第21話「突然」
深い山中にある離宮とは言えど、年老いて公務から引退した王族の隠居にも使われていた。だから、塀に囲まれているとは言っても敷地は広い。
観賞用に整えられた池へと辿り着き、私とデュークは小さな東屋に入り隣り合って椅子に座った。
そして、王族としての権力を振り翳し彼をここまで連れて来てしまった罪悪感に耐えきれなくなった私は、デュークへと自白することにした。
「……デューク。ごめんなさい。実は私……最近、デュークに会えなくて……どうすれば良いかなって考えていたの。だから、外出する時の警護責任者になってもらう事にしたの。ごめんなさい」
反省を込めて真面目に切り出した自白内容を聞いたデュークは、一瞬呆気に取られていたけど、すぐに楽しそうな大きな声で笑い出した。
「はははっ! 別に、良いんじゃないすか。そういう我が儘も、たまには。姫は自分に決められた通りの予算でやり繰りして浪費もしないし無茶も言いません。どこかの王族は悪いことをして謝罪せず素知らぬ顔なのに。姫は真面目っすね。貴族なんて嫌な奴ばかりなのに、そんなんで社交界生きて行けるんすか」
頬杖をついたデュークは彼目線では真面目過ぎるらしい私を、心配そうに見つめた。
この通り、ちゃんと生きているわよ。
「生きていけるわよ。あの、私。デュークに聞きたいことがあって!」
このところ、お父様がデュークに私の縁談を話したのかそうでないのかで気になっていた私は、恐る恐る切り出した。
「あー……そういえば俺も、実は姫に会えたら聞きたいことあったっす」
私側の切羽詰まった様子などどこ吹く風で、デュークはのんびりした口調で返した。
「まあ……何かしら? デュークが私に質問なんて、とても珍しいわね」
「あの……」
デュークが私に話し出そうとしたその時に、彼は眉を顰めて素早く私の腰に腕を回すと大きく跳躍した。
—————そう、一瞬の間に。
私の視界に映る光景は二人が座っていた椅子に、何本かの小刀が突き刺さっていた。
嘘……嘘でしょう。デュークがもし危険に気が付かなかったとしたら、私たち……あのナイフにあのまま。
「姫。良いっすか。怖いなら目を瞑っていても良いんすけど、ここから動かないでください。闇雲に動かれると予測出来なくて、俺もやりにくいんで」
「わっ……わかったわ!」
「良い子っすね」
注意事項を言ったデュークは咄嗟の私の答えを聞いて、良い笑顔で頷いた。
そして、着ていた服を引き裂きながら、何倍もの大きさに膨れ上がるようにして黒い獅子へと獣化した。
鼓膜を震わせた大きな唸り声は、確かに獣。けど、陽の光の元、神々しく現れた黒い獣は、一気に上空へと飛び上がった。
彼の動きを追いかけた視線の先、その先にあったもので何故飛び上がったのかを知った。
大きな鳥。ううん。翼の生えた、人?
彼らは空の上に三人居た。けれど、おかしい。獣人は確かに獣化するけれど、それは耳や尻尾などの部位を除けば獣の姿になってしまうはずだ。
けれど、彼らは獣化途中のような、中途半端な姿で空を舞っていた。
地上から信じられない高さまで跳んだデュークはその中の一人を地に伏すと、素早い動きで二人目を狙った。
空を飛ぶ彼らもデュークがまさか、自分たちの居た高度まで辿り着けるとは思っていなかったらしい。
一人は逃げるために慌てて飛び去っていった。
二人目を地に伏せたデュークは、彼の服を咥え、先に捕らえていた一人目の所にまで余裕を持って歩き移動させた。
空を飛行することの出来るはずなのに、デュークがここに居ればもう逃げられないことを知っていた。
顔面蒼白で怯えたように、ただぶるぶると震えている。
立派な黒い鬣を持つ大きな獅子デュークからは、どんな動きをしても逃げられないと本能的に悟っているのだろう。
「姫。もう、大丈夫っす。そろそろ、俺の部下が来るんで……」
不審者の襲撃を察したのか、デュークの部下らしき護衛の騎士たち何人かが遠くから走って来るのが見えた。
捕らえた二人は、デュークがひと睨みすれば、ヒイっと情けない悲鳴を上げた。
戦闘時のデュークは聞きしに勝るほどの、圧倒的な強さだった。
人型であった時も、相手に合わせた戦闘法であっさりと剣で倒していたけど、彼の本当の強さは美しい獣型にあるようだ。
「えっ……ええ。私は怪我もなく、大丈夫よ。助けてくれて、ありがとう」
