比翼の竜は連理の夢をみる

豊口楽々亭

プロローグ

第1話 比翼の夢

『─────』 


それは美しい音だった。

音はどこまでも柔らかく広がり、喜びに満ちて震えていた。

唇が開かれる度に、甘い香りが鼻先を擽る。

私は────に手を伸ばした、そして────は私に大きな手を差し出す。まるで待ち焦がれたかのように、あるいはとうとぶように。


あと少し、正に重なり合う瞬間────


轟音ごうおんがエメラルデラの小さな身体を突き上げる。


上半身が弾き上げられた。反射的に起き上がれば、一瞬目の前が白むのが憎たらしい。物心ついた時から見る夢は、余韻よいんが脳味噌の裏にこびりついて離れず、いつもこうやって目を眩ませるのだ。


それは、エメラルデラの歳が10を数えた今でも変わらない。 


「っ…っ」 


掠れた悪態が、一瞬にして飲み込まれる。

とどろくような爆発音はエメラルデラの腹腔を叩き潰すように響いた。立ち上がった瞬間、エメラルデラが天幕てんまくに手を伸ばすより早く、薄い布地が跳ね上がる。 


「ルデラ!帝国と神国がおっぱじめやがった!!」 


父親代わりを務めるテオドールの声が轟音ごうおんに負けじと天幕内に響く。その言葉を認識するより前に、身体は外へと躍り出た。途端、焼かれる網膜。打擲ちょうちゃくされる鼓膜。分厚い膜で覆われたように、音が遠くなり視界が赤く染まった。


熱気に痛みを訴えるエメラルデラの眸は、まるで縫い付けられたように一点を見詰めている。


明け方の群青色の空の中、黒鋼くろがねを思わせる鱗は玉虫色たまむしいろに艶き《つやめ》、業火に照らされ宝石のごとく照り輝く。張り詰めた翼膜は森を薙ぎ《な》払い、人間など一飲みにするであろう口腔こうこうには、吐き出したブレスの名残が蒼白く揺れている。繊月せんげつの瞳孔と金の眸が、エメラルデラを見詰めていた。 


─────あれが竜 


一気に膚が総毛立そうけだつ。


おそれと恐れ。それを越える、どこか心臓が掻き立てられるような、望郷の念に似た懐かしさ。


直感が、本能が、訴え掛けるのだ。長年追い求め、苦痛に似た煩悶くもんをもたらしていた夢の正体は、彼等なのだと。

生木が燃える匂いと、肉が焼ける悪臭が鼻腔びこうの奥に張り付いて、死の匂いが粘りつく。早く逃げなければならないのに、視線が動かせない。 


「なに呆けてやがる!いくぞ、ルデラ!」 


立ちすくむ手を掴んで引いたのは、テオドールの武骨な手であった。全ての家財をその場において、走り出す。テオドールに腕を引かれながら、エメラルデラは一度、振り返った。


炎が走り、雷鳴がとどく戦場の中、黒と白の対照的な竜がおどる。エメラルデラは後ろ髪を引かれながら、帝国の竜と神国の竜の戦場を後にした─────

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