度、令嬢として取り繕えてなかったのはバレてたみたいですよ?
遊蕩ぶりまでバレてないといいけれど。
「ギーゼラ様は優しげな見た目とは反しとても厳格な方でな。お前に礼儀作法がキッチリ身につくまではとても会わせてやれんかったのだが、まさか、初顔合わせが本人の葬儀になってしまうとは、なんとも⋯⋯」
「そうだったのですか。恥ずかしい娘で申し訳ありませんでした」
「いや、忙しさを理由に、お前とちゃんと向き合わなかった私も悪かったのだ。これからでも、ちゃんと名に恥じぬ娘になるのであれば構わぬ」
遊蕩三昧で婚約者に不義理を重ねるお嬢さまから、お父さまについて殆ど情報を得られなかったので、係わりの薄い間柄なのだろうと、あるいは冷たい人なのだろかと想像していたけれど、ちゃんと向き合う機会を設けなかったことを反省して、娘にも謝罪できる方なんだ。
どうしよう。この人達と家族でいられる事に心地よさを感じ始めている。
適度な距離感があって、なのに温かくて、借り物の家族なのに、ちょっとした会話も幸せで。
この居場所を、お嬢さまにお返ししたくなくなってしまいそうだ⋯⋯
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この話の風土や地理のモデルにしたドイツでは、多くにある黒衣や、韓国や中国の白衣(生成り)のような、葬儀に出るために決まった喪服のドレスコードはないらしく、失礼にならない程度の落ち着いた服を着るそうので、アンジュ達も黒い喪服で揃えることはしませんでした *ᴗ ᴗ)⁾⁾
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