第8話「裏切り者」

「ねえ。デューク……私。お忍びで、街歩きに行きたいんだけど。良かったら付いて来て貰えないかしら?」


 この前、私の宮で昼寝をしていたデュークは愛を受け取ってくれはしないものの、私のことをそう悪くは思っていないはずだと知った。


 だから、思い切って王都へのお忍びに一緒に行ってもらえないかと、直接お願いすることにした。


 そして、彼が忘れてしまっている二年前の記憶も、それをきっかけにして思い出したりしないかないう、そういう下心なんかも込めた期待なども込めて。


「俺。忙しいんで、無理っす」


 書類を読んでいたらしいデュークに、私のお願いは何の躊躇もなくすげなく断られてしまった。


 意中の男性に誘いを断られるという傷を心に負ってしまったものの、これで諦めてしまっていたら、これまでデュークと一緒に居られる訳もない。


「お願いお願いお願い」


 両手をぎゅっと握り締めて彼を見つめれば、強い想いを込めた視線の効果なのか、ようやく彼はこっちを見てくれた。


「俺。色々と忙しいんすよ。姫は知らないと思うんすけど。代わりに、マティアスではダメなんすか」


 隣に立っていた猫っぽい吊り目を持つマティアスをチラッと見れば、上司に代理で名指しをされた彼は無表情で目を細め、裁判官が判決を下す時のように淡々と言った。


「姫様。団長のスケジュールでしたら、とても珍しいことに、半日ほど空いておりますよ。とてもお強い団長と一緒に居れば大丈夫だとは思いますが、どうぞ気をつけていってらっしゃいませ」


「……裏切者が」


 いつもより低い声でデュークが批難しても上司の脅すような声には慣れているのか白猫獣人マティアスは、平然として肩を竦めた。


「何を言っているんですか。仕事だと言うのに、可愛いお姫様と、街でデート出来るんですよ。役得ですよ。お洒落して張り切って行って来て下さい。という訳で、姫様。何時に何処に待ち合わせをすればよろしいですかね?」



◇◆◇



 駄目で元々と思って居たはずのお忍びデートだったけど、思わぬ人の援護射撃もありデュークを言いくるめる事に成功した。


 慌てて私はお忍びに使えるような庶民服を引っ張り出した。


 侍女のエボニーとアイボリーとああでもないこうでもないと鏡の前で服を取っ替え引っ替えして、街で見ても違和感のない可愛い髪型をした時には、もう既にお昼になってしまっていた。


 デュークとの待ち合わせは、裏門の近くの応接室。


 通常ならば、城に出入りする商人との打ち合わせに使ったりする部屋だ。


 そう言った用途から部屋の調度などは城の中にあるとは言え、あまり贅沢なものは使われていない。


 けれど、そんな素っ気ないくらいの部屋の中に居て、いつもの騎士団長服ではない簡素な服を身につけたデュークは部屋の背景から浮き立って見えるほどに素敵だった。


「姫様……なんか、楽しそうっすね」


 私を待っていたデュークはあっさりと部屋を出て、このまま裏門から出ようと手で示した。


「だって、デュークと初めてのデートだもの」


 城の中では、流石に王族の私の顔を知っている者も多い。デュークは歩きながら、私のマントに付いたフードを取って頭にさりげなく被せた。


「俺はお忍びの王族の護衛なんすけど。一応、これも重大任務の内のひとつっすよ。姫に何かあれば、俺たちは死んで詫びるだけでは終わらないので……絶対に勝手せずに頼みますから、俺たちの言う事を聞いてくださいね」


 デュークは聞き分けのない子どもに言い聞かせるようにして、そう言った。


 流石に命懸けで護衛してくれる彼らの言うことを、無視してしまう訳にもいかない。


「まあっ……! そんなこと。言われなくても、わかってるわ。もう、子どもでもないんだから」


「ははは。随分と可愛いこと言う大人っすね。姫って何歳になったんでしたっけ?」


「結婚適齢期で、既に成人した十八歳よ。デューク、結婚してくれる?」


「いや。俺は無理っす。姫の身分に釣り合うような、素敵で身分もあり金持ちの男性を探してください」


 お互いにいつもの軽口のはずなのに、いつもではない状況のせいか私はデュークのこの言葉を上手く受け流せなかった。


 断られるとわかっていても、こうして結婚の話を断られたら胸が痛い。


「……つれないところも、素敵ね」


「優しくしたら、もっと俺のこと好きになるんでしょ」


 デュークがさらっと言った言葉に、私は驚いて目を見開いた。


「……デュークの言う通りだわ。それで、こういう冷たい対応だったのね」


「姫って……何処に嫁いだとしても恥ずかしくない姫って城では噂されているのに、そう言うとことか。抜けてるんすね」


 デュークは呆れたように言ったけど、私は何故か嫌な気持ちはしなかった。


 別に都合の良い思い込みでも何でも構わない。


 デュークの黒い瞳は、そういう抜けてるところが可愛いよって言ってくれているような気がしたから……そんな訳はないけれど。


 真実はどうあれ、そう思うだけは私の自由だもの。


 例え勘違いの誤解だったとしても、私が幸せならばそれは勝ち。


「嘘……そんな良い噂あるの? 嬉しい。だったら、私と結婚してよ。デューク」


「いや。俺なんかには、姫は勿体無いですって。サバナ帝国にでも、嫁いだらどうですか。あそこの皇帝、今嫁探ししてて、美男で有名らしいっすよ」


「どんな美男だとしても、デュークには敵わないわ。世界で一番貴方が素敵だもの」


「せめて、皇帝の容姿を見てから、それを言ってくださいよ。姫。なんか、俺のこと好き過ぎて、ちょっと怖いっす」


 愛が重い発言に、また少々引いた様子のデュークは私が美男と噂のサバナ皇帝を知らないから、そんなことが言えるのだと言いたげだ。


「あら。サバナの皇帝の絵姿なら、この前見たことがあるわ。私にと縁談があったそうなんだけど、お父様とお兄様が却下したのよ。彼の姿絵を捨てる前に見たけど、私の言葉に嘘はないわ。デュークの方が百倍は素敵なのよ」


「え……いや、あれだけの広い領土を持ってる皇帝より、騎士団長でしかない俺を選ぶって……そうすか。うちの国の姫って。絶対、価値観とか審美眼が狂ってるっすよ。一度、お医者さんにでも目を診てもらった方が良くないすか?」


「王家の専属医から定期検診だって受けているけど、今まで特に身体の異常を言われたことはないわ」


「そうすか。そこは、真面目に答えるんすね。まあ、もう姫の目が悪いかもしれない話はこれで良いっす。それではご所望の、お忍びの王都へと向かいましょうか」


 裏門を抜けた先にお忍びの時用の王家の紋章などもない目立たない馬車が待っていたので、私はデュークの大きな手を取りその馬車へと乗り込んだ。


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