何人かの騎士たちが辿り着いて、手際よく不審者を縛り上げた。
あっという間に背中の翼が失くなっていたので、あれはどうやら自分の意志で出し入れ自由みたいだ。
本当に不思議。私は獣人たちの生態を勉強したけれど、翼を持つ種族でもあんな中途半端な姿にならないはずよ。
「……あの、姫。大丈夫っすか。立てます?」
獣の口では声がどうしても出しにくいのか、低くくぐもった声を出すデュークが心配してくれた通りに、私は腰が抜けてしまったようで歩けない。
全く自慢ではないけど、城からもあまり出たことのない箱入りの王族。
唯一危険な目に遭ったと言えるのは、二年前にデュークに助けてもらった時だけだったのだ。
「そうね。大丈夫。少し休んで落ち着けば、大丈夫よ」
デュークはそう言うと、大きな獅子の身体を縮めたようだった。
伸縮自在なんだと、今更ながらに驚いた。獣人の生態などは学んでいるものの、彼らが戦闘のために闘っているところなど城を離れない私は見るべくもない。
「背中、乗れます? 大丈夫っすか?」
腕を伸ばせば届くところに彼の首が来るように身体を傾けてくれたデュークの背に乗って、みっともなく腰を抜かしてしまった私は運ばれることになってしまった。
◇◆◇
本人もまだ入っていない私用にと用意された部屋へと、デュークは迷うこともなく連れて来てくれた。
けど、彼は警備責任者なんだからそれは当然だった。この離宮に危険がないかも、綿密に事前調査だってしているはずだ。
それもこれも、デュークの仕事だからだ。
———-そう。すべて仕事だから。
「姫。じゃあ、侍女を探してこちらへと寄越しますんで。少しだけ待っててくださいね」
デュークはあっさりした態度で去ろうとしたので、私は慌てて彼に声を掛けた。
「あっ! あの! デューク!」
振り返ったデュークは、不思議そうに首を傾げた。
「姫。なんすか? わかっていると思いますけど。俺は警備責任者で、さっきの奴の取り調べ行かなきゃいけないんで……」
「……ごめんなさい。私のせいだわ」
ここにこうして、来たのも。デュークが良く分からないあの不審者に命を狙われたのも。
面倒な身分を持つ王族の私が、一緒に居たから。
「姫のせいじゃないっすよ。すみません。あいつら不審者侵入の結界も通り抜けてますし。もしかしたら、例の逃げ道が分からない盗賊と関係あるかも知れないっす。そうだとしたら、早く報告しなきゃいけないんで」
デュークは、いつも仕事の話ばかりだ。
それはそのはずだ。だって、彼は私と会いたくてここに居る訳でもない。
何もかも、デュークの仕事だからだ。望んだことではない。
「ごめんなさい。私は、デュークには迷惑を掛けてばかりだし……迷惑がられているのも、わかっている。もう、気にしなくて大丈夫よ。違う人と、結婚するわ」
「……どういうことっすか」
デュークは立ち去ろうとしていた方向から振り向いて、私の方へと向き直った。
「今まで、本当にごめんなさい。ヘンドリック侯爵のご子息と、縁談があるの。サミュエル様は人格者で素敵な方だわ。義母上も、そうしなさいって。あの人ならば、お父様もお兄様たちも納得するはずよ。私がサミュエル様に嫁げば、誰も貴方には何も言わないでしょう」
ぽろぽろと、また勝手に目から涙が溢れた。
命の危険から間一髪助けて貰って、私はひどい興奮状態にあるのかもしれない。自制も利かないし、判断力だって鈍っている自覚はあった。
でも、止められない。
これは、今こうして話すことではないかもしれない。
これで意地悪をする彼の上司からも、断っても断っても言い寄って来る迷惑な姫から、デュークは解放されるのだ。
「……」
「本当に、デュークのこと大好きだったわ。今まで貴方の周囲で私が自分勝手をしたお詫びって訳でもないけど……これで、少しでも貴方の役に立てれば良いんだけど」
私はさっき座らせてもらったベッドの上で、彼をまっすぐに見つめた。獣姿の黒曜石のような大きな瞳からは、感情を読み取りにくい。
けど、きっとデュークはこれで喜んでくれるはずだ。
「それ……俺は、何も頼んでないっすよね。勝手なことしないで貰って、良いすか」
「……え?」
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